4 防衛策(2)
凪は右手を伸ばし千鶴を追おうとするが、止めても無駄だと思い、伸ばした手を下ろした。仕方無い、とぼやいて頭を左手でむしると昴大に冷静に告げた。
「昴大はここで待ってて」
「え、でもこれ、僕のせいじゃ」
「ちょっと何とかしてくるわ」
凪はぽかんとする昴大をベンチに置き去りにし、神社の奥へ走っていった。凪は知っている。千鶴が暴走するとロクなことにならないと。
それは当然、霊能力と行動両方の意味を持つ。
「面倒くさいことになる前に呼びますか」
凪に置いて行かれた昴大は、不安を抱えたままベンチに座っていた。
「絶対僕のせいだ……」
昴大の脳裏には嫌な記憶ばかりよぎる。
昔から自分の周囲では嫌なことがよく起こる。せっかくできそうになった友人をそれで逃したことも多い。
「な、何かできないか?」
昴大は立ち上がり、千鶴の後を追った。
凪はとある人物を呼び、ベンチで待つ昴大を安心させる為に戻ってきた。
「……昴大?」
しかしそこには昴大はおらず、三人分のカバンと一箱の段ボールが残されていた。
「昴大は……意外とバカ?」
凪は走る。行き先は当然、二人がいる鳥居だ。
昴大は鳥居につくと、自分が出せる最大限の声で叫んだ。
「千鶴さん!!」
「昴大!?離れてて!」
「でも……」
昴大は言いかけたが、やめた。
何故なら千鶴はとてつもない集中力で”何か”をしようとしていたからだ。
次第に、身の毛がよだつような感覚が昴大を包んだ。
千鶴はここで決める気であった。
霊能力者としては自分が霊力のコントロールが未熟で半人前であることは当然千鶴は自覚している。
それでも、困っている昴大に付き纏う悪霊が二度と彼に害を及ぼさないよう浄化したいと思ったのだ。
霊力がどんどん千鶴の手に収束されていく。
「よし、」
「何をしている、千鶴」
後ろから突然肩を叩かれ、千鶴の霊力は一気に霧散した。
「パ、パパ!?」
現れたのは千鶴の父親、貴博だった。
「浄化なら俺がする。祓い給え、清め給え、穢れたその魂、今幽世に還す……」
たちまちおぞましいオーラを放った悪霊が、貴博の霊力によって浄化された。
「そこの君は何者だ」
貴博がギロリと昴大を睨む。とても目つきの悪い貴博に昴大は萎縮して俯いてしまった。
「え、あの、僕は……」
「パパやめて。凪、説明してよ!」
千鶴が叫ぶと、凪は草むらから出てきた。
凪は頭に付いた葉や小枝を払い、舌を少しだけ出して言った。
「バレたか」
「パパのこと呼んだの凪でしょ」
「うん。そうだよ。貴博さん、彼は私のクラスメートでちょっと悪霊に好かれる体質みたいで、私達で何とかしようとしていたんです」
凪から説明を受けた貴博は、納得したように微笑んだ。
「なるほど、そういうことか」
「な、凪さんの言う通りです。僕は風見昴大と言います」
これ以上無いくらい頭を下げる昴大を見て、貴博の態度は柔らかくなった。
「そうか……なら早く言ってくれれば良かったものを」
貴博は昴大の肩に腕を回し、背中をバシバシと叩いた。
「パパは自分の見た目の怖さ分かって無さすぎ。言える訳ないじゃん」
「なっ……!そんなに怖いか!?」
目を見開いてあからさまにショックを受ける貴博。
「怖い。私ずっと、『千鶴ちゃんのパパって何だか怖いね』って言われ続けて来たんだから!!」
「そんな馬鹿な!凪さん、君もそうなのか?」
貴博が救いを求めるように凪を見るが、凪は逃げるようにサッと目を逸らした。
それを見て昴大はしきりに笑い出した。
「あはっ、あぁ、もう駄目だ、我慢できない」
貴博はかなり驚いた表情で昴大を見ている。
「笑い過ぎてお腹が痛い……」
「なんだこの青年は。ツボが浅すぎやしないか」
「……言わないようにしてたのに」
凪が苦笑いで言った。
昴大がある程度落ち着くと、貴博は尋ねた。
「彼の体質をどうやって何とかするつもりだったんだ?」
「こっち来て!」
