Case5 怯える少年
18 球技大会(3)
昴大は、ドッジボールの試合に出るために集合場所へ向かっていた。
正直、茨木や凪の試合を見た後なのであまり自信はない。
「C組って女子の方が多かったよね」
チームメイトの初菜が言った。
「確かそうだった気がする。でもジブンのことは女子同然の戦力と思ってくれれば」
早乙女も昴大と同じ気持ちのようだ。
「頼りなすぎ……」
「僕のこともあんまり当てにしないほうが良いよ」
「しっかりしてよ」
初菜に言われ、昴大は空笑いで誤魔化した。
「全力で、頑張ろう」
凪は雄太郎とE組に戻るときに、思い出したように言った。
「そういやユウくん、柏木第九中学校って分かる?」
「……凪ちゃん、柏九のやつに喧嘩でも売ったのか?」
「なんでそうなる」
雄太郎の自分に対する印象を疑う凪。
「いやあそこ、ヤンキーの巣窟だから」
「へー、そうなの?」
「そうなんだよ。柏木って俺の通ってた中学と割と近いんだけど、ヤバいから行くなって言われてたんだ。特に柏木第九って言えば柏木のヤンキー束ねてるやつがいた中学なんだと」
昴大の話からはそんな様子は伺えなかったので、流石に凪も驚いた。
「昴大ならカツアゲされてそう……」
「明らかにする側ではないな」
「物乞いみたいになるよね」
自分で言ったものの、たどたどしく金品を差し出すよう、迫る昴大を想像し思わず吹き出した。
「俺、昴大のこと全然知らないな……。同じ部活だし結構喋ってたつもりなんだが」
「ユウくん、昴大とキーホルダーお揃いにしてるよね。昴大は筆箱につけてるけど、ユウくんはカバンに堂々とつけてる」
随分前から気付いてはいたが、面白そうだったので敢えて指摘しないでおいたのだ。
「今言うかそれ!?いくらでもタイミング有ったろう!」
「昴大がいる時にからかったら可哀想だから」
「俺は可哀想じゃないのか?」
雄太郎の怒り顔を楽しんでいると、E組の応援席に着いた。
「俺仕事戻るから。お大事に」
「頑張ってねーユウくん」
手を振り雄太郎を見送ると、第五試合目はもう終わるところだった。
コートの中に入った昴大は、緊張で自分でも分かるくらい足が震えていた。
「風見くん顔色悪いよ?真っ青」
「ううん、大丈夫だから気にしないで……」
体操服のポケットに入れた千鶴の神社の御守りを握りしめるが、症状は全く改善されない。
つまり悪霊のせいではないということだ。
C組は女子が多いと聞いていた。しかし数少ない男子のほうが問題だった。
「ね、ねえ風見くん。なんか向こうの男子……ゴツくない?」
早乙女が指差す、C組の男子四人は見るからに運動部。しかも野球部らしき容貌だ。
「うん……」
「萩くんより明らかにデカいよな……」
こちらのチームの主力である萩麟之介は身長179cmの巨漢で陸上部。
一方相手チームであるC組には恐らく180cmを有に超える男子が3人いる。
「うわ、こっち見た」
早乙女はすかさず昴大の後ろに隠れ盾にした。
「さ、早乙女くん」
「怖い……風見くんならあれ何とかできるでしょ」
「なっ、なんで!?」
昴大の肩を掴む早乙女の手は震えていた。
「僕も怖いよ……でも今から戦わないといけないんだ」
ジャンプボールのために萩が前に出る。
「守ってね」
「……頑張るよ」
ジャンプボールは萩が取った。そのボールをすぐに初菜が拾う。
「えい」
外野に放り投げると、チームメイトの末広はきちんと受け止める。
「ナイス!」
比較的試合はE組が優位に進めていた。
C組5人対E組6人。
「風見くん!」
「えっ、あ」
外野に行った初菜からのパスボール。なんとか受け止めた。
「僕がみんなを守らないと……」
出場種目が決まった後のことだった。昴大は凪に相談を持ちかけていた。
「僕、ボール投げるのも避けるのも苦手で……バスケならまだできるけど」
「球技大会、絶望的だね」
「うん……」
凪は少し考えてから、言った。
「私が教えてあげる。勝ってほしいから」
凪と昴大は暇があれば校舎裏でドッジボールの練習をした。
「えい」
投げたボールは凪に軽くかわされ、ワンバウンドで取られた。
「いたっ」
気がつくとボールは、昴大の脇腹をかすめていた。
「……もう少し頑張りましょう」
「やっぱり今のままじゃ勝てない?」
「開始5分以内で当てられる未来しか見えない。なんで相手が取りやすいボール投げるかな?」
凪からの手厳しい言葉だった。
「おっしゃる通りです……」
凪は落ちたボールを拾い、昴大を見た。
「まあ、全く駄目って訳じゃ無さそうだから、特訓あるのみってところだよね」
凪はボールを昴大の方に真っ直ぐ投げた。両手でそれを受け止めることができた。
「頑張るよ。凪が、わざわざ僕に時間を使って良かったと思えるように」
昴大は凪の恩に報いなければならない。それを強く感じていたからこそ、武者震いがするのだ。
意を決してボールを投げた。一人の男子の足に直撃した。
「やった!」
このまま同数なら出場者の数が少ないE組の勝ちだ。しかし残ったのは野球部(萩からの情報で確定した)2人。
今昴大が怯えている相手は野球部2人ではない。自分が当てられた先に見える、E組の敗北だ。
「辻谷、パス!」
現在主導権はC組が握っている。外野と内野のボール回しに、萩と昴大は振り回されるしかなかった。
「風見くん!」
「僕は大丈夫!」
萩がボールをなんとか遮った。
「いけ!」
投げるも、やはりかわされてしまう。
「じ、ジブンが投げないと駄目!?」
ボールを取ったのは早乙女だった。
「そういうルールなんだよ!」
昴大が叫ぶと、ヤケになって早乙女はボールを高く、内野に投げた。
「どっちかが取ってよ!」
昴大の上にボールが降ってくる。
「分かった!」
気がつけば身体が動いていた。
ボールをジャンピングキャッチすると、地面に着地する前に軽く放り投げた。
笛の音が鳴る。
「ナイス、風見くん!」
昴大には何が起きたか一瞬理解できなかった。
しかし周りの様子を見るに、昴大の機転は上手くいったのだ。
残った相手が投げたボールを萩が受け止め、近接で投げる。
試合は終了したのだ。
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