19 球技大会(4)
凪は戻ってきたクラスメートたちを出迎えるため、応援席で大人しく待っていた。
「ただいまー」
初菜が疲労困憊な様子で帰ってきた。
「あ、一番最初に当たった人」
「うるさい」
「大原さんも頑張ったよ」
初菜の後ろから現れたのは早乙女と昴大。
「ただいま、凪」
昴大は達成感に満ちた表情で笑っていた。
「おー、功労者」
「本当にそうだよ。何?あの動き」
早乙女が少し恨めしそうに言うが、昴大はなんのことだかイマイチわかっていないようだ。
「最後の方にジブンが投げたボールを取ったとき。あれ、普通できないって」
「凪のマネのこと?」
「あれ、私のマネだったのか」
凪もよくあの動きはするが、技術を盗まれていたとは思わなかった。
「鍛えられたからね……凪、どうだった?」
「どうって?」
「僕、凪の特訓に応えられたかな」
照れくさそうに昴大は言う。
基本見返りや称賛を求めない昴大からの、珍しい言葉の要求。
守りたい、という欲が強い凪の心をたちまち刺激したのは言うまでも無かった。
「うん、偉いよ、昴大!よくやった!」
はにかむように笑った昴大の表情は、凪にとって最高の報酬だった。
「……凪、その右手」
突き指をした凪の右手を見て、一瞬で昴大の眉が下がる。
「あー……やっちゃった」
ちゃらけたように言ってみても、昴大の表情が明るくなる訳がない。
「大したことはないんだ、本当に。心配しないで」
「試合はどうするの?」
「出るって言ったけど止められた」
そっか、と小さな声で言う昴大。
「お大事にね」
悲しそうな表情をする昴大を見て、怪我なんてするんじゃ無かったと凪は初めて後悔した。
2回戦に不本意ながら出ることになった雄太郎。相手はA組だ。
「頑張れー!」
クラスメートの応援の声が飛び交うが、自分のこととは思えない。それよりもA組への応援の熱気が強すぎる。
「流石千鶴だな……俺もA組が良かった」
ぼやいてコートの中へ入る。
「雄太郎頑張れ!」
名前を呼ばれた方を見ると、昴大が立っていた。
「おう!」
声が届いているかはわからないので、全力で手を振った。
「雄太郎、気付いてくれた!」
昴大は笑顔の雄太郎を見て安堵した。
「だから言ったでしょ、ユウくんは喜ぶって」
物陰から出てきたのは、得意げに笑う凪。
「健気なのに弱いんだよ、あの人」
「僕は健気なの……?」
疑問に思わずにいられなかった昴大は凪を見た。
「健気、健気。羨ましいくらいだよ。さ、戻ろう」
凪と共に応援席へ戻った。
試合終了の笛が鳴る。
「……負けた」
雄太郎はスコアボードを見て、落胆した。
自分が考えていたよりも心にダメージが入っている。
「こんなに悔しいなんて……」
雄太郎は全力で頑張ったつもりだった。それ以上に相手が強かったのだと、分かっていても込み上げる悔しさは消えない。
「暁!」
雄太郎の背中をポン、と叩いたのはこの球技大会でようやく話すようになったクラスメート。
「すごかったな、お前」
「……何がだよ。久賀のほうがすごいだろ。最後、流れをこっちに戻したのも久賀じゃないか」
久賀はまあな、と雄太郎の言葉を一度肯定してから言った。
「暁、放課後めちゃくちゃ練習してただろ。押し付けられた形でバスケになったのに、あんなに頑張ってさ。スリーポイントシュートも決めたし」
「見てたのか」
少し雄太郎は照れくさくなった。そんな雄太郎を見て、久賀は言った。
「ああ。お前、いい奴だな。ドッジボールの方、応援しようぜ」
「……そうだな、戻ろう」
雄太郎は久賀と並んで、自分のクラスへ戻った。
千鶴は、勝利を掴んだクラスメートを祝っていると、雄太郎が歩いているのが見えた。
目が合う。千鶴のクラスが勝った相手はK組、つまり雄太郎のチームだ。
気まずくなってその場を立ち去ろうとしたが、先に雄太郎が駆け寄ってきた。
「千鶴」
「雄太郎、お疲れ様」
「球技大会も、結構悪くないな」
雄太郎は嬉しそうに笑っている。千鶴にはその反応が意外でならなかった。
「……なんだその顔。俺だって、感情くらいある」
「そうじゃなくて」
「負けて得られるものもあるんだな」
よく見ると、雄太郎の目には少し涙が浮かんでいた。しかし、満足なのは本当らしい。
「じゃあ俺、呼ばれてるから行くわ」
そう言って雄太郎は走り去っていった。
昼休憩。凪は申し訳無さそうに俯く初菜、早乙女、昴大と話しながら教室に戻っていた。
E組のドッジボールチームは2回戦で惨敗したのだ。
「本当にごめん……」
「ジブンなんか何もしてないよ。風見くんが謝ることじゃない」
「K組強すぎない?」
あまりに3人が落ち込むので、凪はからかう気にもなれなかった。
「やっぱり昴大、さっきのがあったから最初に狙われてたね。まさか萩くんを無視するとは思わなかったけど」
「それに巻き込まれた早乙女くんや大原さんが当たってしまって……面目ない」
更に落ち込む昴大。
「風見くんは多分相手チームも最初はノーマークだったから……1試合目見てかなり焦ったんだろう」
「教えた人が良かっただけなのに。僕は全然」
早乙女と初菜は凪を見る。二人は、凪が昴大に特訓をつけたことは知らないはずだ。
「ジブンも海月さんに教えを請えば良かったのか……?」
「なんで私だって分かったの?」
凪が尋ねると、なぜか初菜が呆れながら言う。
「風見くんが頼れる相手なんて凪くらいじゃん……」
「それは昴大に失礼」
「事実だから良いよ」
どことなく虚しさを感じさせる声で昴大は言った。
「まあバレーとバスケは決勝戦行ったから、応援しよう」
「頼むよ」
後ろから茨木がやってきて言った。
「茨木くんお疲れ様!」
「風見こそよく頑張ったな。かっこよかったよ」
「そんな……」
照れくさそうに昴大が笑う。
安心した凪は、彼らより先に教室に戻った。
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