Case4 励ます少女

13 校外学習後日談(1)

校外学習を終えた昴大は次の日、買ったキーホルダーの片割れを握りしめてK組の扉の前に立っていた。


渡したい。だが、教室に入る勇気がない。

どうしようか考えていたときだった。


「昴大」


声をかけられ振り返ると、笑顔の千鶴が挙動不審な昴大の背後に立っていた。


「千鶴さん」

「何してるの?」


純粋な眼で千鶴が尋ねる。一歩彼女が近づいてきた。


「えっと、あの」


昴大は答えに迷い、ポケットにキーホルダーを突っ込んで目を逸らした。


「雄太郎に用事?キーホルダー渡すの?」

「な、なぜそれを」

「やっぱりそうだったんだ。ウチらと一緒のやつでしょ?」


カマをかけられたことに気が付き、昴大は意味がないと分かっていても思わず手で口を塞いだ。

千鶴はニコニコと笑って昴大の様子を伺っている。


「呼んでこようか?」

「いや部活で渡すから大丈夫……」


流石に千鶴にそこまでしてもらうのは申し訳ない。昴大は遠慮したつもりだった。


「あのーすみません、暁くん呼んでくれますか?」


そんな昴大を無視して千鶴はK組の生徒に声を掛け、そう言った。


「え、心の準備が……」

「頑張って!昴大に渡せるといいね!」


混乱し戸惑う昴大を置いて、笑顔で手を振りながら千鶴は立ち去る。


「どうしよう……」


今から立ち去れば雄太郎は自分を呼んだ人間を居もしないのに探すことになる。

進むか退くか、躊躇っている間に雄太郎はやってきた。


「風見か。来るなんて珍しいな」

「暁くん」

「今日は部活ないけど、どうしたんだ?」

雄太郎が疑問そうに昴大の顔を見る。

「えっと」


一瞬迷ったが、ここまで来たら渡すしかあるまい。

そう思い昴大はポケットからキーホルダーを取り出し雄太郎の前に差し出した。


「……これ」


雄太郎がボソリと呟くが、気にしないよう昴大は続けた。


「昨日の校外学習で買ったんだ。よ、よかったら受け取ってくれる?」


雄太郎は昴大の手からキーホルダーを掴み、じっくりと見た。

雄太郎がどう思っているか、昴大には分からない。雄太郎は元々表情が読みづらいと思っていたが、昴大自身が緊張して観察力が低下しているのもあるだろう。


「凪ちゃんが千鶴とお揃いにしたあのキーホルダーか……?」

「……!??」


雄太郎の発言に思わず昴大は動揺した。

昴大は雄太郎のことを鈍感な方だと思っていたので、当てられたのは少し意外に感じた。


昴大はまっすぐ雄太郎に見つめられた。

動揺を悟られないよう、昴大は笑顔を保とうとした。

「ということは、このもう片割れは風見が持ってるのか?」

「う、うん」

「そうか」


雄太郎はそう言って少し笑うと、キーホルダーを自分のポケットにしまった。


「こういうの貰ったことないから嬉しい。ありがとう、昴大」


昴大は急に呼び捨てにされ、更に動揺していたたまれない気持ちになる。傍から見てどうなのかは分からないが、昴大としては顔から火が出そうな思いだ。


「雄太郎……重くないの?」

「いや軽いだろ。磁石入ってるとはいえキーホルダーだぞ」

「じゃなくて、気持ちが。僕たち、部活同じってだけだし……」


昴大は雄太郎と目を合わせられずに言った。


「買っておいて何を言い出すんだ……。いや、重くない。これで指輪だったら重いが」

「流石にそれは……」


その発想がまずいことは昴大にも分かる。重いという次元すら超えているような気もするが。


「千鶴と凪ちゃんがやってるの見てちょっと良いなと思ってたから。昴大、これどこに付けた?」

「えっ」

「結構それは重要な゙ことだと思うが」


まだ決めてない、とは言えない。昴大は思いつきのままに答えた。


「か、学校のカバン」

「また千鶴と凪ちゃんにからかわれそうな場所だな……」


確かに、と昴大も思った。特に凪だ。からかわない訳がないことをこの2ヶ月程の付き合いで昴大も充分に理解しているつもりだ。


「別に雄太郎は合わせなくてもいいのに。僕が勝手に渡しただけなんだから」

「そんなことはない。ニコイチだし一緒の方が良いんじゃないか。それとも俺の偏見だったりする?」


二人で同じところにキーホルダーを付けるところを想像し、昴大は思わず可笑しくなって吹き出した。


「なんか俺変なこと言ったか?笑うところではなかったと思うが」

「いっ、言ってないよ……」

「口元が笑ってるぞ」


雄太郎に鋭く指摘され、目を逸らした。


「ソンナコトナイヨ」

「誤魔化すの下手か。まあ別に良いけど。わざわざこれを渡すためにここに来たのか?」

「う、うん」


へー、と言って雄太郎は昴大を見る。


「部活でも良くないか?」

「それは、千鶴さんが」

「勝手に呼んだんだな。さっきの女子の声だったもんな」


全くだ。雄太郎はそう続けた。


「じゃあ、僕はこれで」


雄太郎の言葉は聞かず、足早にその場を立ち去った。

ただ雄太郎にキーホルダーを渡せたことが嬉しかった。




千鶴は二人に見つからないよう、傍らで様子を見守っていた。


「凪が好きそうな絵面だな……」


雄太郎と昴大がぎこちなく会話するのを見て、千鶴は凪を呼ぼうと思ったが間に合いそうにないのでやめた。

すると昴大が走ってこちらに向かって来る。

用事はもう済んだのだろうか。気になって声をかけた。


「昴大!」


少し通り過ぎたところで止まって昴大は振り返った。


「千鶴さん!」


明るい表情でこちらに向かってくる。


「良かったね」

「うん」


心から嬉しそうに、頬を赤らめ俯き気味に昴大は頷いた。


「ウチ、用事あるからこれで。着々と二人の距離が縮まってるようで良かった」


からかうように言うと、言葉にならない声を出して昴大は口をパクパクとさせている。


「あっ、えぁ」


あとで凪に話してやろう、そう思って凪はその場を去った。




それから少しした頃、雄太郎はいつものテラス席で千鶴と相対していた。


「……写真は?」


千鶴は不機嫌そうに雄太郎を見る。原因は雄太郎にも分かっていた。


「だからこれだけしか無いんだって。さっきから言ってるじゃないか」


雄太郎が弁解するも、険しい表情で千鶴は雄太郎を睨みつけてくる。普段は溌剌とした笑顔が多い千鶴が本気でこちらを睨むと鳥肌が立つ。


「俺、余裕があったらって言ったけどな」

「だからってこれだけなの?本当に行った?」

「そこから疑うのか?」


写真を一枚一枚見て、顔をしかめる千鶴。


「……何かあった?」


千鶴が先程とは一転、心配そうに尋ねる。


「いやない」

「あるって顔に書いてありますけど」

「そんな訳ないだろ」


雄太郎は窓の反射で自分の顔を見た。

普段と何が違うのかは自分でも分からない。

ただ、千鶴に心を読まれたような気がして、雄太郎は少し悔しかった。


「……いや、あった」

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