15 球技大会開始
千鶴はいつも通り、昇降口で凪を待っていた。
「凪」
「お待たせしました」
凪が靴を履き替える間に自転車を出して待つ。
「昴大見てない?千鶴」
「見てないなぁ。なんか用事あったの?」
「いや、今日は部活がないから一緒に帰ろうと思ったのに。声かけようとしたらもういなくなってた」
辺りを見回してみても彼はいない。
「先に帰ったんだよきっと。さ、行こう」
歩き出すと、凪が尋ねてきた。
「球技大会何出るの?」
「バレーボール」
「同じだ。まあ負ける気はしないけど」
自信満々に言う凪はスポーツが全体的に得意だ。そのくせ地頭も良く、モチベーションさえあれば完璧だと世辞を抜きにして千鶴は思っている。
「凪のクラス、男子多いからな……」
「経験者は全然いないらしいけどね」
でもA組には負けない。
凪はそう言って笑った。
「昴大は?」
「ドッジボール。じゃんけんで負けた」
「負けてドッジボール……?凪のクラスどうなってるの」
千鶴のクラスではドッジボールの希望者ばかりで他の希望者が少なく、数合わせに苦労した。
「バスケが多かったな。昴大もそうだった」
「で、負けたと。昴大はバスケ経験者?」
「この中なら一番マシなんだと」
昴大が運動を得意としていないのは会話の中で薄々千鶴も察しがついていたが、その様子だと本当に心底苦手なのだろう。
「ウチも応援したいところなんだけど。クラスの代表として他クラスの生徒の応援は……」
「私の応援は?」
「それはする」
条件反射だった。
「まあ仕方ない。個人的に応援したらセーフにならない?千鶴ルールでさ」
「うーん」
自分の主張を変えたくはない。しかし友達を応援しないのはそれはそれで信念に反する。
「個人的になら」
凪は満足気に笑うと言った。
「あとはユウくんもか。何か聞いてない?」
なぜそれを自分に聞くのか千鶴には分からない。
「聞いてない。凪こそ」
「何も。本当、冷たくなったなあ、ユウくん」
不機嫌そうに口を尖らせる凪だが、千鶴はそうは思わなかった。
「そうかな?成長したってことじゃないの?」
「私が子供みたいな言い方だな」
「そういうんじゃないけど」
凪はへそを曲げたのか、スマホを取り出した。
「LINEで聞くか」
凪が素早く打ち込むと、すぐに返信が返ってきたようで、通知音が鳴った。
電車に乗っているのだろうか。
「バスケだって。苦手だけど押し付けられたらしい」
「雄太郎、どんだけ押し付けられるの」
雄太郎は確か以前、保健委員も押し付けられたと言っていた。保健委員は球技大会での仕事が多い。現状は運動が苦手な雄太郎にとっては最悪の事態だろう。
「休めばって言った。嫌なら別に行かなくて良くない?義務じゃないんだから」
「雄太郎には多分無理だよ。真面目だから。てか凪なんてこと言ってんの……」
再び凪のスマホから軽快な通知音が鳴る。
「『何バカなこと言ってるんだ』って返ってきた。私なりに励ましたつもりなんですが」
「励ますの下手くそか」
「気が楽になるかと思ってさ。ユウくん、気負いしすぎるところがあるから」
どうやら凪は至って真剣に雄太郎のことを思って言ったつもりらしい。
「なんとか頑張るそうで」
雄太郎が少し不憫になった。
「明日励ましてやりますか」
球技大会当日。
雄太郎は朝早く登校して大会準備を手伝っていた。
「あー、嫌だな。嫌だ。帰りたい」
雄太郎が行っているのは救護所の設営。他の保健委員もいるが、保健委員の仕事はそれだけではないため実質一人で行っていた。
「雄太郎、おはよう」
「……千鶴か」
雄太郎が準備の手を止めると、後ろにいた千鶴は隣に立った。
「手伝おうか?」
「千鶴は学級委員だろう。忙しいのにわざわざ俺のことまで手伝わなくていい」
雄太郎は千鶴から少し離れて言った。
「ウチがやりたいって言ったらやらせてくれる?」
雄太郎を真っ直ぐな瞳で見つめる千鶴。雄太郎は断ることができなかった。
「……じゃあ頼むよ」
「ありがとう!」
千鶴は雄太郎の説明をもとに次々と準備を進めていく。
本来の予定よりも準備は早く終わった。
「終わったね」
「ああ、助かったよ千鶴」
ふと気になり、雄太郎は尋ねた。
「凪ちゃんと昴大は一緒じゃないのか?」
「あの二人は後から来るよ。役割当たってないし」
「なるほど」
雄太郎は昴大と話したかったため、少し残念な気持ちになった。
