22 球技大会後日談

凪はひと悶着終えたあと、医務室へ向かっていた。目的は当然、先程少し疎かにしてしまった早乙女の見舞いだ。

早乙女が捻挫したと知るなり、泣きそうな顔になった昴大も同伴だ。


「……大事にならなきゃいいけど」

「それを今から見に行くんでしょ。多分、まだいると思うんだよな」


もうすぐ医務室に着くときに、早乙女が右脚を引きずりながら歩くのを見つけた。


「早乙女くん!」

「風見くん……」


早乙女の表情が少し曇る。昴大は他人が怪我をすると当人以上に苦しそうな顔をする。早乙女もそれを充分に理解している故の態度だろう。


「大丈夫?」

「うん、今冷やしたから問題無く動かせるよ」


昴大がホッとした表情になる。


「よかった……」

「今から応援席に行くところ」


三人でゆっくりと体育館へ向かった。




球技大会が終わり、片付けの途中で雄太郎は早乙女に声をかけた。


E組の保健委員はもう一人いたはずだが、調子が悪く帰ってしまったらしい。帰るべきなのは右脚を負傷した早乙女ではないかと雄太郎は思ったが、その保健委員がどれだけ体調不良なのか分からないため言わないことにした。


「怪我、大丈夫なのか?」

「うん。まあ、大したことは」

「ちょっと見せて」


雄太郎が言うと、早乙女は苦笑いで答えた。


「ほんとに大丈夫だから……」


右足を隠すように後ろへやる。

雄太郎としては、違和感を覚えずにはいられなかった。


「そういえば、海月凪って、お前のクラスだよな?あと、風見昴大も」

「そうだけど。風見くんはジブンの友達。部活、一緒なんだって?」

「……よく知ってるな。昴大から聞いたのか?」


雄太郎は言ってからハッとした。なぜ自分は早乙女に対し、昴大との仲をアピールしたのか、と。


「いや、海月さんが言ってた。海月さんと暁くんは幼馴染らしいね」

「あいつ……」


少し凪を恨めしく思いつつ、雄太郎は続けた。


「まあそうだよ。って言っても、小さい頃家が隣だったってだけだし、完全に腐れ縁だけどな」


別に凪のことが特段嫌いというわけではないが、怨念をたっぷり込めた口調で言ってやった。


「海月さんはかなり、暁くんのこと気にかけてたけど」

「……えー」


思わず本音が漏れた。


「そうか?面白がってるだけじゃなくて?」

「……そうかも」


否定してくれよ、と内心雄太郎は思ったが、その分正直なのだと考えることにした。


「……痛っ」


早乙女はしゃがみ込み、右足の負傷部位を押さえた。


「やっぱり早乙女くん、病院に行ったほうがいいんじゃないか」

「……そうするよ」

「あとは俺がやる。もう帰っていいよ」


そう言うと彼は小声でありがとう、と呟くと歩いていった。足取りはやはりふらついている。

雄太郎は一人で片付けの続きをした。




凪は昴大と共に、昇降口で委員会の仕事をしている雄太郎と千鶴を待っていた。


「ごめん、待った?」

「待った」


駆け寄る千鶴に対し正直な心境を述べると、彼女は心底申し訳無さそうな表情を浮かべた。


「うそうそ。千鶴のためなら全然大したことないよ」 


矛盾してるようで全く嘘ではない。凪にとっての千鶴は、かなり例外的な存在なのだ。


ちなみにこれが雄太郎の場合は許されない。


「ユウくんは走って来い」

「俺疲れてるんだけど?凪ちゃん鬼なの?」

「うんそうだよ」


えー、と不満を漏らす声が聞こえるがそれは聞かなかったことにする。


「雄太郎、ゆっくりでいいから」

「ほら早く、雄太郎。置いていくよ?」


千鶴が先頭に立って歩き出すので、凪はそれについていく。


