62 夢と現
「今から昼ご飯食べに行くんですけど、風見さんも一緒にどうですか?」
雄太郎の母、加奈からの言葉だった。
「ええんですか。家族水入らずで過ごしてるのに、お邪魔させていただいて」
「別に構わないだろう。なあ、昴大」
「……じいちゃん、お言葉に甘えよう」
この家族はそういう家族だ。遠慮するほうが逆に残念がらせてしまうことを昴大は知っているので、そう清に進言した。昴大に言われた清は、謙虚気味に頷いた。
「そう、暁さんが仰ってくれはるんやったら、ご一緒させていただこうか、昴大」
「うん」
その後、結局昼食だけでなくショッピングモールの初売りにまで同行した暁家と風見家は、4時半、千鶴の舞が始まる1時間前に神社に戻った。
「妹の舞を見に来てくださったんですか?」
「……え、と」
昴大が戸惑っていると、後ろに立っていた宗太が言った。
「千鶴さんのお姉さんですか?」
「あ、ごめんなさい!私、土間千歳と申します!名乗るのが遅れてしまって申し訳ございません!」
「いえ、気にしなくて大丈夫ですよ。暁雄太郎です」
容姿は特別似ているわけではないが、態度や話し方が千鶴に似ている彼女は、間違いなく千鶴の姉なんだろうと昴大は思った。
「僕は、風見昴大です。妹さんには、いつもお世話になってます」
「千鶴の友達!?陽貴!出てきなさい!!」
千歳が大声で振り返り弟の名を呼ぶ。
呼ばれた彼は、随分不貞腐れた態度で出てきた。
「何だよ、千歳姉ちゃん……」
「千鶴の友達!もう来てくれてる!」
「えまじ?ってことは凪さんの友達!?」
陽貴が少し表情を明るくして顔を上げるが、昴大たちを見るとまた元の表情に戻った。
「なんだ男か」
「陽貴、何その態度。謝りなさい」
「ゴメンナサーイ」
「もっと大きな声で気持ちを込めて!!」
「ごめんなさい!!!」
陽貴は千歳に気圧され、バッと勢いよく頭を下げて謝った。
その勢いは逆に不安になるレベルだ。
「頭を上げて、陽貴くん。元気だね」
「凪さんを見習ってるんです」
「へえ」
千鶴の親友である凪は千鶴の家族ともどうやら深い付き合いがあるらしい。昴大は千歳にもアイコンタクトをすると、更に続けた。
「そんなに気を使ってもらわなくとも大丈夫ですよ。僕たちは全然、気にしませんので」
「そうはいっても……陽貴のためにも、人に丁寧に接するように言わないと。私は正月が終わったら九州に戻らなきゃいけないし、千鶴は甘いし」
「九州で修行中なんです。一週間だけこっちに戻ってきまして」
修行の話は千鶴からも聞いたことがある。中学の夏休みにしごかれた……なんて言っていたような気がする。
「修行ですって。すごいねぇ……どのような修行をなさっているんですか?」
興味を持ったのは加奈だった。加奈はずいと千歳に近づき、話を聞いているようだ。
「陽貴くんは何か将来の夢とかあるの?」
「俺はゲーマーになりたい。こう見えて中学校で一番ゲーム上手いんだぜ。姉貴たちは反対してるけど親父は応援してくれてるし、大会に出ることも勧めてくれんだ」
昴大と雄太郎は陽貴と話すことにした。ゲーム好きというのは昴大的にも好感が持てる。
「なんのゲームをしてるんだ?」
「俺はスークラ。知ってる?」
「昴大がやってるのじゃないか?」
「うん。僕もやってる」
「ランクは?」
「プラチナのランク5。陽貴くんは?」
「俺はプラチナのランク8。でも昴大、やるな!」
いきなり呼び捨てにされたのは昴大にとって驚きだったが、仲間ができたことは嬉しかった。しかも自分より格上というのが、珍しくて昴大の興味を引く。
「雄太郎はやらないのか?」
「俺は半年前に始めたばかりだ。まだシルバーのランク1だよ」
「えーパーティー組めないじゃん。頑張れよ」
「まあ頑張るよ」
タメ口だが、親しみやすいのは土間家の血筋だろうか。
「フレコ教えて。昴大強いし時間あったら一緒にパーティ組もうよ。雄太郎もレベリングのコツ教えるし」
「それはありがたいな。ちょっとスマホ出すから待って」
そうして、時間はあっという間に過ぎていった。
「じゃあな、雄太郎、昴大!」
陽貴と千歳は奥の方に去っていく。
「陽貴くん、いい子だったね」
「タメ口だがそこまで失礼でもなかったな。それに、プラチナ帯、リアルで昴大以外に初めて見た……」
「僕も。しかもランク8って……僕リリース当初からやってるのに……」
「本当にゲーマーになりそうだなアイツ」
昴大は心から頷いた。腕時計を見ると、5時前だった。
「あ、始まる」
拝殿の横にある広いスペースに、提灯の灯りが点いた。その暖かい光に包まれ、舞台が現れる。
「すごく仰々しいな」
「今からあそこで千鶴が踊るんだよねー」
「凪ちゃん」
私服に着替えた凪が、後ろから昴大と雄太郎の肩を叩いた。
「やほ、ユウくん、昴大。仕事終わったよー」
「お疲れ様、凪ちゃん」
「どうだった?」
「んー、楽しかった。いうほど人も多くは来なかったし、休憩時間も充分あったし。明日と明後日も頑張れそう」
3人は舞台を見上げた。
冷たい風が3人の肌を撫でるが、そんなことより舞台の神聖さに心奪われていた。
やがて人が集まり、3人は最前列に押し出された。
灯りが少し眩しいくらいだが、千鶴の姿を目に収めるのには不自由ないだろう。
「では、今から世の平安を祈り、神楽舞を捧げます」
千鶴の父、貴博の声だ。彼が言うとすぐ、巫女の衣装を身に纏った千鶴が舞台に上がった。
両手には神楽鈴を携えた彼女は、普段の姿とは異なり神々しさすら感じさせた。
貴博の太い声に合わせ、千鶴は舞う。
彼女の、ゆっくりと屈むその動きさえ美しく、見惚れてしまいそうだった。
シャン、という神楽鈴の音がなるたび空気が研ぎ澄まされ、世界が書き換えられていくようなそんな感覚になる。
千鶴が此方を向いてかがんだ瞬間、表情が昴大にも見えた。
それは無感情だとか厳粛だとか、そういう言葉で表せるものではなかった。
昴大とは見えている世界が違うようだった。
何となくケイを見たときと感覚が近く、不思議で堪らないこの感じ。
夢心地。それが一番近いものを形容する言葉。
昴大には、千鶴が熱く、眩しく輝いているように見えた。
「……綺麗だ」
神楽鈴がまた鳴る。
昴大に見えているのは夢か、現か。
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