28 荷解き
遡ること数十分前。雄太郎と昴大は荷物整理を淡々と行っていた。
「凪ちゃんたちと隣の部屋にしないで本当に良かった……」
聞こえるのは凪のはしゃぐ声。彼女はこの別荘に何度も来ているのでそこまで感動するようなことはないはずだが、キャーキャーと声を上げているのが一部屋またいだ雄太郎たちの部屋まで響いていた。
「楽しそう……」
昴大の荷物整理の手は完全に止まっている。このままでは良くない。
「俺たちはさっさと荷物を整理しよう」
雄太郎はカバンから服を取り出し、シワを伸ばす。しゃがんでカバンの中を漁る昴大に一声かけた。
「昴大、服はこのクローゼットに入れて良いからな。右側が俺、左が昴大。そうすれば混ざらないだろ」
「分かった、ありがとう」
昴大はカバンから服が入った圧縮袋を取り出している。圧縮袋を出してもなお昴大のカバンの中にはまだ沢山物が入っているようだ。
雄太郎は中身がつい気になって尋ねた。
「昴大、荷物は凪ちゃんと千鶴のアドバイスを元に準備してきたって言ったよな?」
「うん、本当に助かったよ」
「どんなアドバイスを受けたんだ?」
昴大の表情が少し曇る。雄太郎は嫌な予感がした。
「えーと、まず」
昴大が最初に取り出したのは可愛らしい黄色のポーチだった。どこかで見たことがあるような犬のキャラクターがあしらわれている。
「これがスキンケア?とかのやつ。ポーチは凪にもらったんだけど、肌のカサつきが気になるなら持っておいた方がいいって、千鶴さんが」
中に入っているのは流石に男性用のものだっ た。身なりに気をつけたほうが良いという千鶴からの純粋な助言だろう。
「で、こっちが髪を整えたりする分」
次に取り出されたのはシンプルな、百円ショップでも売っているポーチ。おそらくこちらは自前だろう。
「あとはブドウ糖と……それだけだよ」
昴大はそう言うが、カバンには明らかに膨らみがある。
「おい待て昴大他にまだ入ってるだろ」
「入ってないよ……?」
「その言葉が本当なら疑問符は付かないはずだ!」
思い切り突っ込むと、昴大はカバンから何か、小さな箱を取り出した。
「トランプ?」
「夜、4人でやろうかなと思って……これは僕が勝手に持ってきただけだから!千鶴さんと凪は悪くない!」
責めたつもりはないのだが、昴大はやけに慌てている。これはまだ、何か隠しているのではないか?雄太郎は勘繰った。
「昴大、俺は怒ってなんてない。楽しみにしてたんだな」
昴大は照れくさそうにして俯いた。
「でもちょっと落ち着こうか」
「はい……」
昴大は反省しているようだ。だが雄太郎にはまだ聞かなければならないことがある。
「で、他は?」
「えーっと……」
雄太郎はとうとう我慢できなくなり、昴大のカバンの中を覗いた。
「……これは」
「ごめんなさい」
何かあることだけは確認できたのだが、その正体は雄太郎には分からない。しかし昴大の反応からして、疚しいモノだということが発覚してしまった。
「何を持ってきたんだよ……?ちょっと見るぞ」
カバンに手を突っ込み、触れた頑丈そうなケースを取り出した。このケースにはなんとなく見覚えがある。
「ゲーム機、か。凪ちゃんだな?」
「うん……」
非常に気まずそうに昴大は目を逸らす。
「いつするつもりなんだよ。そんな時間ないだろ」
観念したのか、昴大は申し訳無さそうに全てを語りだした。
「実は、雄太郎と千鶴さんが勉強してる間に凪がこの部屋に来て、これをする予定なんだ」
昴大が取り出したゲームのカセット入れは、空きがない。指差すのは、仲間と共にモンスター
を狩るゲームだった。
「……意外だな。昴大もこういうゲームするのか」
「いろんなゲームするよ。FPSもRPGも、僕は結構ジャンル問わない方かも」
「俺もゲームはするけどそこまでではないな……得意なのか?」
「うん、まあ」
