12 校外学習 動物園

「行こう!」


担任が解散を告げた瞬間、昴大は我慢できずにそう叫んだ。


「風見くん!?」

「うわ、走っていったぞ!」


昴大が真っ先に向かったのはパンダブース。

もちろん残りの5人は置いてきた。


「パンダさんだぁ……!」


入場早々、昴大のテンションは既におかしくなっていた。


目の前に大好きなパンダがいるという感動的な状況に昴大は正常な判断力を失い、語彙力さえも無くしていた。


「風見くん、早……」

「そんなにパンダが見たかった?」


追いついた茨木と早乙女。


「パンダさんかわいい〜」

「お、おう……?」

「ほんとにしろくろなんだ〜」

「あもう駄目だこの人」


二人は惚けて知能が幼稚園児並に下がった昴大のことは諦めることにした。


「昴大」


昴大が振り返ると、爆笑する虹夏と初菜を連れた凪が立っていた。


「あ、凪」

「まさか速攻で走り出すとは思わなかったな。最高だよ、昴大」

「……なにが?」


未だ知能が下がったままの昴大は、凪の言うことが理解できていない。


「はしゃぎすぎ」

「だって!目の前にパンダさんがいるんだよ!天国だよ!!」

「帰ってきて。頼むから」


凪の言葉でようやく冷静さを取り戻した昴大は、あたりを見回した。


「僕は、何を」

「ハッスルしてたなあ」

「風見くんにもこういう一面があったのか」


顔色が段々と悪くなる昴大。


「ご、」

「昴大、一回落ち着こう」

「ごめんなさい!!」




昴大の大謝罪のあと、凪は虹夏の相談を聞きながら歩いていた。


「それさ、二人きりになるのが一番手っ取り早くない……?」

「いやそういうことじゃないから!」

「ていうかさっき実行すれば良かったのに。二人で来たんでしょ」


二人、という言葉を出すたびに顔を赤くする虹夏をからかって遊ぶ凪は、昴大の注意も忘れていなかった。


「うさぎさんってこんなに小さいんだ……」

「餌やり体験するか?」

「ジブンは遠慮します!」


昴大はウサギを見ながら感動していた。


「昴大、写真撮っていい?」

「え、いや。それは」

「うさぎの写真」


恐らく自分が撮られると思ったのだろう(間違ってはいない)。凪の言葉を聞いた昴大は恥ずかしそうに目をそらした。


「ちょっと昴大も見切れるかもしれないから。あ、SNSには上げないよ。昴大もいる?」

「……お願いします!」


昴大の許可を得た凪は、すかさずスマホをかざして写真の撮影を始めた。


「よし、このくらいかな」


とりあえず撮影を中断し、撮った写真を確認する。


「おー、マジか」


凪の背後に立った初菜が言った。


「風見くん見切れ過ぎじゃない?わざとでしょ」

「なんのことだか」


クスリと凪は笑い、先へ進んだ。




昴大は凪と早乙女、初菜の4人と行動していた。

茨木と虹夏は二人で行動を始めたのだ。

最初は早乙女も二人についていこうとしたのだが、初菜と凪に何故か酷く制止されていた。


「ジブン、何か悪いこと言ったかな……あの女子二人怖いんですけど」

「早乙女くんは悪くないと思うよ」

「サバンナの動物だって、こっち」


初菜が指を指した。


「行きたい!」


昴大が思わず叫ぶと、凪は行こう、と言って先頭を歩き出した。




一通り回り終えた後、凪は約束の場所に初菜と虹夏、撮影係に抜擢された昴大と共に待っていた。


「写真撮るよ!」


初菜がスマホを昴大に渡し、クラスの女子を集めた。

6人全員が集まると、オブジェの前で場所を決める。


「風見くん、お願い!」


スマホのカメラをかざすと、昴大は言った。


「はい、1足す1は?」

「にー」


シャッター音が聞こえた。


「ありがとー風見くん」

「いえいえ」


凪は長く伸びる自分たちの影を見た。

もうすぐ校外学習が終わる。




昴大は満足感を得て、この校外学習を終えた。

帰りの電車でも気分はとても良かった。

吊り革に捕まって窓の外の景色を見ていると、凪が尋ねた。


「昴大、体調大丈夫?」

「……?良いけど」


本当に体調は良い。1日中歩き回ったのにも関わらず、朝と同じ、もしくは良い調子だ。


「それなら良いんだ」


帰りは同じだった茨木、虹夏、初菜は座席に座ってぐっすり眠っている。


「次は―、」


ああ、楽しかった。

今までに経験したことの無い充足感を覚え、昴大は目を閉じた。




凪は家に帰りすぐにベッドに寝転がった。


「あ、そうだ」


スマホをカバンから取り出し、LINEのトークルームを開く。

写真を何枚か選ぶと送信ボタンを押した。




夕方、昴大はLINEの通知音が鳴りスマホを開いた。


「……!?」


凪から送られてきたのは動物園での写真。

そこに見切れる自分は気の抜けた表情でどれもニヤニヤと笑っていた。


凪はどんな気分でこれを撮ったのだろう、とか周りにはどう思われていたのだろう、と考えているとみるみる顔が熱くなる。


「楽しかったね」


そう送られてきて、昴大は顔を伏せてひたすら恥ずかしさに悶えた。

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