20 邂逅

昼食を取り、体育館に早く戻った雄太郎は、トイレに行った。


「あ、雄太郎」


用を足して入れ替わりに入ってきたのは昴大だった。ふと先程の凪との会話を思い出した。


「俺、待っとく」


話したいこともあったので、雄太郎は洗面台の側に立った。鏡の上部が少し曇っているが、自分の姿を見るのに支障はない。

自分に愛想がないのは分かっていたが、今日の雄太郎の表情は一段と険しいように見えた。


「……!?」


雄太郎の脛をスーッと伝う悪寒。

足元を見ると、形を成さない悪霊が数多く這い寄っているのが分かった。

その多くは昴大に引き寄せられている。ベタベタと昴大の下半身に纏わりついて離れない。


「……なあ、昴大」

「どうしたの、雄太郎」

「お前千鶴の神社のお守りって、今持ってる?」


昴大は質問の意図が分からず首を傾げるが、重要なことだ。


「あ、今は持ってない」

「持っとけよ……」


思わずそう呟いてしまったが、今雄太郎がやらなければならないことはただ一つ、変わらない。


一刻も早く、昴大に現状を知られずにここを出ること。

昴大が用を足し終わり、洗面台で手を洗う。

雄太郎はトイレから出ようとした。出ようとしたはずだ。


「……は?」


思わず間抜けな声が漏れる。なんだ、この違和感は。


「雄太郎?」


ハンカチで手を拭きながら、昴大が案ずるように尋ねた。


「……出られない」

「え?」


昴大が耳を疑う、といった具合に聞き返す。雄太郎も同じ気持ちだ。


「ここから、出られないんだ」




昴大には、雄太郎の言っている意味が理解できなかった。


「で、出られないって」


昴大は雄太郎よりも先に出てみる。しかし、そこからは前に進めない。

壁があるとか、何者かに妨害されているとか、そういった感覚ではない。足が出ようとしないのだ。


「本当だ……」

「だろう?」

「でも、それって、僕たちだけみたい……」


昴大がトイレにやってきてから、現在まで数人がここを出入りしている。今もまさに、一人がトイレを出ようとしている。


「なあ久賀、普通にトイレ出れるよな?」


雄太郎がその男子生徒に声をかける。どうやら知り合いらしい。


「出れるけど。どうしたんだ、暁」

「……実は、  」


雄太郎の口はそこで動かなくなる。否、声が出せないのだ。


「なんだ?」

「いや、なんでもない。ごめんな、変なこと言って」


その彼は普通にトイレから出ていく。

ここから出られないのは本当に昴大と雄太郎だけらしい。

昴大の足元を雄太郎が見る。

彼は静かにため息をついた。どこか苛ついているようにも見える。




一方その頃、千鶴はクラスメート達を教室に集め、円陣を組ませた。


「決勝戦頑張って!」


クラスメートたちは頷く。


「A組、ファイッ、オー!」


それに続いてクラスメートたちも声を上げる。


「バスケの人たち、頑張ってね!」


彼らが解散すると、瞬間寒気がした。

体育館の方角だった。


「……なに?」


教室の外を覗くと、凪を見かけた。飄々と一人で廊下を歩いている。


「凪!」


後ろから声をかけて引き止めると、凪は陽気な表情で振り返った。


「やあ千鶴。おつかれさま」

「さっき、妙な気配がしたんだけど……体育館の方から」


凪は少し考えてから言った。


「さっき、ユウくんが向かうの見たよ。昴大もいないから、そっちにいるかも」


何だか嫌な予感がした。もちろん気のせいならそれに越したことはないのだが、やはり気がかりだ。


「凪、見に行ってくれる?ウチ、これ終わったら行く」


千鶴の目の前にあるのは大量の応援グッズ。これらをクラスメートに渡すという任務が千鶴にはあった。

昴大も雄太郎も心配だが、A組の学級委員として自分の目の前にあるこの仕事を投げ出すわけにはいかない。


「了解。絶対に来て」


凪は走って、体育館に向かっていった。




凪は体育館に向かう途中、階段の前で早乙女に会った。


「海月さん、廊下走ったら危ないよ」

「いやごめん急いでて」


凪がそう言って早歩きで去ろうとすると、早乙女は声の大きさを上げて言った。


「怒られるからさ。そんなに急いでどこに?」


早乙女に事情を馬鹿正直に話すわけにはいかない。早乙女に様子を見てきてもらうことも考えたが、巻き込まれる可能性の方が高そうなのでやめた。


「体育館!それじゃ!」


凪は足早に階段を駆け下りる。


「待って、海月さ……わっ!」


振り返ると早乙女は、階段を転げ落ちていた。


「早乙女くん!」


凪は早乙女の手をつかもうとするが、すり抜けてしまう。


「いたた……」

「大丈夫?」


下までずり落ちた早乙女の手を取る。


「あ゛」

「ど、どうした?」


早乙女の顔色がどんどん悪くなる。


「足を、くじいてしまって」


右足をさすり、早乙女は凪を見上げた。


「医務室に行こう。立てる?」


千鶴の言っていたことも当然覚えているし、昴大と雄太郎のことも心配だ。しかし早乙女が怪我をしているのに見捨てることもできない。


「はい……お願いします」


凪は早乙女を肩で支え、医務室まで歩く。


「先生!」


早乙女を医務室のソファに下ろすと、凪は走ってまた目的地へ向かった。


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