Case3 見守る少女
9 校外学習前日譚(1)
四人で昼食を摂っていた時に千鶴は尋ねた。
「校外学習、みんなはどこに行くの?」
「俺のクラスはまだ決まってない」
「僕たちのクラスは今日のホームルームで決める予定らしい。ね、凪」
昴大が言うと、凪は頷いて尋ねた。
「千鶴のクラス、どこ行くの?」
「スポッチャ!」
「うわ、良いなあ。羨ましすぎる、絶対楽しいじゃん」
凪が口を尖らせるので、千鶴は得意気に言ってやった。
「まだ正式には決まってないけど、もうほぼ決定かな!三人は何か考えてないの?」
「スポッチャ考えてたのに。千鶴にやられた」
唸り声を上げて悔しがる凪。
「仕方ない、私は昴大の案を徹底的に推すことにしよう。昴大はどこがいい?」
凪が尋ねるも、昴大は非常に言いづらそうにしている。
「どうした?」
「僕の案を……子供っぽいかなって思って。今更ながら」
「言ってみたら良いじゃん。誰も笑わないよ」
千鶴が優しく言うと、昴大は意を決したように言った。
「あの……動物園に行きたくて」
言ってから、気まずそうに昴大はうつむいた。
「姫だ……」
「姫だね」
「流石私達の姫、言うことが可愛い」
三人が真顔でそう言うので、昴大は顔を真っ赤にして声を上げた。
「ひ、姫じゃない!」
「いやでも想像してしまったんだよ。可愛い動物に囲まれて微笑む風見の姿が目に浮かぶ」
「そんな昴大も可愛い」
凪と雄太郎が話す中、千鶴は朝の会話を思い出した。
凪と雄太郎が急ぎの用事で学校に先に向かったため、今日は千鶴と昴大の二人きりで学校に登校したのだ。
「あ、ワンちゃんだ」
犬の散歩をしている女性が前から歩いてきた時、昴大はそう言った。
「かわいい……」
「犬、好きなの?」
千鶴がそう尋ねると、昴大は黙って頷いた。
「でも、あんまり好かれなくて……」
「それも悪霊のせいじゃない?動物はそういうの分かるから。多分今は大丈夫なはずだよ」
二人が立ち止まると、犬が歩み寄ってくる。
「……噛まれない」
「でしょ?」
犬は尻尾を振ると、飼い主の元へ戻っていった。女性は二人に一礼し、去っていく。
「いつも噛まれたり引っ掻かれたりしてたのに」
「それでよく嫌いにならなかったね……」
「ネットの動画でいつも見てて……ほら、動画ならそんなこと起きないし、ただただ可愛い」
幸せそうな昴大の顔を思い出して、千鶴は叫んだ。
「あ!」
「千鶴?」
「昴大が動物園行きたいのって、今まで悪霊のせいで動物の近くに寄れなかったから?」
凪と雄太郎はハッとして昴大を見た。
「うん」
雄太郎は昴大の両手を掴んで言った。
「今まで一回も動物園行ったことないのか?」
「記憶の限りでは一回もないよ……」
凪は席から立ち上がって昴大に尋ねる。
「小学校の遠足は!?」
「体調不良で休み……」
昴大以外の三人は黙って顔を見合わせ、一斉に頷いた。
これはあまりに不憫すぎる、と。
「行こう、絶対に。私がなんとかしてどんな手段を使っても行き先を動物園にする」
「俺は被らないようにクラスで別の場所を提案する」
「ウチも手伝う!」
三人が息巻く中、昴大は慌てたように言った。
「そこまでしてもらわなくても……」
「なんかイベントやってないか、今から調べる。千鶴も手伝って、アピールポイントをかき集めるんだ!」
「オッケー任せて」
四人全員が昼食を摂り終わり、凪は教室へと戻った。
まずターゲットはE組の女子だ。
凪を含め6人しかいないが、このクラスにおいて圧倒的に女子の意見が強いことを凪はきちんと分かっていた。
「ねー、校外学習どこ行く?」
「まだ決めてない……いくつか候補はあるけど」
決めてない、と聞いた途端凪は速攻でスマホを取り出し、5人に見せた。
そこには先程調べ上げた情報が書かれている。
「校外学習の日さ、動物園でなんかイベントあるらしいよ」
「えー!?動物園も良いかも」
「でも子供っぽくない?」
その回答も凪にとっては想定内であった。凪は次の手を繰り出す。
「6人でここで写真取ろうよ!」
映えスポット作戦は成功したようで、5人はたちまち食いついた。
「凪、ナイス。絶対取ろ!」
「でも動物園なんて男子は嫌がるんじゃ?」
「あー、分かる。なんか博物館行こうとか言ってなかった?」
そのことも当然凪は把握済み。それを前提に既にプランは練ってある。
「近いじゃん、場所。1日中じゃなくて、午前は博物館で午後は動物園とかプラン練れるよ」
「なるほど。男子にも声かけてみる」
凪は席に戻ると昴大に言った。
「多分いけるよ、動物園」
昴大は信じられない、といった顔で凪を見た。
「……ほんと?」
「良かったね」
「……そっか!ありがとう」
昴大が心底嬉しそうに笑うので、凪はほっとしてため息をついた。
凪は放課後、千鶴と共に家に帰っていた。
「凪、動物園の案は通った?」
「通ったよ。というか通した」
凪がドヤ顔を決めると、千鶴は笑った。
「さすが凪、かっこいい。昴大は喜んでた?動物園に決まって」
「手で口元を隠してひっそりと喜んでたよ」
「かわいい!」
「でも隠しきれなくてちょっとだけ口角上がってるの見えた」
千鶴は再び吹き出して笑った。
「うわー、かわいいなあ。凪、絶対昴大の写真、撮ってきてね」
「任せときな」
ガッツポーズを決め、凪は笑った。
雄太郎は放課後、部室に向かっていた。
前を歩く昴大を見かけ、思わず声をかけた。
「風見」
昴大は振り返り、微笑んだ。
「暁くん」
当たり前のように二人は肩を並べて歩き出す。
「なあ、風見のクラスって結局動物園行くのか?」
「うん。午前は科学博物館に行って、午後に行ってもらえることになった」
「良かったな」
昴大は嬉しそうに微笑む。
「千鶴さんも凪も、なんで僕のためにここまでしてくれるんだろう……?」
「そりゃあ、風見が俺達の"姫"だからだよ」
雄太郎がはっきり言うと、昴大は首を捻った。
「なんで僕が姫?可愛くないよ」
「風見はいい奴だからな……凪ちゃんと並んだらまるで天使と悪魔だ」
「凪はたしかに、悪魔かもね」
否定しない昴大を見て、雄太郎は驚愕した。
先程の口ぶりからして昴大は、凪に対し好印象しか持っていないと思っていた。
「暁くんのクラスはどこに行くの?」
昴大は雄太郎の目を見てそう言った。
「山の方でバーベキュー」
「僕はバーベキューにも行ったことがない。いつかしてみたいな」
「友達と行けば良いじゃないか」
雄太郎は勇気を出してそう言った。
「……え?」
昴大は雄太郎の言う意味がよく分かっていないようだった。もどかしい気持ちになり、雄太郎は続けた。
「いるだろ、友達」
「うん、いる、けど……」
「だから誘ってみたらどうだ?断らないと思うが」
雄太郎は遠回しに昴大を誘う。慣れないことをしたばかりに、居た堪れなくなって顔を合わせることができない。
昴大はなるほど、と腑に落ちたような表情を浮かべて言った。
「クラスの友達、まだあんまり話せてないけど誘えるように頑張ってみる!」
明るく昴大が言う。雄太郎の意図とは異なる受け取り方をされたが、とりあえず諦めることにした。
「……暁くん?」
「まあいいや、うん。行こう、風見」
雄太郎は先程より足早に歩き出した。
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