6 同級生との不和

 放課後、千鶴は凪に誘われて下校する約束をしていた。昇降口の邪魔にならないところで凪を待つ。


「あ、昴大だ」


 手を振って、気付くかどうか見る。


「こんにちは、千鶴さん」


 昴大は人混みを掻き分け、千鶴の下へやってきた。


「情報処理部、入るんだ?」


 そう尋ねると、何故か照れくさそうに昴大は笑って答えた。


「まだ、決めてないですけど……今のところ、そのつもりです」

「先輩、すっごく優しそうだったもんね。良いなぁ」


 千鶴の目から見た情報処理部の部員は、面倒見が良く後輩をとても可愛がりそうな雰囲気を醸し出していた。


「千鶴さんは中学の時、部活入ってたんですか?」

「入ってたよ。女子バスケのマネージャー」

「マネージャーって大変そうですね」

「超大変。先輩とのトラブルもあったし」


 当時の空気の悪さを思い出しながら話していると、昴大は苦笑いしていた。


「あ、多分女バスが大変だっただけだから。それに、今考えたら辞めれば良かった話だし」

「辞める……」

「そんなことにならないと思うけどね。なんか嫌なこと言ってごめん」


 少し暗い顔になった昴大を宥めると、頷き言った。


「全然気にしないで下さい、参考になりました。ありがとうございます」

「早く行かなくて良いの?情報処理部」

「あっ、行ってきます!」


 昴大は何度もお辞儀しながら立ち去った。


 千鶴は今更ながら、何故昴大が自分に対し少し余所余所しいのか考えていると、肩をポン、と叩かれた。


「お待たせ」


 振り返ると凪が立っていた。


「凪おそーい」

「ごめん、普通にトイレ行ってた」


 二人は足並みを揃えて歩き出す。


「昴大、情報処理部入るのかなぁ」

「それはまだ分かんないね」

「雄太郎にも何部か聞いとく?」


 二人で他愛のない会話を繰り広げ、その日は帰路に着いた。




 昴大は情報処理部の部室を訪れていた。


「失礼します……」


 部室に入ると昨日と今朝会った先輩が立っていた。


「良く来てくれたね!さ、座って」


 先輩は笑顔で昴大を案内し、いくつかある席の内の一つに座らせた。


「経験は?」

「家でたまに、くらいです」

「あ、でもあるんだ。じゃあ、あの先輩達の所に行って。色々教えてくれるから」


 彼女が指した先輩の元に向かう。1人は丸眼鏡の背の低い男子生徒。もう一人は、茶髪の明るい雰囲気の男子生徒だった。


「こんにちはー。良くぞ来てくれた」

「は、初めまして。1年E組の風見昴大です。宜しくお願いします」

「そんなに固くならなくていいよ。他にも1年、来てるから」


 昴大は茶髪の先輩が指す方にいる、赤毛の青年を見た。彼は手慣れた様子でパソコンを操作している。


「風見昴大です。よろしくね」


 昴大の声に振り向くが、何やら顔を顰めると、


「よろしく」


 とだけ答えて作業を続行した。



 昴大は心が折れそうになったが、淡々と渡された課題を熟し……ていなかった。

 自分は知らず知らずの内にこの一瞬で何かしでかしてしまったのか。失礼な物言いだったのか。隣で作業していて、息が詰まりそうになった。


「どう?」

「あっ、いや……」

「終わりました」


 昴大があたふたしている内に、隣の彼は答えた。


 もう、終わったのか……

 彼の方が早くに作業を始めているので、早く終わるのはある意味当然なのだが、昴大はそれだけでも不甲斐ない気持ちになった。


「できてるよ。凄いね」

「これくらい、当然です」


 キビキビとした受け答え。今の昴大に足りないものだ。

 頑張らないと、そう思って集中することにした。

 いざ集中してみると昴大にとっては難しい課題ではなく、すぐに終わらせることができた。


「おっ、終わりました!」

「うん、オッケー。向こうも見る?」


 部室の後ろにある掲示板には、様々な実績が張り出されている。


「すごい……」


 このとき、昴大は決意した。




 次の日の朝、凪は千鶴と共に、昨日と同じように昴大が待っている交差点の信号を渡った。


「おはよう、昴大」

「おはよう凪」


 3人で足並みを揃え、歩き出す。


「僕、情報処理部に入ることにしたんだ」

「おお!おめでとう!」

「楽しかったんだね」


 凪が言うと、昴大は照れくさそうに続けた。