「女子二人はもうちょい昴大を見習ってくれ」

「嫌でーす」


凪と千鶴が先に歩いていると、雄太郎が言った。


「楽しかったな」

「あれぇ?疲れたんじゃないの?」

「煽るな、相手をしている余裕はないんだ。まあ疲れたけど、大切なことを学んだような気がする」


満足気に笑う雄太郎。尋ねたのは昴大だった。


「大切なことって?」

「まあ……チームの絆とか、努力とか」


照れくさそうに雄太郎が言うので、凪の茶化す気は失せた。


「ユウくんが千鶴みたいなこと言い出したよ」

「ウチ、そんなこと言ってる?」


千鶴には自覚がないらしい。


「言ってはないけど体現はしてる」

「そうかな?」

「そう」


凪が頷くと、昴大が口を開いた。


「今日の千鶴さんは凄かったね……A組の応援の勢いに僕たちも気圧されそうだった。準備、絶対大変だったでしょ。お疲れさま」

「昴大、ありがとう。2週間前から頑張ったよ……でもクラスのみんなの力がないと、絶対無理だった。感謝してる」


千鶴は肩から下げているショルダーバッグを見た。中から覗いているのはきっと、応援に使ったメガホンなのだろう。


「よくあんなに人が集まったよ。私なら、発案者が千鶴じゃなきゃやらないかも。人望だね」

「凪大好き」


千鶴がギュッと凪の腕に抱きつく。凪はいつも拘束されるのを嫌うが、正直、千鶴にされるなら悪い気はしない。


「今日の功労者は千鶴じゃないか?朝、俺の保健委員の仕事も手伝ってくれたし」

「きゃー、雄太郎が人を褒めてる。珍しい」

「そんなことはないと思うが……?」


千鶴は顔を少し赤らめ、凪に抱きつく力を強める。凪はそんな千鶴が愛おしくなり、頭を思わず撫でてしまった。千鶴の髪が乱れた。


「あ、ごめん」

「いいよ。誰かに褒められるって、嬉しい!自分の努力が無駄じゃなかったって認められた気がするの」

「そんなものなのか?俺は結果が出れば充分だが。他人に認められても特に何も思わない」


凪もどちらかといえば雄太郎と同意見だ。

褒められることは嬉しいが、他人からの承認を目的として努力しているわけではない。


「……僕は千鶴さんと一緒かな。誰かに認めてもらいたくて、必要とされたくて仕方ない。今回の球技大会もやっぱり、存在意義が欲しくて頑張ったから」

「だよね。味方がいて良かった」


千鶴と昴大が互いに顔を見合わせて微笑んでいる。凪はそれが面白くなくて、千鶴の腕に力を入れる。


「……凪、痛い」

「いくら相手が昴大とはいえ、千鶴を渡すわけにはいかないな」

「僕はそんなつもりじゃなかったんだけど……ごめん」


昴大がシュンとなって真剣に謝ってきた。これはこれで昴大に申し訳ない。


「昴大、別に謝らなくていいぞ。凪ちゃんは俺たちで遊んでるだけだから」

「遊んでないよからかってるだけ」

「それを遊んでるって言うんだよ」


雄太郎の軽快なツッコミに気分が良くなった凪は、三人に提案することにした。


「今からさ、打ち上げ行かない?」


顔をしかめて不満を漏らしたのは雄太郎だった。


「なんでだよ。一応俺も二試合出て疲れてはいるんだぞ」


雄太郎の言葉にフォローを入れたのは昴大。


「雄太郎だけ家遠いもんね」

「私の家に泊まっていけばいいのに」

「嫌だ帰る」


別に雄太郎に無理強いする必要性を感じていなかった凪はずっと黙っている千鶴を見た。

彼女はスマホで地図アプリを開き、近くの飲食店を検索しているようだった。


「焼肉とかどう?」

「いいね、焼肉!」


昴大と千鶴は既に盛り上がっているようだ。


「だってさユウくん。私たち三人は行くけど、どうするの?」

「……分かった、行くよ」

 


