11 校外学習 博物館

校外学習当日の朝、凪は交差点で昴大を待っていた。

校外学習は私服で行く。昴大は相応しい服なんて持っていないと言っていたが、当然博物館や動物園にドレスコードはないので、あまり考えすぎないように昴大には言っておいた。


「お待たせ、凪」

「おはよう」


昴大は流行りを押さえつつも背伸びをしているようには見えない、とても似合った格好で凪を呼んだ。


「……結構おしゃれさんなんだね、昴大」

「やっぱりこれ、似合ってない?」

「似合ってるから言ってるんだけど」


昴大は不安そうにするが、本当によく似合っている。


「切符は買えるんだよね?」

「……多分」


首を傾げる昴大に凪は、絶対に目を離さないでおこうと決意した。

駅に入ると、改札から出た他の利用者達とすれ違う。


「……昴大」


振り返ると昴大はいない。人混みに紛れてしまったのだと凪はすぐに分かった。


「昴大!」


凪は電子マネーカードを持っているから切符を買わずとも改札を通れるが昴大は違う。

時間に余裕を持った方がいい、という千鶴の忠告は正しかった。


「凪?」


気づくと隣に昴大が立っていた。


「僕ここにいるけど……」


心配そうに昴大はこちらを覗き込む。凪はそれ以上にヒヤヒヤしたというのに。


「あー、良かった」

「切符買ってきたよ」


きちんと昴大の右手には切符が握られている。


「……昴大の行動力って謎だね」


凪が言うが、昴大は首を傾げる。


「まだ間に合う?」

「余裕余裕」


二人の乗る電車はすぐにやってきた。

時刻はまだ通勤ラッシュの時間帯。電車内もすし詰め状態で二人は離れないように車両の隅にいた。


「次は……」


昴大がソワソワしだした。


「まだだから」

「……つい。昨日も眠れなかったよ」

「先に博物館なんだけど大丈夫?」


しばらくその状態が続き、アナウンスが入る


「次は……駅。……駅。お出口は左側です」

「ここだ!」

「降りるよ」


駅に到着して、素早く降車する。

先に見えるのは二人が知った顔だった。


「早乙女くんおはよう」

「おはよう。海月さんも」


早乙女は凪にも愛想よく挨拶し、三人は歩き出す。


「おはよう。初菜たち見てない?」

「こっちも見てない。もう先に着いてるかもしれないね」



博物館に着くと、クラスメイトの大半と担任教諭が待っていた。

その中には凪が探していた初菜や虹夏もいた。


「虹夏と茨木くんは二人で来たんだよ。私はわざと一本遅いのに乗ってきた」


初菜は親指を上げてドヤ顔で笑う。


「おお、ナイス。進展は?」

「……距離が近くなった」

「なるほど〜」


虹夏が恥じらいながら言うので思わず凪と初菜は拍手をした。


「もう、凪こそ昴大くんとは?」


虹夏は不服そうに凪に尋ねた。


「二人揃ってなんなの……?そんなに私と昴大は付き合ってるように見える?」

「私何も言ってませんけど?」

「違う初菜のことじゃない」


凪はちらりと昴大を見やる。


「そう、それ!」


虹夏が凪を指差し叫んだ。


「何かと昴大くんの方を見てるから。向こうもそうっぽいし」

「……別にそういう意図はないけどな」

「でもあるようには見えるよね〜」


昴大が凪の視線に気が付き、手を振る。


「……かわいい」


凪は思わず呟いたが二人の耳には届いていなかった。




昴大は一方、早乙女と茨木と話していた。


「博物館を提案したの、早乙女くんだったんだね」

「そう!このクラスの皆になら、ジブンの言う、機械の素晴らしさが分かるかもしれないと思いまして!」

「確かに興味はある。昔よく、機械を分解して構造を確認したりしたよなぁ」


ウンウン、と頷く茨木を見て昴大は呆然としていた。


「風見もあるだろう?」


早乙女と茨木は生粋の理系らしい。だが昴大は理系科目の方が得意というだけで、あまり工学分野には興味がない。


「……うん、あるよ。楽しいよね」


しかし目をキラキラと輝かせる二人の前ではとても本当のことを言えなかった。


「楽しみだな!」


茨木の言葉に微笑んで頷くと、こちらを見る凪と目が合った。

手を振ると、凪は笑顔で振り返した。

担任が現れ、点呼が1番から始まる。




千鶴はスポッチャに着くと、スマホを開き凪からの連絡を見た。


「今着いたンゴ」

「写真忘れないでねw」

「仰せのままに」


頼むよ、とスタンプを送り凪とのトークルームを閉じる。

昴大とのトークルームを開き、メッセージを素早く打ち込む。


「ちゃんと切符買えた〜?」

「一人で買えた」


千鶴は褒めるスタンプを送ろうとするが、昴大から連続してメッセージが来る。


「人がたくさんいた」

「そんなもんだよ」


少し考え、千鶴は昴大にメッセージを送った。


「動物園にも人いると思うから頑張れ」


フレフレ、というスタンプを送る。

時間差で怯えるスタンプが送られるが、すぐに返した。


「凪と一緒でしょ?大丈夫」

「我が親友を信じろ」


連投すると、昴大から頑張る、とスタンプが送られてきた。

雄太郎のトークルームを開き、メッセージを送る。


「山の中でしょ?写真送って」


既読がすぐにつき、こう返ってきた。


「善処する」

「余裕があったら」

「絶対だよ」


既読がつくが返信がこないのでスマホを閉じた。


「点呼とってくれた?」


やってきた担任に゙尋ねられ、答えた。


「はい。欠席ありません!」

「ありがとう」


こうして、千鶴の校外学習が始まった。




昴大は茨木と早乙女と三人で博物館を回っていた。


「茨木くん見てよ。ここのこれ!この構造!」

「精巧に作られているな。1ミリのズレも許さない、計算され尽くしていることがわかる」


二人は何やら盛り上がっているようだが、昴大には話がいまいち分からなかった。


「正直、凄いということしか分からない」


昴大の今の気持ちを代弁するように言ったのは、背後にいた凪だった。

昴大が振り返ると、笑顔で横に立った。


「私理系じゃないからなぁ……虹夏も初菜もあの二人程ではないけど多少テンション上がってる。置いてけぼりなんだわ」


はあ、と言って凪は続けた。


「昴大も理系じゃないのは意外だった」

「一応理系教科の方が得意なんだけどね」

「へー。あの人たちの言ってることって分かる?私にはちょっと理解不能」


凪はそう言って茨木たちを指した。


「いや僕も分からない……」

「……そうか。なら、一緒に回る?」


凪が少し先に立った。顔は見えない。


「うん」

「じゃあ行こう」




凪は展示品を見ながら昴大と歩いていた。


「昴大、博物館は来たことある?」

「小学校の遠足で一回だけ。ここじゃないけどね」

「昴大ってどこの中学?」


思い切って尋ねてみると、昴大は少し考えてから言った。


「柏木第九中学。……多分、分からないと思うけど」

「うん、全く分からん」


記憶を全力で探るが、凪に心当たりはない。


「一応都内なんだよ……」

「同じ中学の人は?」

「僕の学年にはいない。先輩にはいるらしいけど」


昴大はどうやらその先輩とは面識がないようだ。つまり、昴大は一人でこの学校に進学したことになる。


「わざわざ遠いところから越してきたのか」

「うん。おじいちゃんと一緒に」

「……親は?」


聞いていいことなのか、一瞬迷ったがここまで来たら聞かない方が不自然だと思い尋ねた。


「……僕が物心つく前に亡くなったらしい。おばあちゃんもいたけど病気で死んだんだ」


「そうか、昴大はおじいちゃんっ子なのか」

「うん。おじいちゃんは優しいから」


そう言った昴大は心から穏やかな表情を浮かべて笑った。


「幸せそうでよろしい」


凪がそう言うと、昴大は後ろを振り返って言った。


「早乙女くんと茨木くん置いてきた……」

「あの二人は二人で楽しんでると思う。ほら、お土産買えるところある。行こう」


凪は博物館の出口にある店に昴大を連れて行く。




昴大と凪は共に博物館の物販コーナーに来ていた。


「思った以上に食べ物が多いな」

「でもこれ近所のスーパーに売ってたよね?」

「凪、そういうことは言わない方が……」


凪の言葉を制すると、一つのキーホルダーに目をやった。


「友達と持つ、ニコイチのやつか。これはここにしか売ってないだろうね。私は千鶴に買う」

「やっぱりそうか……」


昴大は一つ手に取る。


「買うの?」


昴大は買うつもりであったが、一つの発想に思い至った。

自分がこれを贈るほど親しいと思っていても、相手はそうではない可能性だってある。


「うーん、どうしようかな。重いかな……」

「相手は?」

「……暁くん」


なるほど、と凪は言うとすり寄ってきた。


「いいじゃん買おう。ユウくん、そういうの結構好きだからさ」

「でも会ったばかりだしなあ。引かれたら嫌だ」

「ユウくんはそういうの考えるタチじゃない。それに渡したらこっちのモンだからね」


とりあえず買ったら、と言う凪を昴大は少し羨ましいと思った。


昴大から見て、凪には友人が多い。

きっとこういう性格だからだろうと思った。

凪は言うだけ言って会計に向かうが、昴大はもう少し売り場を見ることにした。




動物園に到着すると、凪は早乙女たちと共にいる昴大を見た。目を少年のように輝かせている。博物館にいた時とは大違いだ。


「楽しそうだな……」


凪がぼやくとクラスメートの女子たちが声をかけてきた。


「絶対写真撮ろうね」

「ん、うん。3時に集合ね。そっちも楽しんできて」


虹夏と初菜を連れ、昴大たちと合流した。

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