17 球技大会(2)
大貢献で勝利を掴んだ雄太郎は。まっすぐ自クラスの応援席に向かった。
「おめでとうユウくん」
「雄太郎、かっこよかったよ」
立っていたのは凪と昴大だった。
「二人とも試合はまだだろ。あれか、俺を笑いに来たのか?」
「なんでそうなるの。考えがすっかりひねているじゃないか」
「僕はただ雄太郎におめでとうって言いたかったんだ。あそこで決めるなんて尊敬するよ」
昴大のまっすぐな瞳に、雄太郎は黙るしかなかった。
「……ありがとう、昴大」
「私の言葉は無視か」
雄太郎は凪だけをスルーする。
「でもほんと、決まってよかったね。次も試合、出られるよ」
「それのどこがいいんだ……」
首を傾げる二人を体育館の隅に呼び、小声で雄太郎は言った。
「次も試合に出なきゃいけなくなったんだぞ」
「そっか……雄太郎は元々、球技大会に出たくないって言ってたね」
同情の色を見せる昴大とは反対に、凪は言った。
「じゃあ勝たないようにすれば良かったのに。ユウくん、全力でやったんでしょ。勝つのは当たり前じゃない?何せユウくんなんだから」
「凪ちゃんは俺をなんだと思ってるんだ。そんな事できるか」
「なんで?」
凪はわざとらしく尋ねる。理由なんて聞かなくても、余程他人の痛みが分からない人間以外は理解できるはずだ。しかし凪はそこまで鈍い人間ではない。
つまり凪は言わせたいのだ。雄太郎の口からその理由を。
「俺は、みんなが頑張っているのを見てきた。放課後に残って練習したり、休み時間を使って作戦を練ったり、他クラスから情報収集していた努力を目の前で見せられたんだ」
雄太郎の脳裏に浮かぶ、数々の記憶。勝利に向けて努力するクラスメート。
最初は馬鹿らしいと思っていたが、次第に自分も頑張らなければと思うようになった。
「それで手を抜くとか鬼か凪ちゃんは。第一、勝負事を全力でやらないなんてダサいって言ったのは凪ちゃんじゃないか」
「そんなこと言ったっけ?」
「昔言ってた」
凪は覚えていないだろうが、雄太郎はその時のことを鮮明に覚えている。
「覚えてないけど、確かに私が言いそうなことだ。それを忠実に守る辺りはユウくんらしいというか、なんというか。これだからユウくんをからかうのはやめられないや」
「おい」
聞き捨てならない言葉だが、先に尋ねることがある。
「凪ちゃん、試合行かなくて良いのか?」
「そうだそうだ、忘れてた。いってきまーす」
手を振り、凪は走り去っていく。
「行ってらっしゃい、凪」
昴大は手を振り返していた。
「じゃあ僕、自分のクラスに戻るよ。ゆっくり休んでね、雄太郎」
「おう、昴大も試合頑張れ」
昴大は歩いてE組の応援席へ行った。
凪が集合場所に到着すると、既にチームメイトは集まっていた。
「凪遅いよ」
不満気に言ったのは虹夏だった。
「ごめん、みんな。で、どうするって?」
「凪は最初待機。ローテーションの一番最後」
「えー……」
活躍したい凪としては異論のある作戦だ。しかし、チームメイトの男子は言った。
「海月さん作戦会議のときにいなかったから、勘弁して。後半は頼むよ」
「まあ仕方ないか……」
「ということでヨロシク」
必要事項だけを伝えられ、凪は現行の試合を見た。
丁度A組にサーブ権が移り、千鶴がボールを受け取るところだった。
「あ、千鶴だ」
「千鶴、ブチ込めー!」
千鶴のサーブは勢いもなく、呆気なく相手に取られる。
「あー」
相手にアタックを決められ、笛が鳴る。
A組の生徒たちは落胆する。それでチェックメイトだったようだ。
「みんなごめんね……」
千鶴は申し訳なさそうにチームメイトたちに謝っている。
表情には悔しさが滲み出ていた。
彼ら彼女らは誰一人として千鶴を責めることなく、並んでコートを出た。
「バスケの方は勝ってるし、また応援団やろうよ」
「そうそう。団長だけの責任じゃないしさ」
そんな声が聞こえ、千鶴がクラス内で沢山の仕事を請け負っていることを知っている凪は安心した。
それを見た虹夏が羨ましそうに言った。
「A組温かいな……」
「The友情って感じでいいね。さて、私たちもやりますか」
