Case13 捧げる少女
63 異変
これは、元日の一ヶ月前の話。
「千鶴、話がある」
千鶴は夕食後、父親、貴博に神社に呼び出された。
「なに?」
「来年の神楽舞は、千歳が舞う予定だったんだ」
「そうだね。……なにか、あったの?」
貴博は重苦しく、口を開いた。
「千歳は足を怪我してしまった。先週、階段から落ちたそうだ」
「……そんな、お姉ちゃんは大丈夫!?」
「全治一ヶ月だ。つまり、練習もできない。だから千鶴」
「ウチが舞っていいの……?」
千鶴だって、神楽舞を踊ったことがないわけじゃない。実際、この年の神楽舞を執り行ったのは千鶴だ。しかし、何故か”千鶴が舞った年には、何か異変が起こる”のだ。
いや、原因は分かっている。この強すぎる霊力のせいだ。
6歳のときに初めて神楽舞を捧げたときだった。
神に似た”何か”が人の姿をとって、神社に現れた。
2度目、9歳のとき。
突如神社の外に善悪関係なく霊が押し寄せ、土間家総出で対処に当たることになった。
3度目、13歳のとき。
凪いわく、駅前で百鬼夜行状態で悪霊がうろついていたらしい。
4度目、15歳のとき。
原因不明の霊力の衝撃波で、結界が破られたのだ。
そうして、千鶴は神楽舞を舞うことを禁じられたのだ。
しかし、神楽舞を舞えるのは千鶴と千歳のみ。昔は親戚が舞っていたそうだが、神楽舞を舞えるのは処女のみ。その条件を満たすのは、今は二人しかいないのだ。
それから一ヶ月、必死に練習して今に至る。練習で異変が起こらないのは、やはり神とのつながりに意味があるらしいからだった。
千鶴は舞いながら、神との霊力のつながりを強く感じていた。
そのため、今までとの手応えの違いも分かっていた。以前は、しっくり”嵌まらない”感覚が強く、舞を捧げている途中でも、集中に欠けていたように思う。
しかし今は違う。
視えている景色が全く違う。感じるものが違う。
普段よりも明瞭に、視える。それと同時に、自分が自分で無くなるような気がした。
舞を終えて着替え終わると、千鶴は真っ先に凪の元に向かった。
「凪!」
そこには昴大と雄太郎もいた。舞っている途中は全く気がつかなかったが、彼らも自分の舞を見に来てくれていたようだ。
「千鶴、最高だったよ!これで1年間安泰だね!」
「ああ、普段と全く違った姿だった。やっぱり千鶴は神社の娘なんだなと思ったよ」
凪と雄太郎は口々に千鶴を褒めてくれる。しかし、昴大は違ったようだ。
「……昴大?」
「あっ、ごめんね千鶴」
「どうだった?」
「うん、すごかったね」
昴大の反応がイマイチ薄く、千鶴は少しショックだったが、まあ仕方ないと思って気持ちを直ぐに切り替えようとした。
したのだ。確かに。
「昴大、本当にどうしたの?」
何かがおかしい。いや、昴大の態度、声色、表情。全てがいつもと違う。
なんとなく、昔の陽貴に似ている、浮世離れした雰囲気。
「すごいね。千鶴の舞を、こんなに多くの人が見に来てくれてるんだよ」
昴大の言葉に、千鶴はハッとして周りを見た。そんなはずはない。だって、ここにいるのは。
”殆どが生きた人間ではない”のだから。
「昴大、何が視えてるの……?」
「……?何って、人だけど」
昴大にはまるで自覚がないらしい。せっかく、望んでいた、霊が視えるようになったのに。
これは告げるべきだと千鶴は思って、口を開いた。
「昴大、それ……」
「千鶴?」
「どうしたんだ?」
雄太郎も凪も、昴大の異変には気がついていないらしい。
「幽霊、だよ」
「……え?」
「昴大が見てるの、多分幽霊だよ……もう、死んでしまった人」
「だって、そんなはず」
昴大もかなりうろたえている。これが、もしかしたら今回千鶴が引き起こした”異変”なのだろうか。
「ウチも信じられない。凪、数えてみて。今ここにいる、生きた人間の数」
「分かった。ってか数えるまでもなくない?私等除いて十五人。それがどうかした?」
「昴大には、何人視えている?」
「僕には……」
昴大が目で数えていく。その視界に入っているのは、生きた者だけじゃないはずだ。
「ああ、だめだ、数えられない」
「昴大は十五人、数えられないの?」
「凪ちゃん、それは違う。……昴大、いつからだ」
雄太郎も真剣な表情になって昴大に尋ねる。説明しなくとも、状況を上手く飲み込んでくれたらしい。
「いつからって?」
「千鶴の舞が始まる前、何人いた?」
「あのときは確か……二十人くらいかな」
「正常な数だな……何があったんだ?」
「多分、ウチのせいだ。昴大の力を引き出してしまったのかもしれない」
「千鶴が……」
昴大は目を丸くしてこちらを見る。そりゃあ、そうなるだろう。今までどうにもならなかったことが、千鶴の力で解決してしまったのだから。
「ありがとう」
「……昴大」
「これで僕も、みんなと一緒に……いや、なんでもない。とにかく、ありがとう」
「ど、どういたしまして」
千鶴としては副産物でありお礼を言われることではないのだが、人に感謝されるのは、やはり悪い気はしない。
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