「がんばれ、雄太郎。倒れないようにね」
「流石に倒れはしない……」
雄太郎がフッと笑うと、千鶴が不思議そうにこちらを見た。
「……今の、笑うところ?」
「少なくとも俺の中では笑うところ」
「昴大に似てきたんじゃない?」
千鶴の言う意味が分からず、思わず問い返した。
「昴大に?どこが?」
「昴大って笑いのツボ凄く浅いんだ。知らなかった?」
「いや知らなかった……」
雄太郎としては最近昴大と仲良くなってきたと思っていたため、軽くショックを受けた。
「まあ元気出しなよ。ウチも最初の方に知っただけだから」
「あいつそんなに笑うの見ないけどな……」
「……がんばれ」
苦笑いのフォローがひたすら痛かった。
「あっ、そろそろ行かないと。雄太郎、頑張ってね!」
手を振りながら千鶴は去る。忙しいのにわざわざ来てくれたらしい。千鶴は本当に人が良いな、と思った。
「お、おう……」
雄太郎は千鶴に聞こえるか聞こえないか位の声でそう言った。
「おはよう」
A組に登校した女子生徒は、千鶴を見て挨拶した。千鶴はクラスの応援席に置いたカバンの中から、先日用意した応援グッズを取り出す。
「おはよう。これどうぞ」
千鶴は、この球技大会に向けてクラス内で応援団を結成していた。学級委員は特にこの大会で仕事があるわけではないので、ずっと応援団の練習に時間を費やしていたのだ。
さっき来たばかりの彼女はメガホンとハチマキを千鶴から受け取る。
「ありがとう。土間さん早いね~」
「うん。張り切ってるからさ」
他のメンバーも集まり、応援グッズを渡すと練習を始めた。
昴大は体操服に着替える間、窓の外を見上げて考えていた。
「突然警報出たりしないかな……」
「こんな快晴なのに?」
「茨木くん」
どうやら昴大の考えは声に出ていたようで、後ろで着替えていた茨木に冷静に突っ込まれた。
「球技大会がそんなに嫌か?」
「嫌って言うか、絶対に足引っ張るから……申し訳なくて」
「いや早乙女の方が絶対に引っ張る」
茨木が笑いながら指を指した早乙女は怒って言った。
「失礼だな。50mは9秒台だから!」
「結構遅いからな?高1男子としては」
「なんですとっ」
あからさまにショックを受ける早乙女に追い打ちをかけるように茨木が言った。
「風見は?」
「7,9くらいだったかな……」
「風見くんって結構な裏切り者だよね!」
裏切り者、と言われ昴大は表情には出さないものの、少し落ち込んだ。
「いや風見くんマジじゃないから安心して」
「まあこんなのもいるから心配はいらんよ。気にすんな」
「こんなのって!」
そんな二人を見ていた昴大。気がつくと、緊張はまるでほぐれていた。
「ありがとう、なんか僕、頑張れそうな気がしてきた」
「頑張れそうな気じゃなくて頑張るんだよ。弱気になったらおしまいだよ」
「じゃあ体育館行くか!」
着替え終わった三人は集合場所に向かった。
凪は早く着替え終わり、体育館で千鶴と話していた。
「雄太郎来てたよ」
千鶴は溌剌とした声でそう言った。なんだかんだ雄太郎は来るだろうと凪は予想していたが、千鶴は本気で雄太郎のことを心配していたらしい。
「そうかそうか、それなら良かった」
「大丈夫そうではなかった」
凪の頭には容易に雄太郎の蒼い顔が浮かぶ。それがなんだか面白くて、凪は思わずニヤリと笑った。
「からかいに行ってやろうか」
「やめなさい」
千鶴に肩をしっかり掴まれたため、凪の行動は阻止された。
「お互い頑張ろうね、て言おうとしただけなのに」
「多分雄太郎からしたら煽りだよ、それ」
「えー何で?」
理由はもちろんわかっているが、分からないふりをする。
「昴大は?」
「さっき友達と歩いてるの見たからもうちょいで現れるはずだよ?」
千鶴があたりを見回す。遠くに昴大、早乙女、茨木が見えた。
「昴大!」
千鶴が大きな声で昴大を呼ぶ。
昴大は気がついたようで手を振ってきた。
朝一緒に登校した際には緊張しきって震えていた彼が楽しそうに笑っているのを見て、凪は安心するのだった。
「凪、頑張って。昴大にも伝えといてね」
「はい分かりました。そろそろ自分のクラスのところ戻るわ」
凪は走って昴大のいる、E組の応援席に向かった。
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