肩を回し、E組のバレーメンバーはコートに入る。
昴大は千鶴と雄太郎と共に、試合を見ていた。
「まさか凪ちゃんが待機スタートとはな」
「どうしたんだろう……」
「あ、凪だ!」
千鶴が指す先にいる凪は立ち上がり、コートへ入る。そしてボールを受け取るとまたコートの外へ出た。
「外から!?」
「凪ー!入れろ!!」
ボールを高く上げ、左手で力強く打つ。
「流石凪!」
ネットを越えてすぐに落ちる。
「いいところに入った!」
相手はすぐにボールを取りに行くが、明後日の方向へと飛ばしてしまった。
「よし!」
次も凪のサーブだ。今度は右で打つ。
次はコートギリギリの場所に入る。
「また入った……」
相手は間に合わず、そのまま点が入る。
「ほんとにバケモンだよあれ……」
そこからはあっけなくマッチポイントになった。
「これもう勝ったね」
虹夏のサーブは力強く、相手のいないところへ飛んでいった。
「勝った!」
昴大は思わず立ち上がって言った。
凪たちも歓声を上げて、ハイタッチで喜びを共有し合った。
「良かった……」
安心して座り込むと、浮かない表情の雄太郎は言った。
「俺、保健委員行ってくる」
立ち上がり、昴大を見た。
「ああ、行ってらっしゃい」
凪は共に勝利を掴んだチームメイトと分かれ、自分の右手を見た。
「凪ちゃん、行こう」
顔を上げると、目の前に立っていたのは雄太郎だった。
「ユウくん何?おトイレついてきてほしいの?」
「いつの話だ!」
少し茶化したつもりが真剣に怒られてしまい、凪は笑った。
「じゃあ何さ」
「俺、今から保健委員の仕事があるから、一緒に来たらいい」
雄太郎は躊躇無く凪の右手を掴む。
「痛っ」
凪は先程のサーブで右手の中指を突いたのだ。上手く隠していたつもりなのだが、やはり幼馴染の雄太郎には気づかれていたらしい。
「ジャンプサーブで突き指とか聞いたことないぞ……さては凪ちゃん、色んな人に応援されて調子に乗ったな?」
図星をつかれ、なんとなくバツが悪くなった。
「ユウくんにはやっぱりバレたか。ちぇ」
「凪ちゃん、昔から分かりやすいからな」
「そんな事言うのはユウくんぐらいだよ」
バレてしまったのは仕方がないので、雄太郎の言葉には大人しく従うことにした。
雄太郎は怪我をした凪を連れ、救護場所へ連れて行った。
「怪我人です」
教師に手当をされる凪。少し不機嫌そうではあるが、大人しくしている。
「凪ちゃんも成長したな……」
呟いた雄太郎の言葉は、氷を持たされ呻く凪には聞こえていないようだった。
雄太郎の知る海月凪は、怪我の多い子供であった。
彼女の運動神経なら普通は滅多に怪我をしないものだが、生憎、性格上すぐにふざけるので雄太郎よりも身体に傷を作ることが多かった。
その負傷原因から、雄太郎や周りの人間が心配し手当てをしようとしても怪我を認めず暴れることもあった。
「はい、終わり」
手当てが終わったようで、凪は立ち上がる。
凪の手当ての記録を書いた雄太郎は、教師にそれを手渡す。
「海月さん、種目何出るの?」
「バレーですけど。それで怪我して」
雄太郎には教師の言いたいことがすぐに分かった。この球技大会では、怪我をした生徒はその後の試合には出られない。チームの人数が足りなければ、代理を立てる必要がある。
「何人のチーム?」
「私含めて11人です」
「じゃあ、代理はいらないか。でもちゃんとクラスメートには伝えておいてね」
教師は手当の記録に判を押し、凪に手渡した。
「出られないんですか?なんで?」
「まあ、一応。手を怪我してるし」
「左手使えますけど?」
「だめ。安静にね」
凪はキレ気味に言うが、この教師の言うことの方が正しい。
「諦めろ凪ちゃん」
「私がいなかったらE組負けるのになー!」
「それは知らないよ。大体、凪ちゃんが調子に乗るから悪い。あとE組はさっきの試合見てて思ったけど多分大丈夫だ。さ、戻ろう」
雄太郎は往生際が悪い凪を無理やりE組の応援席に引き連れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます