63 新年


朝6時。昴大は夜更かししたのにも関わらず、いつもと変わらない時間に目が覚めた。


「うわ、めっさLINE来てるわ……」


何十件にも登る、年明け挨拶のLINE。

凪や千鶴、早乙女、部活のメンバーだけじゃない。

クラスLINEでも挨拶が飛び交っている。


「なんでみんな、起きてはんの……?」


それらに丁寧に返信していると、雄太郎からのLINEが無いことに気がついた。


「あれ……?」


雄太郎とは大晦日の9時まで、LINEでやりとりしていた。そして彼は、大晦日でも関係なくいつも通りの時間に寝るらしい。まさか、まだ寝ているのだろうか。


考えていると、通知音がピコンと鳴った。


開くと、雄太郎だった。


『昴大おはよう』


年明けだというのに普段と何も変わらない挨拶に、雄太郎らしさがにじみ出てしまって笑ってしまう。


もう一度軽快な通知音が鳴って、昴大はメッセージを見た。


『あけましておめでとうございます

今年も何卒雄太郎を宜しくお願い致します

             by雄太郎の母』


まさかの雄太郎の母からの言葉には驚かずにはいられない。こんなことは初めてだった。


『あけましておめでとうございます!

こちらこそよろしくお願いします』


とりあえず返してみたが、これが正しいのかは昴大にも分からない。また会ったら改めて挨拶させていただこう、昴大はそう思った。




昴大は神社に行く前、清に手伝われ、着物を着付けた。

鏡の前に立ってみると、きっちり着れていて少し動きづらいがサイズは合っているようだった。

これは初めて着たはずだが、不思議に思って清に尋ねた。


「僕の身体に合ってる。これ、どうしたん?」

「それ?それなぁ、啓が小、中学生の時着とった服やで」

「父さんが?」

「おさがりでごめんなぁ」

「いや、それは全然気にしてへんよ。父さんこれ、小学生んとき着とったん?」


今の昴大の身長は170cmを確実に超えているし、そもそも着物は成長を見越して大きく作るものではない。

小学生のときにこれを着ていたということは、その時既に今の昴大くらいの身長があったということだ。


「それは啓が小5のときに仕立てもろたやつや。啓、そんくらいの時にえらい背ぇ伸びたからな。結局今の昴大の歳に180超えたわ」

「高い……」

「華蓮さんも身長ある人やったから、昴大もまだ伸びるはずやで」

「そっか!楽しみにしとくわ」




昴大と清は9時半に家を出て、歩いて神社に向かった。

昨日は少し恥ずかしかった着物も、今は誇らしい気持ちで着ている。

自分と父親を繋ぐものを身に着けれているのが、たまらなく嬉しいのだ。


9時45分に神社につくと、境内で凪がウロウロとしているのが見えた。


「凪!」


フラフラしていた凪だが、昴大が呼びかけるとすぐに振り返って駆け寄ってきた。


「昴大。あけおめ!その服似合ってるね!」

「ありがとう、凪。バイトは?」

「今休憩。後ろにいるのがおじいさん?」

「そう。じいちゃん、この人が凪だよ」


後ろに立っていた清を見て、凪はペコリと頭を下げた。


「初めまして。昴大くんと同じクラスで友人の海月凪といいます。いつも昴大くんにはお世話になっております」


凪はこう見えて礼儀正しい。清もそんな凪に感心しているようだ。


「凪さん。いつも昴大から話は聞いています。ありがとう」

「こちらこそ!今年もよろしくお願いします!」


凪ははつらつとした笑顔で清に言う。今の凪は巫女の格好をしているので、なんとなく千鶴に似た雰囲気が出ている。


「凪のその格好、似合ってるね」

「昴大こそ、良いところの坊ちゃんに見えるよ。ほんと、しっかりしてるねー」

「凪ちゃんか。千鶴かと思った」


後ろから声をかけてきたのは雄太郎だった。その家族もあとから来たようだ。

雄太郎は制服姿なので、普段と印象はあまり変わらないが、唯一髪型だけはワックスで固めているらしい。そんな雄太郎も凪の姿に驚いているようで、言葉を続ける。


「案外、様になっているじゃないか。良いと思う」

「なに?ユウくんが褒めてくれるなんて珍しいね。今年の抱負は凪ちゃんを敬うことにしたの?」

「違う。純粋に思ったことを言っただけでなんでこんなに言われなきゃいけないんだ」

「へえ、純粋に……ね」


凪は素直な雄太郎に照れているようで、顔を背けた。それを見た雄太郎がここぞとばかりに攻め込んでいく。


「凪ちゃんはスタイル良いから何でも似合うだろ、笑顔でいればかわいいし」

「ユウくんちょっと黙ってて!」


降参宣言をした凪は、逃げるように雄太郎の両親と先に彼らに挨拶していた清の元に駆け込んだ。


「普段めったに褒めないからって、あんな反応はないだろ。なあ、昴大?」

「はは……」


なんとなく凪の気持ちが分かるので同意しかねた昴大は、苦笑いするしかなかった。

褒められるというのは、存外照れくさい。凪の場合、自信をつけるために自画自賛するのはいいが、他人に褒められるのは恥ずかしいのだろう。


「早夕」


雄太郎が妹の名を呼んだ。昴大がまだ会ったことのない雄太郎の妹を探していると、雄太郎が言った。


「友達の昴大だ。挨拶はしてくれ」


すると、雄太郎の背後からゆっくりとその彼女は出てきた。

少し睨まれているような気がするが、初対面なので完全に昴大の思い違いだろう。


「……暁早夕です。はじめまして。いつも兄がお世話になってます」

「はじめまして、風見昴大です。よろしくね、早夕さん」


昴大が言うと、また早夕は隠れてしまった。


「失礼だそ、早夕。悪いな昴大。妹、結構人見知りなんだ」

「分かるよ、僕もそうだから。大丈夫、気にしないで」


雄太郎は、本当に悪いな、と付け足すと、他の皆が集まっている、一際大きな松の木の下に向かった。


「雄太郎、千鶴さんのお宅がみかんくれるらしいよ」

「みかん?」


さっきまで照れていたはずの凪が、雄太郎に説明する。


「千鶴の親戚が、九州から採れたてのみかんを送ってくれたらしいんだけど、食べきれないから聞いてきてって言われたの。昴大もみかんいる?」

「僕、みかん好きだから大歓迎だよ。いいの?」

「うん。なんか、段ボール3箱分くらいあるらしい」


凪がこんなの、と箱の大きさをジェスチャーで示す。到底千鶴の家庭では消費しきれない量だと昴大も思う。


「もし食べきれなかったらジュースにするらしいから、その時はみんなで飲もうって、千鶴が言ってた」

「ジュース!良いね!」


食いつきが良いのは雄太郎の父、宗太だ。別荘に行った時も思ったが、この人は料理が得意なだけでなく、料理することそのものを愛しているように見える。昴大は、そんな風に趣味で家族やその友人を幸せにしている彼を純粋に尊敬している。


「ジュースにするにしても、素材を殺さないように気を配らなきゃいけない。もしジュースにすることになったら、僕に任せてくださいと千鶴さんのご両親に伝言頼める?凪ちゃん」

「任せて!」



その後、凪はバイトに戻り、昴大は清、暁家と共に参詣した。


なにを祈ろう、と一瞬昴大は思ったが、ケイの言葉を思い出し、すぐに迷いはなくなった。


(霊が視えるようになりますように。そして、3人の足を引っ張ることがありませんように)


祈り終え、昴大は拝殿の奥を見据えた。

なんだか、神様が答えてくれたような気がした。

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