66 病み上がり
「おはよー!」
千鶴は次の日の朝、凪の前に姿を現した。
千鶴の体調はまだそんなに良くなっていないが、学校に行ける程度には回復した。今日は少し活動を控えめにすれば良いだろう。
「おはよう千鶴!もう大丈夫!?」
「うん、大丈夫だよ!」
凪に嘘をつくのは心苦しい。しかしこれは凪を心配させないためだ。そう自分に言い聞かせた。
その日の昼、テラス席。
「なるほど、そんなことがあったのか……」
雄太郎は、千鶴の話を聞いて頷いた。
「俺以外にも危険が及ぶなんて……」
「今回のと雄太郎を襲った悪霊を仕向けた人間って、同一人物なの?」
「でもさ、同一人物じゃなくても犯人はここの関係者でしょ?」
凪が言った。確かにそうだ。どれも、学校内で起きた出来事。ならば、そう考えざるをえない。
千鶴としては、信じたくない話ではあるが。
「そんな……。僕たちが知ってる人かもしれないなんて」
「それもほぼ確定でしょ。4人の共通の知り合いの可能性もあるし、そうでないかもしれない。でも、私ら以外に被害が出てないなら誰かが面識あるのは間違いない」
先程から凪の推理は筋が通っている。だからこそ、まずいのだ。このままだと、絶対とある人物に疑いが向けられる。
「ケイさん……?」
雄太郎が呟いた。やっぱり、そうだ。千鶴が思った通り、彼に疑いが向けられた。でも、そんなわけがない。そんなことは、”有り得ない”のだ。
「でも、京都で昴大と会ったのは?偶然過ぎるよ」
千鶴は気がつくと声に出ていた。庇わなければ。そんな心理が働いたのだ。
「偶然なんていくらでも装えるだろ。それに、あの人は色々事情通過ぎると思うぞ」
雄太郎の言うことも最もだと思うが、本当のことを千鶴は知っている。その推測は外れている。
「雄太郎……僕は、ケイさんを信じるよ。あの人の言葉に偽りなんてない……と、思う」
「それだって昴大の同情を買うためかもしれないだろ」
凪が足を組むと、大きくため息をついて口を開いた。
「ユウくんそれ本気で言ってんの?それはないよ。それだけは絶対ない」
「なんでそう言い切れる?あの人は霊を従えられる。それに御札に詳しかった。証拠としては充分だろ」
「だから、それが揃いすぎてるの。それにあの人の正体は……」
「もういい、俺は一人で食べる。3人揃ってなんなんだ、突然現れた男の味方をするのか。不愉快だ」
「待って、雄太郎!」
雄太郎は怒ってその場を去ってしまった。この状況は良くない。千鶴は二人を見た。昴大は申し訳無さそうに俯いている。一方凪は、ふんぞり返ったまま、雄太郎が去った方向をずっと見つめていた。
「ねえ、2人とも」
「私悪くないです。ユウくんが間違ったこというから訂正してるんだけど」
「僕のせいだ……」
このままじゃ駄目だ。千鶴の直感がそう告げている。
「ウチ、ちょっと雄太郎のところ行ってくる!」
雄太郎を追いかけて千鶴は廊下を早歩きで進んだ。
「雄太郎!」
角を曲がると、人影があった。
「雄太郎……?」
彼は両腕を前に組んで、壁にもたれかかって立っていた。
普段の雄太郎ならばしない、珍しい体勢だった。
「さっきは悪かったな」
雄太郎は、千鶴を見ないままそう言った。そのとき、雄太郎の霊力が少しだけ乱れたのが千鶴の目に確認できた。それが、千鶴には違和感だった。
「本気であの人が犯人なんて思っていない。少し気が立っていたんだ」
「それなら良かった……」
「ただ」
「雄太郎?」
そこで雄太郎は、やっと千鶴の方を見た。その瞬間、千鶴の背筋に悪寒が走った。
雄太郎の瞳が、一瞬紅く光った。
「千鶴はもう少し気をつけたほうがいい。お前、人を信用しすぎだ。後ろから刺されかねないぞ」
雄太郎の霊力が強く乱れた。
瞳の色は元に戻っていたが、本気で心配げな表情を浮かべていた。
「今日は別の場所で食べる。凪に何を言われるか、分からないからな」
雄太郎は去っていった。それを止める権利など千鶴にはないので、千鶴も引き返すことにした。
「ユウくんどうだった?」
「悪かったって言ってた」
「やっぱり?ユウくんは一見頑固そうに見えて、自分の過ちを認められる男だからね」
「でも……」
千鶴は先程の雄太郎の様子を詳細に二人に言おうかと迷ったが、上手く説明できない。
「雄太郎、怒ってた?」
「ううん、怒ってはなかった」
「そう?良かった……」
安心してため息をつく昴大。千鶴も同じ気持ちだった。
「風見くんが元気、ないんです」
「……えっ?」
志朗と千鶴は文化祭以来、それなりに交流が続いていた。
最近、そんな彼が、たまたま廊下で会った時に昴大のことを話した。
「今日一日、ボーっとしてた。でもジブンが聞いても何も答えてもらえなくて。だから土間さんに頼みたいんだ。風見くんに話を聞いてあげてくれない?」
昴大ならあり得る話だ。朝はそんな風には見えなかったが、その後何かあったのかもしれない。
「……分かった!」
「よかった。ありがとう」
「にしても、志朗くん凄いね。友達のためにこんなことできるなんて」
志朗は黙り込んだ。
それから少し照れくさそうに笑って、後頭部を掻きながら答えた。
「そんなことないよ。土間さんのほうが、色んな人のために頑張れてて凄い。ほら、ジブンのこと助けてくれたときだって。本当に感謝してる」
「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しい。今日、帰りに二人で話してみる。……ウチに話してくれるかは、分かんないけどね」
「きっと、土間さんなら大丈夫。じゃあ、ジブンはこれで」
志朗が去っていく。今日は凪の誘いは断ろう。
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