Case6 迷える少年
23 迷い
球技大会も終わり、雄太郎は学期末のテスト勉強に集中していた。
自分の部屋の勉強机にて、苦手分野の対策をしっかりと行っていたとき、母親の声がした。
「雄太郎、ごはんは?」
「あー、今から行く」
丁度キリがつくところだったため、持っていたシャープペンシルを置いて椅子から立ち上がった。
長時間勉強していたため、身体が凝っている。
軽く伸びをしてそれを解すと、自室を出てダイニングへと向かった。
「いい匂いする」
雄太郎の家は比較的裕福だ。母親も父親もとても優しく、根っからの善人。2つ年下の妹もよく雄太郎を慕っていて、自分でも恵まれている自覚はある。
「今日は鳥を一羽丸々焼いてみたんだ」
そう父は言うが、特に今日は何かの記念日ではない。暁家では、料理好きの父親のおかげでたびたび豪勢な食事が作られるのだ。
「いただきます」
行儀良く手を合わせて食事を始めると、母親が言った。
「雄太郎、今年も別荘に行きたい?」
「……行きたい」
雄太郎は毎年夏に家族で別荘に行く時をとても楽しみにしている。しかし母親の口ぶりからして、今年は行けない可能性があることを雄太郎はなんとなく察した。
「じゃあ行こう。早夕はそれでもいい?」
妹の早夕は黙ってうなずく。
「行きたくないのか?」
「違うの。友達に遊びに誘われてて、行けないから」
早夕は嬉しそうに、しかし少し申し訳無さそうに言う。きっと、家族との別荘での時間も友人の誘いも彼女にとっては両方大切なのだろう。雄太郎には分かった。
「兄様こそ、そういう友達はいないの?」
思わずうめき声を上げた。雄太郎には、遊びに誘ってくれる友人などいないし自分から誘えるはずもない。
「……そうか、いないのか」
落胆したように父親が言った。
「今年はバーベキューやりたいから、雄太郎が友達を誘ってくれた方がいいけど」
「……バーベキュー?」
尋ね返すと、早夕が優しく言った。
「ほら、去年やろうって言ってた」
雄太郎の頭によぎったのは一人の友人の顔。
「……俺、友達誘う」
「ほんとに?あ、一人じゃなくていいんだよ。誘えるだけ、何人でもいいから」
「ちょっとLIMEで、後で聞いてみる」
夕食を済ませると雄太郎はすぐに自室に戻り、LINEを起動させた。
「昴大どこだ?」
画面をスクロールさせながら、昴大とのトークルームを探す。
「あった」
開くと、最後の会話が校外学習の時であることが履歴で分かった。それも以前に昴大が千鶴に送った写真を自分にもほしいと頼んで来たため、送信しただけだ。
それ以外の会話は、連絡先を交換したときにした「よろしく」の一言のみ。
「マジか……」
LIMEでも昴大とは会話していたつもりだったが、部活のグループLIMEと凪と千鶴の4人のグループLIMEでの会話ばかりで、個人LIMEの方はほとんど音沙汰なしの状態だった。
手早くメッセージを送ってしまおうかと、とりあえず文章を打ち込んでみたが、送信ボタンを押す手前でやめた。
別荘に行くということはもちろん泊まりがけで、準備もかなり大変だ。LINEで軽く誘ってもいいものなのだろうか。
雄太郎は考えた。しかし答えは一向に出ない。
「あー、難しい。俺が凪ちゃんみたいに口が回る人間だったらなぁ……」
スポン、とスマホから気の抜けた音がした。
雄太郎が画面を思わず見ると、打ち込んだままになっていたメッセージがそのまま昴大に送信されてしまっていた。
誤って送信ボタンを押してしまったのだろうか。
「うわっ」
急いで取り消そうとする。勢い余って送信取消ではなく、削除の方を押してしまった。
「駄目だろこっち押したら……!」
雄太郎の画面からメッセージが消える。しかし削除では、昴大の画面からはメッセージは消えない。しかも雄太郎の手元にはメッセージがないため、今から送信取消することもかなわない。
「俺は馬鹿か!」
雄太郎は一人、叫んでみる。もちろん返答はない。
昴大は勉強中に寝落ちしてしまっていたようで、ノートの上に顔を置いた状態で目を覚ました。
時間を見るためにスマホのロック画面を開くと、深夜3時を回っていた。
通知には、雄太郎からのLIMEのメッセージが来ていた。何やら長文のようだ。
珍しいな、なんて思いつつトークルームを開くと、昴大はその場で動けなくなった。
雄太郎からのメッセージがあまりにも衝撃的だったからだ。
「突然ごめん。
夏休みいつ空いてる?
