Case2 怪しむ少年
5 爽やかな朝
凪はいつも、けたたましい携帯のアラーム音で7時に目を覚ます。
「うう……」
低い呻き声を上げながら何とか身体を起こし、目を擦りながらカーテンを開ける。
凪はベッドから降りると、部屋から出て一階へ降り、いつものルーティンを行う。
顔を洗い、自分の八枚切りの食パン一枚と牛乳を用意して朝食を摂る。
歯を磨き、自室へ戻り制服に着替えて、身だしなみを整えるとカバンを持って再び一階に降りる。
台所には、現在大学二年生の兄、治が作った弁当がある。それをカバンに入れて玄関へ向かう。
呼び鈴が聞こえる。千鶴が来たようだ。
「ちょっと待って!」
玄関の扉を開き、外を見ると水色の自転車に乗った千鶴が待っている。
「早く行くよ、昴大が待ってる」
「そうだった」
凪はすっかり失念していたが、昨日昴大と千鶴と三人でグループLINEを作り、今日一緒に学校へ行く約束をしていたのだ。
戸締まりをすると凪は外に出て、急ぎ足で出発した。
「昨日LINEで言ったこと、覚えてる?」
「昴大の体質のこと?分かってる」
「ならいい」
千鶴は思い出したように言った。
「雄太郎って何組?」
「全く聞いてなかった」
「ウチも。本人に聞く?」
「じゃあこっちで聞いとくから、返事来たら教える」
「ありがとー」
比較的人通りの多いT字路。その信号機の下で昴大は待っていた。
彼は辺りをしきりに見回し、落ち着かない様子で二人を待っているようだ。
信号が青になると、千鶴が大きな声で昴大を呼ぶ。
「昴大!」
その声に気がついた昴大は、小さく手を振って返事をした。
「おはよう、昴大」
「凪、千鶴さん。おはようございます」
昴大が軽く会釈をすると三人で学校に向かい歩き出した。
「昴大、キョロキョロし過ぎ。心配してた?」
「違うんです、あの、実感が無くて」
「頬を抓って確認しなかった?」
凪は自分の頬を抓って昴大に見せた。
「何回もした……けど。おかげで今、右頬が痛い」
「そんなにやったの?」
千鶴が昴大の右頬を覗き込む。
「うわ、痛そう。真っ赤っ赤だ」
「心配しなくてもここは現実だから、もう頬を抓るのはやめよう」
「はい……」
昴大は赤くなった頬を擦りながら反省したように言った。
「分かれば宜しい」
歩いていくと、校門が見えた。校門の奥には部活勧誘をする先輩らの姿がちらほらあった。
「二人は部活、入るんですか?」
「うーん、今の所は全然。まあ、誘われたら見学行ってみようかな」
「ウチも凪が入るならってくらいかな。昴大は?」
「僕は、貰ったパンフレットを読んで、情報処理部に入ろうかなと」
嬉しそうにする昴大の手にはしっかりと情報処理部のパンフレットが握られていた。
「いいね。パソコン使えるのかっこいい」
「二人もどうですか?情報処理部」
昴大は凪たち二人にパンフレットを見せながら言う。
「考えとくけど、千鶴はどうする?」
「いや……うん」
あからさまに目を逸らす千鶴。
「千鶴さん、どうかしたんですか?」
「千鶴はパソコンクラッシャーだからなぁ」
「……え」
昴大が千鶴を見ると、千鶴は叫んだ。
「だって何もしてないのに急に壊れるんだ……ウチは悪くない……」
「何も無かったら壊れないよ……」
「昴大はパソコン得意ってこと?」
凪は確信を持って尋ねたつもりだったのだが、肝心の昴大は首を傾げる。
「うーん、得意というか、家でもよく使ってるだけ。でも僕、経済学志望だから本格的にExcelとか使えるようになりたい」
「感心するなぁ。そういう風には全然考えてなかったわ」
そう話している内に学校に着き、部活勧誘をしている生徒に三人は声をかけられた。
「昨日の辛気臭い一年生か。二人は友達?」
「えーと、」
昴大が言葉を詰らせている内に千鶴は喋り出した。
「そうです!」
「友達ですよ」
続いて凪も言うので、昴大ははっきりと肯定した。
「はい、僕の友達です」
「……昨日に比べて良い笑顔になったね。二人も情報処理部にどう?」
先輩が二人にパンフレットを手渡し、話し出した。
「情報処理部は部員数こそ少ないけれど、優しい顧問と面白い先輩もいるし、何よりパソコンを使い慣れていない人にも1から丁寧に教えている。実績もそれなりにあるし、一度見に来て欲しいなぁ」
「成る程。長期休暇中の部活はどのくらい入りますか?」
凪が真剣に質問すると、先輩は笑顔で答えた。
「週に2回くらい。盆休みはもちろんあるし、半日だよ」
「実績というのは?」
「P検取得や就職、進学のこと。詳しくは部室に来たらいいよ」
凪は頷きながらメモを取る。
「凪ー、そろそろ行こう」
「うん。ありがとうございました」
凪は先輩に一礼をして、昴大を見た。
「また、部室に伺います」
「堅いよ。でも来てね」
昴大はお辞儀をして、凪のもとへ走ってきた。
校舎に入り、3階の教室に向かう。
「初対面でよくあんなに話せるなぁ……凄い」
昴大が羨ましそうに言うので、凪はあっけらかんに言った。
「気になったから聞いただけだよ?」
「でも……」
「はい、これ」
凪はメモ帳から先程情報処理部について記したページを千切り、昴大に手渡した。
「あげる」
「いや、でもこれ、凪がメモしたのに」
「内容は覚えたから大丈夫。参考にして」
昴大は内容を一通り確認すると、紙を四つ折りにして胸ポケットにしまった。
「ありがとう、凪」
凪と昴大は自分たちの教室へ向かった。
昴大は、パンフレットと凪から渡されたメモ書きを見て、唸っていた。
「昴大、大丈夫か?さっきから唸ってるけど」
「僕、部活入ったことないから……ちょっと不安で……」
人付き合い自体が得意ではない昴大にとって、部活の見学すらもかなりハードルが高い。
「関係ないない。とりあえず行ってみれば良いんだよそういうのは」
「凪は中学の時、部活に入ってた?」
「……どうだっけ?」
凪は首を傾げる。
「えっ?」
「体験入部はめっちゃ行ったよ。でも正式に入部したかどうかは覚えてない」
「……凪はどのくらい体験入部行った?」
「中学にあった部活は全部行った。でも入部届を出した覚えは全くない」
あまりにもさっぱりと言い切る凪に、昴大は思わず突っ込んだ。
「そんなことあるの?」
「あるんじゃない?私、結構いい加減なんだよね」
凪は続けた。
「で、見学については行くに越したことはないよ。その方が楽しいし」
「……じゃあ、行ってみようかな。今日の放課後も空いてるみたい」
「行ってらっしゃい」
凪は手を振り、昴大を見送った。
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