昴大が柔らかく肯定する。彼がこう言うということは、恐らく雄太郎が想像するよりもできるのだろう。
「ごめん。千鶴さんと雄太郎が勉強頑張るのに、僕たちだけ遊ぶなんて」
昴大は床に座り込むと、深く頭を下げる。正直そこまでしなくても、雄太郎は許すつもりだ。
「いやいや、気にするな。もちろんこの3日間、勉強もするだろ」
昴大が小さく頷く。
「じゃあ俺、千鶴の部屋行ってくる」
昴大は雄太郎が去った部屋で、一人ベッドに座りケースからゲーム機を取り出した。
「昴大、いる?」
扉を叩く音と凪の声。昴大はゲーム機を置くと急いで扉を開けた。
「来ちゃった!ちょっと早いかな」
「ううん、僕も今準備してるところだから」
「おじゃましまーす」
凪が室内に入り、扉を閉めた。
「ここ、涼しいね。日が直接入らないからかな。窓開けていい?」
「いいよ」
椅子がないこの部屋のどこに凪が座るのか考えていたところ、彼女は雄太郎のベッドに腰掛けた。
「ユウくんに怒られると思う?」
「……思う」
「じゃあ座ろうっと」
しまった、凪はこういう人間だ。昴大はすぐに自分の返答ミスに気がついた。
「クエスト、これで合ってる?」
画面を見せると凪は頷く。
「今から準備するから待って」
凪の出撃を待っていると、凪が尋ねてきた。
「昴大は夏休み何してた?」
「勉強とゲーム。ほぼ外には出てない」
凪の出撃準備が整ったようで、クエスト開始のボタンをタップした。
「へー。まあでも、私もか。千鶴と何回か遊びに行った以外は外に出てない。帰省する場所もないし。昴大は帰省は……?」
「僕は京都に帰ってお墓参りに行ってきたよ」
「昴大って京都出身なんだ、知らなかった」
そういえば高校に入学してからは、このことを誰かに話したことはなかった。
「小学生のときまでは住んでたよ。実はまだ、標準語は慣れてない」
「へー、全然分かんなかった。自然にしか聞こえなかったから」
凪が頷く。自然だと言われ、少し安心した。
「中学のときは大変だったなぁ、関西弁喋ってみてってよく言われた」
「何それ。見世物じゃないのにね」
「まあ……」
凪の口調が思った以上に怒りを感じさせ、昴大は苦笑いするしかなかった。
しかし昴大も当時、実際そのように扱われ困っていたのも事実だった。
「京都は、市内の方は小学校の修学旅行で行ったよ。確か千鶴のところもだったと思う」
「千鶴さんと凪は小学校違うんだ」
「そうだよ?ユウくんが転校したのも小4だし」
凪はずっと彼らと付き合いがあるものだと勝手に思い込んでいたので、少し意外だった。
「昴大、久しぶりの京都はどうだった?」
「楽しかったよ、お墓参りでこういうこと言うのも、不謹慎かもしれないけど」
「お墓参りが楽しいって不謹慎なの?」
「え?」
凪の意外な返答に昴大は戸惑いの声を漏らした。
「私、一昨日父親の墓参りに行ってきたけど楽しかったよ。家族全員が久しぶりに集合して思い出話とかしてさ。まあ、私が物心ついたときにはもう父親死んでたしよく分からないけど」
父親が既に亡くなっているということは知っているが、家族全員が久しぶりに集合というのも驚いた。
「昴大なんて、故郷に帰ったんだから楽しいのは全然不謹慎なんかじゃないと思うよ?」
「……そっか」
凪はいつも昴大の心を解すような言葉をかけてくれる。高校に入学したあの日から、ずっとそうだった。
「おっ、ホントに倒した!昴大凄い!」
昴大は話している間にも手を動かしていた。周囲には隠していたがゲーマーである昴大にとっては、朝飯前のクエストだった。
「これ私、足手まといではないかい?」
「じゃあクエストの難易度上げる?」
「ちょっ、それは勘弁してください」
凪にそう言われてしまったので、同じものをもう一度受けることにした。
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