「うん、先輩がとっても優しくて。僕、あそこでなら3年間頑張れると思うんだ」

「良いね。1年は他には?」

「えっと、それは」


 昴大があからさまに言葉を詰まらせて口籠る。


「……どうした?」

「いや、何でもないよ。まだ喋ったことはないけど、1人いた」

「その子も入るのかな?」

「分からないけど、話してみたいな……」


 そう嬉しそうに話す昴大を見て、少し凪は安心した。




 昴大は入部届に必要事項を書き込み、顧問教師に提出するために職員室に来ていた。


「どこにいるか全然分からない……」

「やっ、昴大」

「〜〜!?」


 突然話しかけられ、声にならない声を上げてしまった。

 ばっと振り返ると、ごめん、と謝る千鶴が立っていた。


「どしたの?」

「これを出しに」


 昴大が入部届を千鶴に見せると、彼女は頷いた。


「分かった。先生の名前は?」


 質問の意図が分からない昴大は、思わず首を傾げた。


「ウチが代わりに呼んであげるよ」

「さ、笹木ささき先生です」

「りょーかい」


 千鶴は職員室の扉を躊躇なく開け、言った。


「すみません、1年A組の土間千鶴です。笹木先生いらっしゃいますか?」


 すると、眼鏡の高身長な男性が出てきた。


「この子が入部届を出したいそうです」

「ああ、成る程」

「これから、宜しくお願いします!」


 昴大がペコリと頭を下げると、笹木は笑って答えた。


「うん、よろしくね」


 笹木が職員室に戻ると、千鶴は笑顔で昴大の肩を叩いた。


「良かったね、ちゃんと出せて」

「ありがとうございます、千鶴さんのお陰で出せました。僕一人だと、今日中に出せたかも怪しいです……」

「そんな大げさな」


 千鶴はそう言うが、本当にその通りなのだ。昴大が一人でいるといつ勇気が出るか分からない。


「ウチ、担任に用があるんだった」

「僕は教室に戻ります。じゃあ、また。ありがとうございました」


 昴大は教室に真っ直ぐ戻った。




 千鶴は学級委員の仕事としてホームルームに使う物が入ったバッグを担任教諭から渡され、教室に戻っていた。


「あ、」


 千鶴が声を上げると、視線の先にいた赤毛の少年、あかつき雄太郎ゆうたろうは振り返った。


「千鶴」

「雄太郎も久しぶり。どした?」

「笹木先生探してて」


 先程も聞いた名に、千鶴は反応した。


「え、雄太郎も怖くて職員室入れないの?」

「俺“も”?」

「友達も笹木先生に入部届出したいからって職員室の前でウズウズしてたから。雄太郎も情報処理?」

「まだ入るとは決めてないけど……聞き損ねたことがあったから、聞こうと思って。先輩はクラス分からんし」


 状況を理解した千鶴が頷くと、雄太郎は尋ねた。


「友達って?」

「凪のクラスメート。大人しくて優しくて、可愛い。守ってあげたいタイプ」

「姫か」

「そう、姫!プリンセス!」


 ふーん、と言いたげに雄太郎が頷くので、千鶴は続けた。


「今度雄太郎にも、ウチらの姫を紹介してあげよう」


 そう言って千鶴は雄太郎と別れ、教室に戻った。




 凪は帰り道、千鶴の話を聞いていた。


「雄太郎も情報処理部入るかも」

「それは面白いことになりそうだね」

「で、雄太郎は何組なの?聞くの忘れた」

「ユウくんはK組。特進科のエリートだとよ」


 凪が答えると、千鶴は楽しそうに言った。


「雄太郎は元気だったよ」

「そうか……からかい甲斐がなくなったな」

「からかうな」


 凪はそれを軽く流し、話題を変えた。




 昴大が正式に入部し、月曜日に初めての部活があった。


「改めて情報処理部にいらっしゃい。困ったことがあったら何でも言ってね」

「こいつらにいじめられたらいつでも相談乗るから」

「ありがとうございます、これから宜しくお願いします」


 赤毛の彼も入部したのか、先輩と話している。


「ね、ねぇ。これから宜しくね」


 まるで昴大の声が聞こえていないかのように、見事に無視された。


 しかし昴大は、諦める気は無かった。自分が彼より頑張れば、もしかしたら声をかけてくるかもしれない。


「よしっ」


 彼よりも早く課題を済ませ、積極的に先輩にも話しかけに行った。

 だが彼は、昴大に話しかけることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る