10 校外学習前日譚(2)
昼休み、昴大は困惑していた。
「単独行動はなし。必ず誰かと3人以上で班を組むようにしてください。各自誘い合って、決まったら先生の元に報告をお願いします。来週の月曜日までに班が決まらない人には先生から声をかけますので」
朝のホームルーム中に言った担任の言葉だ。
「……うわあ、どうしよう」
昴大には共に行動する当てがあった。登校時と水曜日の昼は凪と一緒にいるが、昴大の交友関係も流石にそれだけではない。
幸いこの1年E組は男子が圧倒的に多数派で、今まで友人を作れなかった昴大にも、よく話す仲の良い人物の一人や二人はいる。
問題は、そこに自分から声をかけなければならないことだ。
自分から誘えば当然迷惑なんてかけられないというのが昴大の持論である。
動物園に行きたいと言い出したのは昴大だ。だが動物園は臭いが強いとも言う。体調不良にならないとも限らない。
凪を誘えば話は早いのだが、凪は既に女子のグループに誘われている。
「でもなあ……」
月曜日まで粘って担任に無理矢理どこかのグループに放り込まれるのも嫌だ。
「どうしたらいいんだろう……」
昴大は考えることを一旦やめた。
凪は前の方に座っている昴大を見ていた。
ウンウンと唸りながら頭を抱えてたかと思えば、今度は大きくため息をついて机にうつ伏せになっている。
「海月さん、ちょっといい?」
「どうしたの茨木くん。珍しいね」
茨木は凪の前の席に座り、小声で話し出した。
「風見を誘って欲しい」
「いや自分で誘ってよ」
茨木の頼みを凪は即答で却下した。
「そこをなんとか!」
茨木は手を合わせ、凪に頼み込む。
実は昴大と仲の良い茨木は凪と同じ班だ。凪の友人である虹夏は茨木のことが気になっているようで、凪の計らいで同じ班にしたのだ。
虹夏が茨木のことが気になると言った時、凪はチャンスだと考えた。千鶴に頼まれた、昴大の写真を撮ることができると思ったからだ。
しかし茨木の班には昴大はいなかった。
「何故自分で誘わないのか聞いてもいい?」
「いや、声かけようとしたよ。でもなんか……避けられてるみたいで」
「気のせいだと思うけどな?だって声かけてほしそうにしてたし」
凪が昴大を見ると、昴大はチラチラと茨木と凪を見ているのが分かる。
「うん、まあそっちの言い分は分かった。じゃあ私に頼んだのは?」
茨木は非常に言いづらそうに、更に小声で言った。
「風見と海月さんは付き合ってるから」
「……うん?」
茨木の言っている意味がいまいち理解できず、凪は真意を問いただすように尋ねた。
「え、ちょっと待って。なんでそうなった?」
「だって海月さんが動物園提案したの、風見のためらしいからさ」
「どうしてそれを知っている」
凪は思わず動揺して、明るく振る舞うことを忘れていた。
「女子二人から聞いた」
「……おっと」
二人が凪の真意を茨木に伝えるのは想定外だ。
「で、付き合ってないの?」
「そういうのではない。昴大は私にとって姫だから」
「……姫?」
首を傾げる茨木を無視して凪は語りだした。
「そう、お姫様。このクソみたいな世の中に咲く、一輪の花」
「……ごめんちょっとよく分からない」
茨木は更に問うた。
「でも友達なんだよね?」
「そうだよ?」
「一緒の班嫌なの?」
「いや寧ろ大歓迎」
真顔で凪が言うので、茨木は吹き出した。
「分かったよ、誘ったらいいんでしょ?」
「ありがとう海月さん!」
茨木が深く頭を下げるのに凪は少し良い気になって、昴大の元に向かった。
昴大が顔を上げると、凪が目の前にいた。
「なっ、凪?」
一年E組の教室で凪が昴大に話しかけるのは珍しい。クラス内では別々に友人を作っているからだ。
戸惑う昴大をよそに凪が言った。
「昴大、うちにこない?」
「……へっ!?」
昴大は意味が理解できず、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「動物園一緒に回ろうよ」
「あ、ああ……」
遅れて言葉の真意を理解した昴大は、なるほど、と続けた。
机に両手をつき、凪はニヤニヤと笑っている。
「こんなこと聞くのは良くないって分かってるんだけど……同じ班のメンバーって誰?」
「虹夏、初菜、早乙女くん、茨木くん」
早乙女と茨木の名を聞いて、昴大はどこかホッとした気持ちになった。
「……いいの?茨木くんたち、僕のこと誘わなかったし……それに、女子二人は?」
「茨木くんがなんか勘違いしてて、私に誘ってほしかったらしいよ?あと二人は昴大がいても気にしないから大丈夫」
勘違い、という部分に昴大は少し引っかかりを覚えたが、茨木らが自分を嫌ってるわけではないと知り少し安心した。
「分かった。凪の班に入りたい」
「じゃあ他のメンバーに報告してくる。これで確定させて先生に言っとくから」
じゃあね、と凪が手を振りながら教室を後にした。
校外学習前日の朝、雄太郎は三人に尋ねた。
「A組とE組は、どうやって校外学習行くんだ?」
「ユウくんのクラスは寧ろどうすんの?」
凪が逆に聞き返すと、雄太郎は言った。
「いや山奥だぞ?バスだよ。借りるんだ」
驚いた三人は雄太郎に言った。
「お金かかりそー」
「確かにバス借りるなんて大変だね……」
「酔い止め用意しないとね、雄太郎って病弱たから」
雄太郎はちょっと、と三人が言葉を続けようとするのを静止した。
「そうだ風見、大変なんだ。手続きとかも自分たちでしなきゃいけないんだぞ。凪ちゃんさ、嫌なこと言うのやめてくれない?あと千鶴、俺は病弱じゃないしバス酔いしたことはない。どこから聞いた?」
「凪から」
「凪ちゃん……俺風邪すら引いたことないんだが!」
雄太郎が恨めしそうに凪を見るが、当の本人は飄々とした様子で答えた。
「でも良く顔色悪そうにしてたじゃん?」
「凪ちゃんのせいだよ!!」
力いっぱい雄太郎が叫ぶと、凪は心当たりが全くないらしく首を傾げた。
「……私何かした?」
「言ったらキリがないから今は言わない」
「ユウくん冷たいな……最近本当に扱いが雑。昔はあんなに可愛かったのに……」
本気で悲しそうに凪は俯いた。しかし雄太郎にはそれが演技だとすぐに分かった。
それは恐らく千鶴も同じだろう。
「凪、人は変わるものだと思う。それに暁くんは優しいし、凪とどう接していいか分からないだけだよ」
必死に慰めるのは昴大だけである。雄太郎は鼻を鳴らして言った。
「風見、ソレは相手にしなくていい。どうせ演技だから」
「そんな……」
悲しい表情をする昴大の後ろで凪は大きく舌打ちをした。
「ユウくんめ、余計なことを。一体何がユウくんをそうさせたんだろうね……」
凪は真剣な表情でしばらく考えてから、ハッとしたように言った。
「……まさか、偏差値!?」
「嫌なこと言うな!!」
すかさずツッコミを入れると、昴大は大きな声で笑い出した。これには流石に千鶴も思わず吹き出してしまった。
「でもそれしか考えられないしなぁ」
「もう一回考え直せ!他にあるだろう!?」
わざとらしく凪が考える素振りを見せるが、雄太郎は無視して話を続けた。
「というか俺の話じゃなくて、三人に聞いてるんだが?」
雄太郎の質問に先に答えたのは千鶴だった。
「スポッチャ近いしウチは自転車で行く。最寄りから2駅くらいかな?」
「……近いのか?それは」
「一時間もかからないよ?」
あっけらかんに言う千鶴を見て、昴大が声を上げた。
「それ、結構遠くない?」
「決して遠くはない。ユウくんが体力無さすぎじゃない?」
何か?と言いたげに千鶴と凪が、雄太郎と昴大を見る。
「……なるほど。で、E組は?」
「電車で7駅くらい?10時に現地集合」
「……二人で行くのか?」
雄太郎が尋ねると、何でもないように凪が言う。
「そうだよ。昴大、電車あんまり乗らないんだって」
凪が昴大を見ると、昴大は申し訳なさそうに答えた。
「僕も遠慮しようと思ったんだけど……もし目的地まで着かなかったら嫌だし」
「本末転倒だもんな」
それには雄太郎も同意した。この4人の中で最も校外学習を楽しみにしている昴大が当日行けないなんてことはあってはならないからだ。
「ということはバスで行くのは俺だけか……」
「仲間外れお疲れ様」
「うるせえ」
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