千鶴は三人をベンチまで案内し、箱を見せた。
「これで」
「……はぁ」
貴博は箱の一つ一つを見分し、千鶴から箱を取り上げた。
「風見くん……だったか?」
「はい……」
貴博は箱を昴大に手渡した。
「全部持って帰りなさい」
「えっ?」
「いいから、貰ってくれ」
貴博は戸惑う昴大のカバンに、次々と箱の中の物を移していく。
「パパそんなことしたらママに怒られるよ」
「俺が説明するから心配いらないさ。あと、うちの神社はこんなに困ってる高校生から金を取るほど野暮じゃない」
「あ、ありがとうございます!」
昴大が頭を下げると、貴博は言った。
「後で娘から使い方を聞いてくれ。風見くん」
貴博は微笑んで、続けた。
「娘と凪さんをよろしく頼むよ。少し向こう見ずな子たちだから」
「わ、分かりました……」
昴大の返事を聞くと満足そうに神社の奥へ戻る。
「それと」
貴博は振り返った。
「凪さんと風見くんは帰りなさい。いい時間だ」
「はーい!」
貴博の姿が見えなくなると、凪は言った。
「じゃ、貴博さんの言う通り私達は帰るから。そうだ、連絡先交換しようか」
「それもそうだ」
三人はスマホを取り出す。
「はい、これで交換完了」
「昴大は家近い?」
「学校から5分位ですね。多分ここからもそんなに時間はかからないと思う」
「凪、ちゃんと送ってあげるんだよ」
「分かってる。行こうか、昴大」
千鶴は道まで二人を見送る。
「バイバイ、また明日!」
凪は昴大と共に、夕焼け空の下、帰路についていた。
「どう?来て良かったでしょ」
「うん」
俯きがちに頷く昴大。口角が上がっているのが凪にも分かった。
よく見ると、昴大は凪より少しだけ目線が高いようだ。神社に行くまではずっと猫背だったので全く気がつかなかった。
「なんか昴大、随分と元気そうだ。昨日の朝とは大違い」
「人生が変わったからだろうなぁ。凪と千鶴さんのおかげだよ」
穏やかに微笑む彼の表情を見て凪は心から、入学式のあの時声を掛けて良かったと思った。
気がつくと、凪の家の前に着いていた。
「あ、家ここだ」
「じゃあ僕はこれで。本当に、重ね重ねありがとう。この恩は返しても返しきれない」
「じゃあ別に返さなくていい。明日からもよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします!」
昴大は凪に頭を下げる。
「気をつけて帰るんだよ。迷子にならないように」
「はーい」
凪は昴大の姿が見えなくなるまで見送った。
その背には霊は全く見えない。
「……!」
……あの姿、何処かで見たことがあるような。
凪は強烈な違和感を覚えたが、気の所為ということにした。
昴大は家に帰り、カバンを開く。
「本当に沢山入ってるな……」
一つ一つ丁寧に中身を取り出し、確認する。
「感謝だな、千鶴さんのお父さんにも」
昴大の身体が軽いのは、きっと悪霊がいなくなったからだけではないだろう。
この日は昴大にとって、人生の岐路となる日となった。
千鶴は晩飯の時間、貴博に尋ねた。
「なんで、あんなに気前良く渡したの?」
それからマズった、という顔をする千鶴に、母の千景は笑った。
「知ってるわよ。風見くんの件」
「知ってて許してくれたんだ。母さんも、気になることがあったみたいで」
「気になること?」
千鶴が首を傾げると、千景は細い目を更に細めて言った。
「風見くんって子、なんだか変よ。それだけの霊に取り憑かれてて、憑依されていないのは。別に悪いとは思わないけど、千鶴、彼の事良く見てあげて」
「分かった、ちゃんと見ておく。凪にも言った方がいい?」
「そうねぇ。何かあったらすぐうちに連れてくるのよ」
千景の表情は柔らかくなり、さあ、食べましょ、とだんらんに戻った。
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