16 球技大会(1)
開会式を終えて最初の試合が始まる。
昴大は凪と共に応援席で他クラスの試合を見ていた。
「応援の熱気が凄い……」
どのクラスも声を張り上げて、クラスメート達を応援している。
「気合い入ってるよね。E組も何かやろうかな」
「……今から?」
E組の試合は3試合目からとはいえ、今から応援の準備をするのは大変だろう。しかし凪の行動力ならやりかねない。
「ナイスA組!!」
横から聞こえたのは千鶴含む女子の歓声。
「千鶴さん?」
「おー、やってるな」
千鶴はハチマキと学ランを身に着け、メガホンを持って女子数人を率いていた。
「その調子だ!」
「次あるよ!」
点が決まるたびに彼女らは声をかけ、応援する。
「千鶴さん、いつから準備してたんだ……?」
「一週間前には既にそれっぽい動きを見せてたね。あれはかなり準備してるよ」
確かに凪の言う通り、一日二日で準備できるものじゃない。小道具やメンバー集め、統制の取れた動き。千鶴は恐らく、前々からこれをやるつもりであったのだろう。
「うーん、今からやっても敵う気がしない」
「だね……」
昴大も凪と同意見であった。
「昴大、倍の声出る?」
真顔で言われ、返事に迷った。常識で考えて昴大の体からそんな声が出るわけがない。
「いや……頑張るよ」
「冗談だって」
昴大たちの後ろでおもむろに茨木はストレッチを始めた。流石運動部だ、と昴大は思う。
「海月さんは準備運動しない感じ?」
「いや、試合行く前にするよ」
ストレッチを終えた茨木は、水分補給をして靴紐を結ぶ。
第二試合が間もなく始まる。
「行ってくる」
「いってらっしゃーい」
「頑張ってね!」
親指を立ててニッと笑い試合に向かう茨木を見送ると、昴大はコートにいる雄太郎を見た。
「雄太郎!」
大声で呼ぶと雄太郎は小さく手を振り返す。
そこに千鶴もやってきた。
「雄太郎、さっき言ったこと覚えてる?」
雄太郎は頷く。千鶴と雄太郎は、試合前に何か話したようだ。
「肩の力抜くんだよ!」
「ユウくんだ。頑張れー」
飄々と言う凪の声を無視した雄太郎。
笛が鳴り、第二試合が始まった。
凪はスマホを構え、雄太郎を撮影する。画面にはRECと赤い文字が光っている。
「……凪」
呆れ声で昴大が凪を呼ぶ。2ヶ月の付き合いで昴大も、凪が何をしようとしているのかは分かっているのだろう。
「しーっ」
スマホを持っていない左手の人差し指を立てて、昴大に呼びかけた。
後ろから二人の足音がする。
「海月さん、何撮ってるんですか?」
「んー、友達」
早乙女は昴大の横に立ち、K組の試合観戦を始める。一緒にいたのは初菜で、そちらは凪の画面を覗き込んだ。
「あれ、暁くんだ」
早乙女は言った。
「雄太郎のこと知ってるの?」
「ジブンも彼も保健委員だから。ものすごい嫌そうな顔で委員会に来てて、気が合いそうだと思って声をかけたんだ。同じ運動嫌いで、今日も朝少し喋ったよ」
凪が知らなかった、意外な二人の接点だ。二人とも保健委員であることは知っていたが、まさか早乙女が雄太郎に声をかけるとは凪も予想していなかった。
雄太郎は第一印象で、比較的とっつきにくいと思われがちだ。そんな雄太郎に話しかけるのだから、早乙女は凪が思う以上に社交的な人物なのかもしれない。
「どれ?」
「これ」
凪は雄太郎を探している初菜を呼んだ。
「ほんとだ、この男子見たことある。保健委員だったんだ」
「風見くんこそ、彼と知り合いなんて思わなかった。その様子だと、海月さんとも仲が良いみたいだし」
「雄太郎……暁くんは僕と同じ情報処理部で、凪とは幼馴染なんだ」
早乙女が意外そうに凪を見る。
「というかここに声入ってるけどいいの?」
初菜からの当然の指摘だった。
「良いよ。全員ユウくんのこと知ってるみたいだし」
「ユウくん……ほんとに仲良しですね。羨ましい」
四人揃って雄太郎を見る。
「大丈夫かなあ……」
凪がボソリと呟くと、昴大がフォローするように言った。
「こんなこと言っちゃ相手に悪いけど、女子もいるしなんとかなるかもしれないよ」
「確かに。バスケで女子がいるなんてラッキー以外の何物でもない」
早乙女も同意するが、凪の見解は違う。
「いやユウくんはヘタレだからなあ……女子からボールを取るなんてできないよ」
少なくとも雄太郎と付き合いの長い凪としてはそう考えざるを得ない。雄太郎も年齢を重ね成長しているだろうが、人間の本質はそうそう変わらないというのが凪の考えだ。
そう話している矢先、雄太郎の近くにいた、いかにも大人しそうな女子にボールがパスされた。彼女はボールを掴むと、オドオドと周りを見回している。
「うわあユウくんナメられてる!やっちゃえ!」
「行け暁くん!」
一瞬、雄太郎の動きが止まる。
これは凪の思った通りになる。誰もがそう思った時だった。
「取った!」
雄太郎は女子からボールを軽く奪い、そのまま仲間にパスした。
凪にとっては意外だったが、同時に嬉しい気持ちもあった。自分の幼なじみが本当に成長したのだと強く感じた。自分の後ろで震えていたころの雄太郎とは、違うのだと。
「……ユウくん、最高だよ」
雄太郎はそれまでずっと、ボールを目で追うのに精一杯だった。
そんな時、雄太郎のすぐそこにいる女子がボールをキャッチした。もちろん面識はない。
刹那、思考。
「うわあ女子か。やりづらい……いや待てよ。この子を凪ちゃんだと思って……」
「ユウくんほら、取ってみなよ。ほら!取れないの?えー、鈍臭いなぁ?」
凪の声と顔が脳内再生され、思わず血の気が引く。
「あの化け物からボールが取れるか!!」
「申し訳ないが、千鶴で考えよう」
「雄太郎、頑張って、取れるよ!!」
この間僅か1秒未満。
雄太郎は生まれてはじめて、女子からボールを奪った。
試合は非常に拮抗しており、どちらが勝つか予想がつかない状況になっていた。
「ユウくん行けー!お前にK組の運命はかかってるんだ!!」
「暁くん、我ら同志に希望を!」
「雄太郎、ここで勝っていい思い出作ろう!」
凪、早乙女と共に昴大は叫ぶ。
「ヤジうるさ」
初菜が笑いながら呟いたとき、雄太郎にボールが渡る。
残る試合時間はあと5秒。
「ユウくん、とりあえず投げろ!反則取られるぞ!」
凪の言葉が聞こえる訳はないが、雄太郎はボールを相手のゴールに投げ込んだ。
ここから入れば、スリーポイントシュートになる。
「入れ!」
雄太郎が放ったボールは、美しい放物線を描く。
そしてゴールへと、パスッと静かに、音を立てて綺麗に入った。
試合終了の笛が鳴り響く。
「14−16。勝者はK組です」
K組の生徒たちの歓声が上がる。
「信じてたぜユウくん!」
「感動した!」
昴大の隣では、凪と早乙女もまるで自クラスのことのように喜びの声を漏らす。
昴大はふと、コートから出る雄太郎に目をやる。彼はクラスメートに囲まれ、嬉しそうに微笑んでいた。
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