もし昴大がよかったら盆が終わる位のときに二泊三日で別荘に来ないか?
バーベキューをするつもりなんだ。前、やりたいって言ってただろ。
もちろん予定が空いてなかったり、嫌なら断ってくれて構わない」
昴大は初め、雄太郎のメッセージの意味が分からず混乱した。それから改めて読んでようやく理解できた。
確認させて、と送ろうとしたところで昴大は今の時間を見た。
深夜にわざわざ送るほどのことではない。朝、祖父に予定の確認をとってから登校する時に空いている日を伝えれば良いだろう。
そう思って昴大は勉強道具を片付け、布団に入り眠りについた。
雄太郎は早朝4時半に目が覚めると、すぐにスマホで昴大から返信が来ていないか確認した。
「流石にないか……」
雄太郎がメッセージを送ったのは昨夜20時。勉強やらで忙しければ返信が来ないのも無理はない。
送信メッセージが表示されないことによって既読がついたかどうかが分からないのがこんなに不安だとは、雄太郎は知らなかった。
参考書とノートを広げてテスト勉強を始めるが、まるで手につかなかった。
6時に目が覚めた昴大は、朝ごはんの支度を終えた祖父、清に尋ねた。
「じいちゃん、夏休みってどうするん?予定」
「京都に墓参りに帰る以外、特に予定はないなぁ。どうした、昴大?」
「実はさ、」
昴大は雄太郎からのメッセージを清に見せる。清は驚いたように昴大を見て、それから口元が優しくほころんだ。
「そうか。良かったなぁ。予定はこっちで調節しとくから、雄太郎くんにはいつでも行けるって言っておきなさい」
「……いいの?で、でも、お墓参りが」
そのことがどうしても気にかかった昴大が言うと、清は優しい表情で首を横に振った。
「昴大にええ友達ができたなんて知ったらきっと喜ぶやろうね」
ええ報告ができそうで良かったわ、清はそう言って座布団に座ると、昴大を見た。
「気にしやんと行ってきい」
「……ありがとう、じいちゃん」
雄太郎は不安を抱えたまま、駅前で凪、千鶴、昴大と合流した。
「おはよう」
「ユウくん、はよー」
「おはよう雄太郎。今日も一日頑張ろうね」
凪の後ろを歩く昴大の様子を見る。彼は一歩下がった。
避けられた?雄太郎の頭の中は混乱し、思わずため息をついた。
「雄太郎、僕はいつでもいけるからね」
「うわあ!?」
昴大は先程、雄太郎から離れたのではなく横に回り込んだのだと今気がついた。
「昴大が雄太郎のこと、脅かしてる……」
「ごめん、そんなつもりはなかったんだ。大丈夫?」
思わず転びそうになってしまった雄太郎の手を、昴大が取る。
「いや、大丈夫」
立ち上がった雄太郎を見て、凪はケラケラと笑いながら言った。
「ユウくんビビりだなー。私も久しぶりにそれやろうかな、隣行って脅かすやつ」
「俺はビビリじゃない」
凪を引き離すように足早に雄太郎は歩いた。
今更ながらに、昴大が先程言ったことを思い出す。
「そうか、行けるのか……」
雄太郎はポケットからスマホを取り出すと「分かった」と昴大に返事をした。
「雄太郎、歩きスマホだめー!」
「俺はちゃんと止まって操作したぞ!」
「楽しみだなぁ……」
雄太郎からの返信を見て昴大は別荘で雄太郎と過ごす想像をしていた。
しかし昴大はすぐに思い直した。果たして友人の家に泊まる際、何を用意すればいいのか。
そもそも、別荘に行くということは雄太郎の家族に世話になるということ。友人の家に遊びに行ったこともないし雄太郎の家族とは会ったことがない。
段々不安が芽生えてきた昴大は、やはり雄太郎の誘いを断ろうかと考えた。だが今朝、大喜びしていた清のことを思い浮かべると、何と彼らに言えば良いのか分からない。
そう百面相する昴大を見た早乙女が呆れたように呟いた。
「風見くん、海月さんとデートでもするの?」
そこで思わぬ名前が出てきて、昴大は大きな声で否定した。
「雄太郎だよ!なんでそこで凪が?」
「あー、暁くんか。まあ相手は誰であれ、ジブンは応援するよ」
何を応援するのか昴大には理解できなかったが、話題に上がった凪を見てみた。
目立ってはしゃいでいる様子はないが、昴大から見た凪は朝から少し、いつもより機嫌がいいように見えた。
なにか良いことでもあったのだろうか。また後で尋ねてみようと思った。
凪は上機嫌に一人で廊下を歩いていた。
「凪、なにかいいことでもあった?」
気がつけば隣に立っていた昴大。凪はポケットからスマホを取り出し、ある画面を見せた。
「実はユウくんの妹から、夏休み別荘に来ないかって誘われちゃって」
「へー……」
思った以上に昴大の反応が悪い。
「ユウくんの様子を見るに、今年はもう誘われないかと思ってたよ。まさか早夕の方からお誘いを受けるなんてね。まあ、本人は行けないらしいけどね。友達との先約が入ったとかで」
「そうなんだ」
凪は昴大の表情が曇っているのを見て、考えた。
「昴大も来る?」
「あっ、いや」
首を横に振った昴大は言った。
「もう、誘われてるから」
「……誰に?」
「雄太郎に」
その割に先程からリアクションが薄いのは何故だろうか。凪は頭をフル回転させる。
「もしかして昴大、誘われたのが自分だけじゃないのが悔しいの?」
「えっ」
自分のことなのにも関わらず驚く昴大。
「図星?」
「どうなんだろう……そう、なのかな……?」
煮えきらない答えに我慢ならなくなった凪は、思ったことを全て昴大に言い放った。
「分からないなら行くしかないね。どうせ、昴大のことだから一時は嬉しくて舞い上がったけど冷静になったときに色んな不安を感じて、行こうかどうしようか迷ってるんでしょ」
「な、なんで」
今回は本当に図星のようだ。目を丸くして、口を金魚のようにパクパクさせて昴大は凪を見ている。
「千鶴も誘われたんだって。行こう、昴大」
「雄太郎!」
雄太郎は移動教室の最中、千鶴に呼び止められた。
「どうしたんだ?」
「昴大のこと、別荘に誘ってたんだ」
「なぜそれを」
言うまでもなく、犯人は凪だ。
「ウチらは早夕ちゃんから誘われたけど、昴大だけは自分で誘ったんだ〜」
「何が言いたい?」
ニヤニヤと笑う千鶴。まるで凪を相手にしているようだと、雄太郎は思った。
「健気だなぁ……ウチも凪も、雄太郎のこと応援してるよ」
「何を良からぬ勘違いをしているのか知らないが、応援されるようなことはないからな」
「って、凪が言ってた」
「……凪ちゃん!!」
今度会ったら凪に説教しようと心に決める昴大であった。
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