2 引き寄せ体質の少年
千鶴は無事に入学式を終え、母親に親友と帰る旨を話した。
「分かった。昼ごはんは?」
「凪と食べるからいらない。じゃ、5時までには帰るから!」
母親から離れようとすると、凪がやってきた。
「千鶴、お待たせ」
彼女は小走りでこちらへ向かってくる。
「凪お疲れ様ー。行こう」
「うん」
千鶴が歩き出そうとすると、凪は母親の前で立ち止まり、軽く会釈した。
「
「凪は一体どこ目線で言ってるの」
凪がおかしなことを言うので千鶴は思わずツッコミを入れるが、見事にスルーされる。
「ありがとう、凪ちゃんもおめでとう。これからも千鶴をよろしくね」
「いえいえこちらこそ」
「行くよ凪。お母さん、じゃあね」
母親に別れを告げた千鶴と凪は校門を出て、歩き出した。
「
「生徒に優しくないよな」
頷きながら愚痴を聞いてくれる凪。
「特に校長の話が長い。入学説明会で聞いたっての」
「自分が言ったことすぐ忘れるんだよ、年寄りだから」
「はっきり言った」
突然凪が話題を変えた。
「千鶴ごめん。千鶴に貰った御守り、人にあげちゃった」
「ウチの神社のだよね……なんかあったの?」
自分が贈ったものを親友が人に渡した。普通なら何か言うのだろうが、千鶴はちゃんと理由を尋ねた。
「エグいぐらい幽霊に取り憑かれてて。しかも良くないヤツばっかり。だから医務室にブチ込んでその時こっそりポケットに入れた」
言葉遣いはすこぶる悪いが、凪は人助けの為に御守りを渡したのだろう。
「それはあげたって言わない。押し付けたの」
「だって彼、全身に幽霊が絡まってたから。多分半分くらいは離れたと思うよ?」
「あげて正解。その為に御守りにしてあるんだから。流石ウチの親友」
千鶴が褒めても凪の表情は明るくならない。余程引き寄せ体質(仮)の彼が心配らしい。
「ここで食べよ」
凪が立ち止まったのはファストフード店の前だった。千鶴が頷くと、凪は迷わず店舗に入った。
「すいません、チーズハンバーガー2つ下さい。ドリンクはコーラで」
「お会計540円になります」
凪は当たり前のように財布から二人分の食事代を出した。
「え、凪。ウチが払うから」
「相談料ということで」
「はいはい分かったよ」
相談料と言われ、千鶴は直ぐに凪の真剣さを察した。今日は大人しく奢られることにした。
その間に千鶴は席を取る。しばらくして、凪が座った。
「彼のこと、一回千鶴が視てあげてくれないでしょうか?ちょっとアレは酷いから、専門家にお願いしたい」
「ウチは専門家じゃないけど?まだ見習い。能力もコントロールできないし」
「でも千景さん達に視てもらうのはお金がかかるじゃない?ちょっとで良いからさ、頼むよ」
凪が言う事も最もであった。千鶴は神社の娘で、両親は神主と霊能力者。プロに頼むのだから当然金銭が発生する。特に千鶴の神社は経営難のため、気軽に無料で仕事を依頼できない。
「あ、あったあった」
千鶴が考えている間に凪はスマホを取り出し何かを探していたようだった。
「これこれ、ほらこの端っこの方」
「この子?うーわ」
普通の人間には何の変哲も無い、ただの初々しい集合写真。
しかし千鶴の目にははっきりと、凪が指した少年にベッタリと纏わり付く悪霊達が見えた。
「これ、御守り渡した後?」
「後」
「ひぇー」
思わず間抜けな声が出る位、千鶴は仰天した。
「こんなのいたら式の時に気付くけどな」
「式前に医務室放り込んだから、千鶴が気付かないのも無理はない。どう?神社の娘的にコレは」
彼は稀に見る引き寄せ体質だ。しかも親友、凪のクラスメートときた。心配せずにはいられない。
「……ちょっと、本人から話聞こうか」
昴大は家に帰ると、次の日から始まる全日授業に備え準備をしていた。
制服のシワを丁寧に伸ばし、整える。
「……?」
ポケットに違和感を覚え手を入れると、朱色と黄金色の糸をベースにした御守りが入っていた。
「何だこれ……いつの間に」
今日一日の記憶を辿るが、心当たりはない。
「明日聞いてみようかな……」
昴大は凪のことを思い浮かべながら、御守りを通学カバンにしまった。
入学式の次の日の朝、凪は昴大の登校を待っていた。
「お、」
おはようと言う前に昴大の方が先に気付いたようで、軽く会釈をしながら凪の前に現れた。
「おはよう、海月さん」
「風見くん、今日は体調良さそうだね。家でゆっくり休んだ?」
「うん」
凪は昴大の身体に纏わり付いている霊の数が昨日よりも減っていることに気付いた。
恐らく御守りは持ったままだと推測する。
「そうだ、」
昴大は自分の席にカバンを置き、何かを探す。そして凪の机の上に御守りを置いた。
「これ、知らないかな。僕のポケットに入ってたんだ」
表情を
「御守りみたいだけど……」
「御守りだよ、ポケットの中に入れておくと良い」
「やっぱりこれ、海月さんのなの?」
昴大は尋ねた。凪は腹をくくる。
「……風見くんは私の言う事、信用する?」
「それは分からない、けど」
戸惑いと不信感が混ざったような、緊張した声色。
昴大の言葉を待つ。
「僕を医務室に運んでくれた海月さんのことを疑ったりしないよ」
「……分かった」
凪は息を吸って、昴大に用を簡潔に告げた。
「親友に会ってくれない?」
