25 乗車前のあれこれ


お盆が終わり、凪は大きなリュックサックを背負い、キャリーケースの車輪を転がし、千鶴の家の神社に向かっていた。


雄太郎の別荘へ行くとき、雄太郎の両親がそこに迎えに来るのだ。千鶴、凪、昴大は迎えの車が来る30分前、9時30分に神社の駐車場で待ち合わせをした。


「凪ー!」


大声で呼ぶ声は千鶴だった。隣には昴大もいた。こちらに手を振るのでそれを返し、足早に歩く。


「ごめーん」


そう言いつつ凪は腕時計を見た。時刻は9時20分。凪が特別遅いわけではないらしい。


「早くない?」


凪が尋ねると、二人は何ともないような表情で答えた。


「早くないよ。ウチは5分前に着いてたし」

「僕もそのくらい……」

「うん、早いって」


凪も二人を待たせないよう早めに行ったつもりではあったが、心配性の二人には敵わなかったようだ。


「凪の荷物多くない?何入ってるの」

「兄貴たちからの手土産と、ゲーム。あとは二人と一緒」

「にしたって多い気がする……僕の荷物、もしかして少なすぎる?」


昴大はボストンバッグと小さな肩掛けカバンのみを持っている。


「いやそれくらいじゃない?凪が多すぎるだけだって」


そう言って千鶴が昴大をフォローするが、千鶴もリュックサックは持っていないものの凪よりキャリーケースが大きい。


「千鶴こそ何持ってきたの〜?」

「ドライヤー自前の使うから」

「修学旅行か」


ふと昴大を見やる。どこか緊張しているようだった。


「ユウくんのご両親はいい人だよ」

「え、あっ、いやそういうのじゃなくて」


慌ただしく否定する昴大。すると少し笑顔になって言った。


「友達の家行くの、僕、実は初めてなんだ……!」


でれでれと顔を赤らめ、下を向く昴大。


「だからさっきからソワソワしてたんだ〜可愛いかよ」

「今更だよ凪」


二人でからかったからなのか、昴大は少し怒ったように言った。


「僕はかわいくないよ!」


普段なら絶対に出さないような大声で昴大が否定した。凪と千鶴のことを睨みつけるが、怖さや威圧感は全くない。


「そういうところがかわいいんだよ!」


凪がすぐさま否定すると、昴大は言った。まだ機嫌は悪いらしい。


「僕は可愛くない!まだ成長期だから、きっと

身長も雄太郎より高くなる!」


「やれるものならやってみろ」


そう言って呆れ顔で立っていたのは雄太郎だった。


「ユウくん早いね?」

「そうなんだよ。だから呼びに来たんだが……何の話をしてるんだ?」

「昴大がかわいいよねって話」


すると雄太郎は更に呆れ顔になってため息をついた。


「何を今更。わざわざ言うまでもないだろ」

「えっ!?」


雄太郎からの救援が入ると思っていたのだろう。昴大は口をあんぐりと開けたまま、動かないでいる。


凪はもちろん、雄太郎ならそう言うだろうと予想はしていた。あまりにも淡々と言うので、流石の凪も吹き出しそうにはなったが。


「下らないことを言ってないで三人とも、荷物を早く車に積め。車は神社の駐車場に停めてるとはいえ、邪魔になるから」


雄太郎はそれだけ言うと凪のキャリーケースを押していく。千鶴は雄太郎に続いて自分のキャリーケースを押していく。


昴大を見ると、ため息をついて彼はボストンバッグを肩にかけていた。

少し申し訳ないなと凪は思いつつ、事実だから良いかとも考えた。




「おはようございます!」


千鶴は久しぶりに会った雄太郎の両親に挨拶をした。


「久しぶり、千鶴ちゃん」


そう微笑む雄太郎の母、加奈は車のトランクを開き、いつでも荷物を乗せられるように待っていた。


後ろで雄太郎と彼の父、宗太が凪のキャリーケースを積んでいる。


「三日間よろしくお願いします」


千鶴が頭を下げると加奈は、いえいえ、とかしこまったように言った。


「雄太郎と高校でも仲良くしてくれてありがとう。遠慮はいらないわ、ゆっくりしてね」

「お世話になります」


千鶴と加奈でトランクに荷物を積んでいると、隣で雄太郎が言った。


「凪ちゃんのキャリーケース、馬鹿みたいに重いんだが何入ってるんだ?千鶴は知らないか?」

「いやー、知らない」


本当は知っているのだが本当のことを言えば凪が怒られるのは明白なので言わないことにした。


「……なら仕方ないか」




昴大は三人の後についていき、大きな車の方へ歩いた。


「おばさん、おじさん、またお世話になります」


先に凪が雄太郎の両親らしき人物と話している。実際会うのは初めてだが、昴大は以前雄太郎から家族写真を見せてもらったことがあるためすぐに認識できた。


いつからの付き合いなのかは分からないが、千鶴も凪もかなり彼らとは親しいようだ。特に凪の方は親子にすら見える。


そこに混ざって良いものなのだろうか。この誘いは受けるべきではなかった。そんな考えが昴大の頭の中をグルグルと回る。


「もう一人の子の荷物も……」


昴大を探している雄太郎の父親と目が合った。


「は、初めまして。風見昴大です。雄太郎くんと、友達をさせて頂いております」


敬語なんて慣れていない上に緊張して、妙な言葉遣いになってしまった。


早速やってしまった、自分はもう帰った方がいいのでは、昴大の顔には冷や汗が伝う。


「はじめまして。雄太郎の父の宗太です。雄太郎と友達になってくれてありがとう!」


そう言うと宗太は昴大の肩をガッシリ掴み、感慨深い表情で言った。


「ふぇっ!?」

「おじさん駄目だよ。彼、緊張してるんだから」

「あ、ああごめんね」


凪の言葉に宗太は落ち着いたようで、手を離して恥ずかしそうに笑った。


「雄太郎がよく君の話をするんだ。今までこんなことはなくて、一体どんな子なのかずっと考えてた。でもやっと今日会うことができてつい感動したんだ」


「僕の話を……雄太郎が?」


雄太郎は感情が読み取りにくい方だと昴大は思っている。出会いも出会いだったため、昴大としては本当に雄太郎に好かれているか、不安だった。

しかし家で親にわざわざ話すくらいには良く思われていることを知り、急に照れくさくなってしまった。


「父さん、昴大に何吹き込んでるんだ!」


雄太郎が声を上げて宗太に言った。


「何も悪いことは言ってないよ。ただ雄太郎が、学校のことを聞けば昴大くんの話ばっかりするって言っただけだ」

「それ大問題だろ!昴大、忘れてくれ!」


「……無理だよ」


あまりの嬉しさに口角が上がるのを抑えられない。こんな表情を雄太郎に見せれば確実に怒られるのだろうが、それでも表情筋は昴大の意思に反している。

まさか、雄太郎も自分と同じなんて。


先程までの緊張はどこへやら、昴大はこの三日間がとても楽しみになった。




雄太郎は全員分の荷物を積み終わると、三人に告げた。


「千鶴と凪ちゃんは後ろ。昴大は俺の横」

「はあ?」


真っ先に不満を漏らしたのは、雄太郎の予想通り凪だった。


「私、ユウくんの隣がいいんですけど」

「凪ちゃんの隣に座ったら何されるか分かったもんじゃない。大人しく千鶴と喋っとけ」


えー、と凪が口を尖らせる。


「もちろん千鶴の横に座るよ?でもせめて昴大をちょうだい。後ろ、3人席でしょ」

「もっと駄目だ。絶対却下」

「僕は凪の横でも構わないけど……」


昴大がそんなことを言い出したので、雄太郎は思わず昴大の体をこちらに引き寄せて凪に言った。


「昴大のことは俺が守る。凪ちゃんの毒牙に掛けてなるものか!」

「まるで私が魔王みたいな言い方だね、ユウくん。酷いよ」

「何が違う!?」


背はこちらの方が高いはずだが、凪と話すと雄太郎はいつも、何故か見下ろされている気分になる。いや、実際そうなのだろう。


飄々とした口調。雄太郎と目が合うたびに細まる眼。いつから凪と雄太郎の関係がこうなったかは分からない。しかし、今ではもう力関係は明白になってしまった。


「まあまあ、二人とも……僕、雄太郎の隣に座るから」

「早く乗らないと、邪魔になるんじゃない?」


昴大と千鶴にそう諭され、雄太郎は凪を睨むのをやめた。


「……早く乗ろう」

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