8 和解、そして……
雄太郎には状況が理解できなかった。
久しぶりに会った友人と物心がつく前からの幼なじみが教室に乗り込んできて、ブチ切れられた上に3階テラスに呼び出される事態。
雄太郎は未だに何故彼女らが怒っているのか理解できていない。(説明もされていない)
二人共面倒なことに突っ込む性質であることは雄太郎も知っている。だが、何が起きたのかはやっぱり分からない。
「す、すいません。なんか、僕のせいで……」
向かいに座るのは、雄太郎がずっと避け続けてきた、風見昴大だ。
「いや、別にお前のせいじゃないし」
初めてまともに交わした言葉だった。
「風見とちづ……土間さんと海月さんって、どういう関係なんだ?」
雄太郎が尋ねると、昴大は気まずそうに俯いた。
「友達です……暁くんは?」
「凪ちゃんは俺の幼なじみだ」
「そうなんですか!?」
顔を上げた昴大と目が合った。
「まあ、腐れ縁みたいなもんだけど。んで、千鶴は塾の友達だったの」
「知らなかった……」
「言わなかったしな」
雄太郎が淡白に答えると、千鶴は雄太郎の目の前で机を右手で叩き、険しい顔で睨みつけて言った。
「で?雄太郎はなんで、ウチらの可愛い昴大くんを無視しちゃってくれたのかな?」
その言葉で全てを察し、血の気が引いた。
「……まさか、千鶴の言ってた姫って風見だったのか!?」
「そうですけどなにか!?」
「姫とか言うからもっと大人しくて可愛らしい女の子かと」
「性別以外は合ってるでしょ?」
「いや知らないし……」
雄太郎よりも驚いていたのは昴大のほうだ。本人も知らなかったらしい。
「僕、姫だったんですか……」
しかも相当落ち込んでいる。自分が昔二人にからかわれナイーブになった時期を思い出し、なんだか彼が同類に見えた。
ふと前を見ると、昴大の背後に立つ凪と目が合った。
「ユウくん、どうしたの?」
「怖いんだよ、凪ちゃんが黙ってると!」
凪は千鶴と違い何も言わないが、視線で圧をかけてくる。そもそも凪はよく口が回るタチなので、爆弾発言がいつ飛んでくるか分からない。
「で、なんで?」
「俺……二人には黙ってたんだけど、幽霊が見えるんだ」
「「え?」」
嘘のような言葉だが真実だ。
「……それ、本当ですか?」
一番驚いていたのは昴大だった。
「視える人間の前で嘘なんてつかない。その時、悪霊に憑かれてる風見を見た」
「確かに昴大はそういう体質だけど、見学へ行ったときはいなかったはずだけど?」
「入学式の時に、見たんだ」
時は入学式の朝に遡る。
雄太郎は、高校に着くなり凪と千鶴を探した。
しかし、全く見つからない。
そこにいたのが、昴大だったのだ。
大量の悪霊に取り憑かれているにも関わらず、平然としているように雄太郎の目には映った。
なんだあいつ、と雄太郎は思った。普通ならば、あれだけの悪霊に憑かれれば倒れていてもおかしくはないのに。
「オマエダケハ……ユルサナイ……」
「コロシテヤル……」
昴大に憑いている悪霊は、確かにそう言った。
雄太郎が知る限り、悪霊に恨まれるのは彼らに何かした場合が多い。だから雄太郎は、昴大を危険人物として認識したのだ。
「……だからって避けるの?」
「俺は凪ちゃんや千鶴と違って自衛策を持ち合わせていないからな!」
雄太郎は仕方ないだろ、と3人に言った。
「僕、千鶴さんと凪に対策法教えてもらったんです」
「ああ、だから一匹もいなかったのか」
そして雄太郎はある結論にたどり着いた。
「……もしかして風見は視えていないのか?」
コクリ、と昴大が静かに頷く。
「だからか……なんか、悪かったな」
「いえ、僕にも原因はありますよ。暁くんから見た僕はきっと、とんでもないことになってたんですよね」
「うん、はっきり言って魑魅魍魎が蠢いていたよ」
思い出すだけで恐ろしい程に、とは言わないでおいた。
「誤解だったなら、これから仲良くしていけば良いじゃないですか。同じ部活ですし」
笑顔で昴大は右手を差し出した。雄太郎はそれに答えて握り返す。
「……やっぱり姫だわ」
「え」
「でしょ?」
何故か千鶴がふんぞり返って言う。
「なんで千鶴が偉そうにしてるの?」
「姫を褒められたからね。嬉しいに決まってる」
「ちょっとこれは……優しすぎるな。心配されるわけだ」
雄太郎は静かにため息をついた。
雄太郎の誤解を無事解いた昴大は、楽しく部活に行っていた。
「風見、タイピング早いよな。なんで?」
「よく触ってるから。慣れだよ」
「俺は今までほぼ授業でしか触ってこなかったから、色々教えてほしい」
虫の良い話だろうけど、と雄太郎は俯きがちに言うが、昴大は理由が分からなかった。
「もちろん。頼ってくれてありがとう」
昴大が微笑むと、雄太郎は気まずそうに顔を逸らした。
最終下校を知らせるチャイムが鳴って、昴大はカバンを背負って教室を出ようとした。
「なぁ、風見」
呼ばれて振り返ると、同じくカバンを背負った雄太郎が立っていた。
「一緒に帰らないか?」
「うん」
並んで歩いていると、雄太郎が尋ねた。
「凪ちゃんって、風見から見たらどんな感じなの?」
「え?」
妙な質問だ、と昴大は思った。どう考えても昴大より雄太郎の方が凪との付き合いが長い。
どう答えるのがいいのか、昴大には皆目見当がつかなかった。
「うーん、今まで出会ったことのない、優しい人かな」
「…………?」
雄太郎の表情は明るくならない。望まれた回答ではないようだった。
「凪ちゃんが、優しい……?」
「優しいよ。元々、悪霊に憑かれて困っていた僕に声をかけてくれたのも凪だし」
「い、いじめられてないか?」
「凪はそんなことしないよ……からかわれたりはするけど、楽しく過ごしてる」
「へえ……」
雄太郎は頷き、昴大に告げた。
「凪ちゃんに悩み相談はしない方がいいよ。特に人間関係」
「……どうして?」
「ヤ◯ザさながらに相手に喧嘩売るから。うちのユウくんに何しとんじゃゴラァ!ってね。怖いよ」
昴大は想像して血の気が引いた。
「もちろん今は多少はマシみたいだけど、俺の時のパターンじゃない限り、千鶴に相談した方が穏便に解決できると思う」
「肝に銘じます……」
昴大はウンウン頷き、胸に手を当てた。
「風見、明日一緒にご飯食べよう」
「明日は……ごめん、凪と千鶴さんと食べる予定で。あ、暁くんも来る?」
「えー……俺睨まれたりしない?」
目をキョロキョロさせながら雄太郎は昴大を見る。
「大丈夫だよ。二人で行こう」
「うん」
大きな交差点に着き、雄太郎が尋ねてきた。
「風見は電車?」
「僕は家、すぐそこ」
「そうか。俺電車だから」
じゃあ、と交差点の奥に見える駅へ行こうとする雄太郎を引き止めた。
「……あの、LIME交換しませんか?」
「いいけど。やり方わかる?」
「この間凪に教えてもらったから」
昴大が二次元コードで出し、雄太郎が読み取る。
「できた。帰ったら何かメッセージ送る」
「うん、バイバイ」
「また明日な」
二人は別の方向へ歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます