60 一年を終えて(2)
その後、各々がドリンクを飲みながら2学期を振り返っていた。
「いろんなことがあったね」
「ユウくんが悪霊に呼び出されたり」
「呼び出したのは人だろ……多分」
あのときは大変だった。霊が見えない昴大でさえ酷い悪寒に襲われ危機感を肌で味わったものだ。
「本当に、なんだったんだろう。あれ」
「いたずらなんてレベルじゃなかったからな……。俺、狙われてるのか?」
「何に〜?」
昴大は凪がティーカップの紅茶をストローで飲んでいるところを見て吹き出しそうになったが、ギリギリのところでなんとか我慢することができた。
「分からん。俺、昔からそういうトラブル多いんだよな……」
「じゃあ今まで通り私が守ってあげる。それなら心配いらないでしょ?」
「凪ちゃん自体が呼び寄せている説は?」
「ないない」
ケラケラと笑う凪。やはり、雄太郎の件は自分のせいなんじゃないかと昴大は思ったが、そんなことを口にしたら逆に3人に怒られそうなのでやめた。
「文化祭も楽しかったね。あー、あのときはよく働いたなぁ!」
爽快な笑顔で千鶴は言う。千鶴は生徒会の仕事を手伝い、劇では主役級の活躍をした。普通あれだけ動けば疲れそうなものだが、なぜ常にあんなに元気でいられるのか。昴大には不思議である。
「文化祭か……1日目はともかく、2日目は大変だったな。頭も身体も疲れた」
「2日目は僕も忙しかった。でも、全力で楽しんだとも言えるかな」
「そうだ、昴大。結局あのバカ難しい問題作ったのは誰なんだ?」
いきなりぶっ込まれ、昴大は静かに身体を硬直させた。
「えと、それは」
「凪ちゃんは誰か知ってるのか?」
「えー、本人に聞きなよ。そこにいるじゃん」
「凪!」
それはもう、答えを言ったも同然だ。雄太郎が余程の馬鹿でなければ気づくだろう。
「……待て、整理できない」
「どういうこと?というか何の話?」
「ああ、実はね……」
一人だけ状況を理解できていない千鶴に、凪が説明をしている。
「昴大って、数学雄太郎より得意だよね?」
「昴大」
千鶴の言葉を聞いた雄太郎が目をかっ開いて昴大に尋ねてきた。
「校内模試、数学の学年順位を正直に言え」
ここまで聞かれたならば仕方がない。これはずっと隠しておこうと思っていたが、打ち明ける他、今昴大に取れる選択肢はないのだ。
昴大はカバンから今日返却された校内模試の結果用紙を雄太郎に手渡した。
「数学、1位……」
「黙ってたのは良くなかったね。あの問題を作ったのは僕です」
「昴大……」
雄太郎が、昴大の作った、そして悪戯心で渡した問題に苦戦していたのは知っている。
どんな恨み言を言われるのかと覚悟していたが、雄太郎が言ったのはそんなことではなかった。
「すごいなお前。尊敬するよ」
「……そう?」
「これから俺、昴大に勉強教えてもらおうかな。クラスの人間に聞くより確実に良いだろ」
「……怒らないの?」
昴大が恐る恐る聞くと、雄太郎が笑いながら尋ね返してきた。
「怒ってほしいのか?」
「いやだって僕、あんな問題作ったし」
「それは別にいいだろ。むしろ尊敬が強くなるだけだ」
「良かったじゃん昴大。許してもらえて」
だが昴大にはもう一つ雄太郎に謝らなければならないことがある。
「……わざとあの問題、雄太郎に渡したんだけど」
「なんでそんなことしたんだよ」
「悪戯心……?」
昴大がそう言った瞬間、雄太郎の表情が変わった。
「ってことは俺を苦しめようという意図があったのか!!」
雄太郎に頬を強くはないもののしっかりつねられ、言葉がまともに出ず弁解もできない。
「あーユウくんいじめてる」
凪にそう言われた雄太郎は、昴大の頬から手を離した。
「それはたちが悪いぞ昴大……」
「つい、魔が差して」
「凪ちゃんの影響を受けてきたんじゃないのか?」
「ユウくんそれどういう意味?」
「そのままの意味だよ」
「う、ウチドリンクバー行きたい。凪、一緒に行こう」
「私ももう一杯くらい飲もうかな」
昴大を挟んで2人が睨み合うが、千鶴の機転でなんとか助かった。
凪と千鶴が去った後、雄太郎が昴大に尋ねた。
「昴大、正直に答えてくれよ。悩んでる俺を見てどう思った?」
「どう?どうって……」
「してやったぜとか思ってないよな?」
「それは思ってないよ!」
「マインドまでは影響を受けてないみたいだな。よかった」
雄太郎はホッとした様子でため息をついた。
凪と千鶴が最後のドリンクを飲み終わり、4人はファミレスを出た。
「じゃあね、雄太郎」
「良いお年を、雄太郎!」
「ああ。昴大も千鶴も、良いお年を」
「ユウくん、冬休み、さみしくなったらいつでも来ていいからね!」
「大丈夫、余計な心配だ」
雄太郎は小さく手を振ると、駅の方に入っていった。
「さて、ウチらも帰ろう。宿題しないとね!」
「あー、ダルいー」
「でも年末には終わらせたいよね」
「そりゃそうだ。年明けたら遊び尽くしたいもんね」
3人はいつものように帰っていく。昴大の前に凪と千鶴が並ぶ。
千鶴は元から身長が離れていたが、昴大は、高校に入学してから背がかなり伸びた。そのため、入学当初は背がほぼ変わらなかった凪との身長差が目に見えて分かるようになってきた。
「寒いよー」
「マフラー貸そうか?」
「やった!」
「……ははっ」
時間の流れを感じた昴大は、思わず声に出して笑ってしまった。
「……どうしたの昴大。あ、まさか私たちが羨ましいとか?手袋くらいなら貸すけど?」
「ううん、大丈夫。いや、もう出会ってからこんなに経つんだなって、思って」
「もう9ヶ月かぁ。時間の流れって本当に早いね。昴大がウチらを頼ってくれたあの日が、昨日のことみたい」
「そうだね」
あの日、もし凪に声をかけられず、千鶴に頼ることができなかったら。考えただけで、ゾッとする。
昴大は今目の前にある幸せを噛み締めながら、2人の後ろを歩いた。
大晦日、自宅で昴大は年越し蕎麦を食べ終え、緑茶を啜りながら年末恒例の歌合戦を見ていた。
別に好きな歌手が出ているわけではない。ただの惰性だ。
明日は初詣。そう考えると、楽しみが増す。
正直寝れる気がしていない。寝なければならないと分かっていても、脳が活性化して眠ろうとしてくれないのだ。
名前も分からないようなアーティストの曲が始まった。最後に来るくらいだから大物なのだろうが、昔の曲に疎い昴大にはピンとこなかった。
「昴大」
「なに?じいちゃん」
返事をすると、先ほど寝たはずの祖父が目をこすりながら立っていた。
「明日、着物来ていくやんな?」
「……浮かへんかなぁ?」
「なんで浮くんや?」
「今どきあんま初詣、和服で行く人おらんような気がする……」
「神様にご挨拶するのに、礼服やないといけんよ。そして風見家の礼服といえば、この家紋入りの着物や」
家紋入りの和装なんて、どこの名家だろうか。しかし昴大の知る限り、風見家はそんな家ではない。
だが昴大が何を言っても、清の意志は揺るがないだろう。諦めるしかあるまい。
「分かった。それ着ていくよ」
昴大は年越しまで起きる気力をなくし、テレビを消して布団に潜った。
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