四人で駅前の焼肉屋に行くと、比較的空いていた。


「……チッ、満席なら帰ろうと思ってたのに」


舌打ちして雄太郎がつぶやくので、昴大は尋ねてみた。


「焼き肉苦手なの?」

「いや肉はどちらかといえば好きな方だ。ただ俺は、外食が嫌いなんだ」


昴大は外食をあまりしないので寧ろ楽しみなくらいだが、雄太郎はそうではないらしい。


「4人で」

「ではお席ご案内しますね」


千鶴が店員とやり取りをして、メニューも手渡された。凪はメニューを開くと雄太郎と昴大に尋ねた。


「どうする?」

「俺、タン食べたい」

「僕もそれで。あとご飯もほしい」


千鶴も4人分の水を入れながら頷く。慣れているな、と思った。


「じゃあ最初にタン頼む?あ、ご飯もか。昴大って結構食べるね」

「お腹すいてて……」


昴大の腹の虫は先程からずっと主張を続けている。千鶴は水を入れ終わると3人の前に置いた。


「はい、お水。ティッシュもいる?」

「まだいらない」

「分かった」


凪は手早くタブレットで注文を済ませると、スマホを取り出し何かし始めた。


「……なんだよ」


雄太郎のスマホが振動し、すかさず彼は確認した。


「なんの嫌がらせだ凪ちゃん」

「はて何の事やら?」


スマホを見た雄太郎が苦い表情を浮かべる。どうやら、雄太郎の試合を撮った動画らしい。


「俺の醜態をカメラに収めて、一体何が面白いんだ」

「嫌なら見なきゃ良いのに。私は撮ってユウくんに送信しただけ」

「だけ……」


千鶴が苦笑いで繰り返す。昴大は凪が動画を撮影していたことを知っているが、千鶴は違う。流石に少し引いているのだろうか。


「しかもこれ、誰かの声が入ってるぞ。凪ちゃんだけじゃないな」


スマホのスピーカー部分に耳を当て、雄太郎は顔をしかめた。


「昴大もいたなら止めてくれよ!」

「……僕も見たかったし。雄太郎の活躍」


正直に本音を伝えると、雄太郎はたちまち頭を抱えて唸りだした。


「俺が何をしたっていうんだ……」

「活躍はしてたよ」


うんうん、と千鶴も頷く。肉がやってきた。




千鶴はトングで肉を一枚ずつ丁寧に網の上へ並べていく。


「よっ、焼き肉奉行」

「茶化さないで!」


凪とはこの店に何度も来たことがある。いつも、凪に任せると大概ロクなことにならないので千鶴が焼いている。

ついその癖が出てしまったのだ。


「昴大、雄太郎、勝手に焼いて大丈夫だった?」


凪と二人で来た気分で仕切ってしまっているが、こういうのはこだわりが強い人間も珍しくない。


今更ながら昴大と雄太郎に尋ねると、二人は笑顔で答えた。


「うん。むしろありがとう、助かるよ」

「千鶴に任せたらまず焦げることはないだろ。凪ちゃんじゃあるまいし」


雄太郎の中での凪のイメージはかなり酷い。確かに凪はすぐに悪ふざけをしたがる性格で雄太郎には特段その性格を発揮しているが、凪にも良心というものは存在している。


「私は食べ物を粗末になんてしません。まあ冗談で、ユウくんの肉だけ焦がすぞって脅すかもだけど」

「うん、凪は大丈夫。食には貪欲だから」


昴大が頷く。肉が焼けてきたので、それぞれの小皿にバランスよく分配していく。


「千鶴、悪いな。今日も昼、助けてもらったし。俺あの時は本当に死を覚悟したからな」

「え?」


間抜けた声を出してから、千鶴は何の話なのかを理解した。あのあと千鶴はかなり忙しかったため頭から抜け落ちていたが、そうだ、そんな事もあったのだ。


「僕もそれ、言おうと思ってた。ありがとう」


そして誤解をされていたのだった。解くなら今しかない。千鶴は今日の残りの勇気全てを振り絞った。


「あのさ、そのことなんだけど……」


三人の視線が千鶴に集まる。緊張はしない。事実を説明するだけなのだから。


「実は……」


千鶴は自らが感じたこと全てを丁寧に、一つずつ順序を追って彼らに説明した。


昼休み、体育館の方から強力な悪霊の気配を感じたこと。

その場にいた凪に事を頼み、自分はできるだけ早く用事を済ませ向かったこと。

千鶴が到着した時、気配は既に本来千鶴が手に負える領分ではなかったこと。

それでも何とかしたいと思い、必死に霊力を練ったこと。

霊力を練っている途中に何かの干渉を受け千鶴の霊力は霧散し、結界と嫌な気配が晴れたこと。


「なるほど……道理で」


凪が何か、得心がいったようにしきりに頷いた。


「気づいてたの?」

「千鶴、人助けをした割に嬉しそうにしてなかったから」

「言われてみれば確かにそうだな……釈然としないような表情を浮かべていた」


昴大も頷く。 


「でも、千鶴さんじゃないなら一体誰が……?」

「それはそうなんだよね〜千鶴の見立て通りなら、かなり強力だったはずなんだけど」


問題はそこである。肝心の、”誰が悪霊と結界を消したか”が判明していないのだ。


「今は良くないか、そこは別に」


雄太郎が話を切り上げたそうに言った。


「今日はもう疲れた」


雄太郎は熱々の肉を頬張った。


「うん、うまい」

「らしくないねユウくん。問題を放棄するなんて」


凪はそう言うと、グラスの水を一気飲みした。


「違う。ここで今、四人で話し合っても仕方ないって言ってるんだ。千鶴の両親に相談した方がいい」


雄太郎の言う通りだ、これは手に負える問題ではない。


「分かった。言ってみるよ」

「ということはこの話はお開き?」

「うん。食べよ食べよ!」


千鶴もようやく、焼いた肉に手をつけた。

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