昼休み、千鶴は凪に例の彼と会ってほしいと言われ四人がけのテラス席で昼食を片手に待っていた。
「お待たせ千鶴」
凪の後ろに、凪より少し身体の大きい男子生徒が隠れているのが見えた。
「待ったよ」
千鶴が言うと、隠れていた彼は顔を少し覗かせ、申し訳無さそうにした。
「すみません、僕が用意遅かったんです」
「ああ違うよ!君のせいじゃないから気にしないで」
そう言っても気まずそうに、こちらと目を合わせないようにする彼は、集合写真に幸せそうに写っていた人物とはまるで別人のようだった。
挙動不審、という言葉が今の彼には最も似合うだろう。
「ちょ、大丈夫そ?」
「あ、大丈夫です……気にしないでください」
「まあ座りましょ」
凪に案内され、彼は千鶴の前に座る。
「初めまして、1年A組の土間千鶴。よろ」
「風見……昴大です。1年E組で、この……海月さんと同じクラスの」
「昴大くんね、よろしく」
昴大は驚いたように千鶴を見た。
「やっと目、合った」
そう千鶴が呟くと、昴大はまた申し訳なさそうに謝った。
「すいません、ずっと目、合わせないで。土間さん」
「謝らなくていいよ。千鶴でいいから」
「じゃ、じゃあ千鶴さん」
遠慮がちに昴大が言うと、千鶴は満足して凪を見た。
「凪も昴大って呼んだら?昴大も凪って呼んでさ」
「私は構わないけど、昴大」
「……凪」
昴大が照れくさそうに笑い、微妙な空気が生まれる。
千鶴は気持ちをほぐすために言ったつもりだが、余計に気まずくなったようだ。
「本題にそろそろ入ってもよろしいか?」
「昼ごはん食べながら聞く」
3人で弁当を広げている間に凪は話し出した。
「千鶴には昨日話したけど、まず昴大の体調不良について」
「僕、何か……?」
心配そうに凪の顔を見つめる昴大に、凪は容赦無く告げた。
「実は私たちは幽霊が視えます」
「……え?幽霊?」
昴大の表情が一気に呆けたものに変わったのを知ってか知らずか、話を続ける凪。
「君にはソレが大量に張り付いてて、しかも悪性のヤツばかりが。そのせいで苦しんでいたと思われる。だから昨日の帰り、千鶴に相談したの」
「ちょ、ちょっと待って。何で僕に?それに、僕の体調不良は生まれつきで……」
「生まれつきだったんだろうね。妙に悪霊に好かれる人間が、たまにいるんだ」
まあ実際に感じてもらった方が早そう、と凪は弁当を脇に置くと立ち上がって昴大の背後に立った。
”視える”と言っても凪と千鶴ではわけが違う。
凪はそこに"いる"ことしか分からず、そのくせに物理干渉ができる。
千鶴ははっきり、霊のオーラまで見える。しかし千鶴は霊に触れることができない。
凪は昴大に纏わり付くおぞましいオーラを放った悪霊達を次々と取り除く。
扱い的には剥がす、と言った方が正しいかもしれない。
「凪……いつも思うけど、よくそんな奴ら素手で
「自分でも変な感覚。霊だから重さも何も無いのに、なぜか触れるんだから」
そう言いながらポイポイと霊を掴んでは投げる凪。千鶴にとっては見えない人間よりも異様な光景であった。
「ほい、これであらかたは取れた」
「……?」
昴大は軽く立ち上がり、身体を動かす。すぐに歓喜したように言った。
「自分の身体じゃないみたいに軽い!これ、どんな手品ですか?」
「手品じゃないよ。やっぱり信じらんない?」
千鶴の言葉に昴大は俯く。
「昨日高校に着いたとき、ものすごく身体が重くて辛かった。凪が来た途端になんだか軽くなって、何とか持ちこたえられた。その後も、凪と話すたび楽になった」
それって、と昴大は顔を上げて尋ねた。
「さっきみたいに、僕に憑いていた悪霊?を何とかしてくれたって、ことですか?」
「そうだよ」
凪は穏やかな笑顔で続ける。千鶴は口添えしようかと迷ったが、見届けることにした。
「ちなみに、昴大が朝に言ってた御守りは千鶴の家の神社のものなんだ。昨日、こっそりポケットに忍ばせておいた」
「千鶴さんって、神社の娘なんですか……?」
昴大はポケットに入れていた御守りを取り出してから、千鶴を見た。
「役に立ってるなら良かったー。それはそのままあげる」
「あ、ありがとうございます……」
昴大は御守りを胸ポケットにしまって、尋ねた。
「僕の体調不良がその悪霊のせいなら、何とかなるってことですか……?」
恐る恐る尋ねる昴大に、凪が言った。
「体調不良はどうにかなる。もし放課後、暇なら来ない?」
「来るって、どこに」
「千鶴のところの神社」
凪はいつも勝手に事を進めるが、今回は千鶴も放ってはおけない。
「千鶴さんは良いんですか?こんな、今日知り合ったばかりの男を」
「なんで駄目なんだかが分からないなぁ。別に自分の部屋に上げる訳でもないし、現に昴大は困ってるでしょう?」
千鶴が昴大を見つめると、そうですね、と遠慮がちに答えた。
「今よりは絶対楽になる。どう?来る?」
刹那、思考。
「……行きます」
「おお、信じてくれたんだ」
「しっ、信じますよ!」
昴大が声を張り上げるので、千鶴と凪は軽く後ろに仰け反った。
「……これは、これだけは、何とかしたかったので」
「じゃあ行こうか、放課後、多分先にウチが着くから、昴大は凪が連れてってね」
「はいはい」
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