65 心配と迷い


生徒指導室で早退の手続きをしてもらった後、昴大に会った。


「千鶴!体調大丈夫?」

「昴大、なんでここにいるの?」

「早乙女くんから、千鶴の様子がおかしかったって聞いたんだ。大丈夫なの?」


今ここで事情を話しても良いが、早退手続きを終えた以上貴博は直ぐに迎えに来てくれるだろう。


「うん。家でゆっくり休むよ。じゃあね、昴大」

「分かった。お大事に!」


校門に行くと、貴博は既に待ってくれていた。


「それでは、さよなら、先生」

「ああ、ゆっくり休んでくださいね」




千鶴は帰りながら、貴博に事情を説明していた。


「ということなんだけどね、パパ……」


千鶴が話し終わり、貴博の方を振り返ると顔をしかめ拳を握りしめながら、いつもよりも更に怖い顔になって立っていた。


「誰だ、そんなことをしたのは……この手で捕まえて洗いざらい吐かせてやる……!」

「パ、パパ落ち着いてよ」

「これが落ち着いてられるか!!」


貴博は道路の真ん中で声を上げた。周囲には誰もいない。貴博も場所に気がついたのか、声を落ち着けて言った。


「……すまん。とりあえず、神社へ行こうか」




千鶴と貴博は神社に着くと、連絡を取った千景が来るのを待った。

貴博は神社の隅の小屋で、正座しながら話しだした。


「雄太郎くんの話を千鶴から聞いたときから、ずっと不安だった。自分の娘にも、その魔の手が襲ってくるんじゃないかって。でも、それで雄太郎くんと関わるなとは言えないし、言っても千鶴は聞かないだろうと思っていた」


それはそうだ。いくら危険でも、友達との縁を切れるような性格ではない。それは千鶴自身も自覚している。貴博は、正座したまま続ける。


「でも、手がかりが薄すぎて俺達ではどうもできない。これは俺も、千景もずっと頭を悩ませてきたことだ。もちろん、雄太郎くんのことも心配だ。でも、自分の娘が関わらない限り手も出せない」

「パパ……」

「絶対、俺達で解決してやるからな、千鶴」


間もなく、千景がやってきた。千景にもわけを話すと、貴博と同じような反応をした。しかし今回は貴博の慰めもあり落ち着くのが早かった。


「とりあえず、呪いを解かなきゃね」

「これ、呪いなの?」

「そう、呪いの一種。千鶴が拾ったのは多分御札。一定量の霊力に反応して発動するようになっていたんだと思う」


千鶴が手渡した紙切れが御札だなんて、今の今まで気が付かなかった。自分もまだまだだなと思うと、なんだか悔しくなった。


「そんな……」

「反応する霊力量を高く設定することによって、千鶴に目標を絞った可能性が高い。しかもそれ、霊力を吸って術者に還元するタイプ。そして霊力封じの呪いも込めているということはこの御札は複合型。これを行った人間はかなり高度な技術を持っている」

「俺達になんとかできるのか……それは」


千景は呪術のプロだ。そんな彼女が高度だと言うのだから、きっと呪いを解くのも難しい。


「分からない。とりあえず、霊力封じの呪いは解けると思うけど……」

「今すぐ解いてくれ!千景!」

「分かった。千鶴、そこのシャワーで身体をまず清めてきて。私は千鶴の着替えを家に取りに行ってくるから、貴博は留守番よろしく」



千鶴はシャワーを浴びながら、両親の言葉を反芻していた。


「私はまだ、子供……?」


何度繰り返しても、言語化できない違和感が消えない。

心につっかえが増えただけだった。



シャワーを浴び終え、千鶴は小屋に戻ってきた。


「ママー、着替えありがとう」

「気にしなくていいの。さあ、始めましょう」




千鶴は小屋の中央で一人正座し、感覚を研ぎ澄ませる。


「じゃあ、触るよ」


千景の呪いの解き方はいつも決まっている。

相手の手を握り、呪いを吸収するのだ。千景には呪いに絶対的耐性を持っており、しかも、自分の霊力で包括することで解析までできるという、類稀な才能まで持っている。


そのため、千鶴の神社には寺並みに呪い持ちが訪れるのだ。貴博はそれを複雑に思っているようだが、千鶴は彼女を尊敬している。


「終わったよ」


そっと目を開くと、目の前には邪の空気を纏った千景が座っていた。それだけ、千鶴にかけられていた呪いが強かったということだろう。しかし千景がその空気に侵される気配は一切ない。これが呪いの咀嚼。そして、消化吸収。世界に千景と同じことが出来る人間が一体どれだけいるのか、千鶴はいつも考えている。


「本当だ、解けた」

「失われた霊力が戻るにはまだかかると思う。具体的には……一週間くらい?」

「そんなに?」

「使わないで充分な休養を取ったうえでそれくらい。実際にはもっとかかるから、気をつけてね」

「分かった。ありがとう、お母さん」




千鶴は一人で自宅に戻った。

千歳はもう九州に帰ってしまったし、陽貴はまだ学校だ。自室に戻り、千鶴はスマホの電源を入れた。

すると、凪や雄太郎から心配のLINEが来ていた。


「千鶴、体調は大丈夫か

勉強遅れても俺達が教えるから、ゆっくり休むこと」

「千鶴ー!!

何か買ってほしいものあったら持って行くから遠慮なくこの凪ちゃんに言いなさい!」


クラスメートからも何人か、千鶴の早退について心配するLINEが来ていた。

それがなんだか嬉しくて、千鶴は思わず笑ってしまった。

明日はとりあえず学校に行ってみんなを安心させたい。そう思い千鶴はゆっくりベッドで眠った。

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