3 防衛策(1)

 昴大は、非常に困惑していた。


 昴大の16年間の人生では、あまりに非現実的な状況だったからだ。

 入学して2日目で二人の女子と話し、放課後に約束を取り付け、この体質までなんとかなるというのだから。

 もちろん彼女らの言葉を疑っている訳では無い。自分を、目の前の光景を疑っているのだ。


「昴大は何か部活に入ろうか考えてる?」

「は、えっ?」


 うわの空でつい間抜けな声を出してしまい、苦笑いで誤魔化す。


「部活動。昴大は入るの?」

「今のところは何も……パンフレットは貰いましたけど……」


 会話が続かず、気まずさを抱えたまま学校を出た。


「昴大は神社に行ったことは?」

「数年前には……初詣で、大きな所に」

「あー、なるほど。私は千鶴関連でしか行かない。初詣も千鶴の所だけ」


 凪は少し先にある、木が生い茂った場所を指して言った。


「あそこ、千鶴の所の神社」

「思ってたより近い……」

「大体15分くらいかな?ちなみに千鶴の家はさらに10分はかかる」


 神社と家の場所は離れてるのか、と思いつつ昴大は凪に続いて石段を上がった。




 千鶴は大きく手を振って、二人を呼ぶ。


「おー、こっちこっち!」

「では、今から通販を行います」

「通販は通信販売の略だからこの場合路上販売では?」

「ちょっと凪は黙って。説明するから、そこ座ってね」


 昴大と凪は千鶴に言われると神社のベンチに座った。


「こんなところにベンチあったっけ?」

「細かいことは置いといて、まず昴大の体質改善について」


 昴大と凪がカバンを横に置いたことを確認してから、千鶴は話し出した。


「はい」

「残念だけど、ウチら二人じゃ多分無理だ」

「え」


 昴大が落胆したように言う。でも、と千鶴は続けた。


「霊に好かれる体質はプロにしっかりお清めか祈祷してもらわないと治らない。プロに頼んでも無理かも」

「そんな……」

「例えるなら、人間と蚊がいる限り、人間が蚊に噛まれるのは当たり前みたいな」

「うまい」


 昴大もその例えである程度は理解することができたのか、しきりに頷いている。千鶴は屈み、足元のダンボール箱を漁る。


「んで、凪の例えに則るなら、今回昴大に紹介するのは虫よけスプレーとか蚊取り線香みたいなものだね」

「悪霊が嫌うものってこと?」

「そう、今から順番に紹介します」


 千鶴は箱から、一つのしめ縄を取り出した。


「あ、それ」

「そう、これは」

「去年全く売れなかったバカ高いしめ縄!」


 凪が空気を読まずに叫んだ。


「本当に凪は黙ってて!」


 ふう、と一息つくと千鶴は説明を始めた。 


「これは魔除け用のしめ縄。強力な効果があって、家に飾っておけば流石に昴大に取り憑く悪霊もみんな離れていくはず」


 自信を持って千鶴に対し、昴大は恐る恐る尋ねる。


「じゃあ何で売れなかったんですか……?」

「まあ、高すぎるからだね」

「ちなみにお値段は……?」

「七千円」


 昴大はカバンから黒革の長財布を取り出し、中身を確認する。


「ダメだ、足りない」

「昴大はもしかして払う気だった……?」


 黙って頷く昴大に、二人して呆れ返った。


「お金取る訳ないじゃん……」

「どうせ千鶴はしめ縄が売れないからここぞとばかりに昴大に押し付けよう、なんて考えてたんでしょ?」

「な、なんで分かったの?」


 あからさまに狼狽える千鶴に、凪はやっぱり、と笑って言った。


「千鶴の考えることなんてお見通しですよ」

「ぶふっ」


 思い切り吹き出す声がして凪と千鶴が昴大を見た。


「なんかウケてる」

「これそんな面白いか?」

「分かんない」


 二人が顔を見合わせていると昴大は震える声で謝った。


「ごめんなさい、馬鹿にしているつもりは……ただ羨ましくて」

「羨ましい?」


 千鶴が首を傾げると、昴大は暗い表情で語り出した。


「僕、今までずっと友達いないんですよね……僕といたらその人も体調が悪くなって、いじめられたこともありました」

「それは昴大に取り憑く悪霊のせいだ」

「だから二人が仲睦まじくしているのを見て、なんだか良いなぁ、と」


 微笑んで二人を見る昴大に、凪は口を開いた。


「じゃあなおさら、何とかしないと。そして高校では今まで作れなかった分まで友達作ろう。私達もう友達でしょ?」


 千鶴もウンウン、と首を縦に振ると凪に続けた。


「そうだね。ウチらで、昴大が安心して友達を作れるようにサポートしよう。昴大、このしめ縄はあげる。カバンに入るかなぁ?」

「入ると思います。今日持ってきた教科書は全部置いてきたので」

「早速置き勉?」


 カバンの中を開きながら昴大は言った。


「今日の内容は昨日予習したから……それに、もうここ来るって決まってたし」

「じゃあここに入れましょう」

「でも七千円もするんですよね?神社に不利益が出るんじゃ……」


 昴大が心配そうに尋ねるが、あっけらかんとした表情で千鶴は言う。


「全然大したことないよ。基本神社で売ってるものってぼったくりだから」

「神社の娘のセリフとは思えない……」

「はい次はこれ!」


 都合の悪い凪の言葉を千鶴は誤魔化す。


「御守り。昴大にあげたやつとは違うよ」

「高い方ね」

「これはお金を取る。人気過ぎるから」

「ちなみにこれは……?」

「八百円」


 それを聞くなり昴大は財布から五百円玉一枚と百円玉三枚を取り出し、千鶴に渡す。


「将来騙されそう……」

「騙すんですか!?」


 昴大は驚愕して凪を見る。


「マルチ商法とか引っかかるわ、絶対」

「千鶴さんまで」

「いやウチらは騙さないから。はいこれ」


 千鶴は大きな御守りを昴大に手渡す。


「ありがとうございます」

「……ねぇ」


 千鶴は背筋が凍るような寒気を覚え、思わず昴大に尋ねた。


「昴大って何者なの?」

「……千鶴?」

「悪霊が……神社の結界を破って入ってきてる」


 とびきり深刻な表情で千鶴が声を何とか絞り出した。


「え!?」


 飛び上がるように立ち上がったのは凪。


「ちょっと!千鶴!」


 千鶴は凪の叫びを無視して鳥居に走った。

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