第3話 高校2年

            ――― 小百合 ―――

 

 高校二年になると、国立大学への進学を希望していた正臣は男子クラスになった。由美は女子クラスになった。そしてそのクラスには、近美小百合も配属されていた。さらにその二人は、学生委員も同じ保健委員だった。

 

 正臣は由美とはすでに友達になっていたが、小百合とは話をしたことがなかった。

 学校で気兼ねなく二人に会うために、正臣は学生委員を決めるクラス会議で、彼女達と同じ保健委員に立候補した。

 

 狙い通りに保健委員になった正臣は、由美と小百合の性格が真反対であることを知った。

 由美は下町娘に多い竹を割ったような性格で、小百合は深窓しんそうの令嬢らしい箱入り娘で、ぶりっ子であった。

 また、由美は気が強くて負けず嫌いで、小百合は優柔不断で、人の意見に流される傾向があった。

 


 高校二年の秋の修学旅行で、若松東高は関東に行った。

 当時の公立高校の修学旅行は寝台列車ではなく、夜行の貸し切り列車であった。席は四人掛けの普通席だったが、どうせ寝ないので、それで十分だった。

 

 修学旅行の見学コースは、芦ノ湖と富士山五合目までのバス旅行、そして東京見物と日光東照宮というお決まりのコースだった。

 

 芦ノ湖で正臣は、お土産の「まりも」を買った。

 「まりも」は阿寒湖だけにしかないと思っていたが、芦ノ湖にもあると知って正臣は驚いた。

「河村君、お土産、何を買ったの?」

 正臣が持っているビニール袋を見て、由美が聞いた。

「まりも」

 と正臣が答えると、今度は小百合が、

「それは養殖したものよ。完全な球体の「まりも」は、阿寒湖にしかできないのよ」

 何とも冷静な意見だった。そして小百合は次のように続けた。

「それより私、摩周湖に行きたい。摩周湖は、いつも霧に覆われているっていう話だけど、私は晴れた日の摩周湖が見てみたいわ」

 それを聞いて正臣は、

(いつか小百合と一緒に摩周湖に行きたいな)

 と思った。

 

 東京での自由時間の夜、正臣は友達の永井と川口の二人と行動を共にした。

 小百合は明治大学にいるお兄さんに会って、一緒に夕食を食べると言っていた。

 由美は、人形劇部の友達と一緒にグループサウンズを聞きに行くと言っていた。

 正臣が一番感心した自由時間の過ごし方は、同じクラスの林田の行動であった。

 それは、出来るだけお金を使わない方法で、自由時間が終わるまで山手線に乗りっぱなしにして、何回も東京を回るというものであった。改札を出て街を見ないと東京見物をしたことにはならないが、東京を回ることができたことは確かだった。


 

 高校二年の三学期以降は、正臣が保健委員長、小百合が副委員長、由美が日程調整役になって、若松東校の生徒達の健康管理のサポートをした。

 他校との委員会交流や業務説明会では、保健の先生と一緒に出掛けるのは正臣と小百合という組み合わせが多くなり、由美は取り残されたような気持ちになっていた。


「河村君、いつか合ハイしない?」

 二月一日に由美が正臣に保健室で合ハイを提案した。その時、小百合は保健室にいなかったが、いても箱入り娘の小百合は、合ハイには行かないだろうということは容易に推察できた。


「いいね。そう言えば、去年の夏休みに何度か行ったね」

 正臣がそう言うと由美は、

「あれも合ハイかな? 二年生になって男子クラスと女子クラスに分かれたから、今度は本当の合ハイができるよ」

「そんなものかな? ところで人数は何人にしようか?」

「やっぱり、五対五くらいがいいんじゃない」

 由美がそう言ったところで、正臣は塾に行く時間が迫っていることに気が付いた。

「ゴメン、今日は塾があるから、後は電話で」

 正臣は由美にそう言って、急いで自分の教室に戻ってカバンを取ると、そのまま塾に行った。


 その日、由美が正臣の家に電話をかけたのは午後七時頃だった。そして彼女の電話は公衆電話からだった。それは、好きな人に電話するのを自分の家族に悟られないようにするためであった。

 電話に出たのは、正臣の母親だった。

「正臣さんをお願いします。私は大野と申します」

 由美がそう言うと、正臣の母親は、

「正臣は、今いないわ」

「そうですか。そしたら、また後で電話します。それでは失礼します。あっ、それから去年の夏、家まで送ってくださって、ありがとうございました」

「あら、あなたがあの時の女の子なの。正臣はもうすぐ帰ると思うから、あなたから電話があったって伝えるわ」

 正臣の母親がそう言っている時に、正臣が家に帰ってきた。


「大野さんからよ」

 母親にそう言われて電話を代わった正臣は、用件は合ハイのことだと分かった。

「今、公衆電話からかけているの」

 と言う由美に正臣は、

「電話じゃ何だから、今からそこに行く」

 と伝えた。待ち合わせ場所は波打町の三角公園だった。

 

 正臣の家から三角公園は走れば五分くらいの距離で、冬なので周りはもう真っ暗だった。三角公園の入り口で由美は正臣を待っていた。

 

 正臣は三角公園に走って来たから体が温まっていたが、由美は寒さに震えていた。

「寒くない?」

 正臣が聞くと、由美は、

「寒いに決まっているじゃない」

 と言った。

「それなら、君の家に行こうか」

「家は、ダメよ」

「どうして?」

 由美にはまだ、家族に正臣を紹介する勇気がなかった。

 

 三角公園の近くにある建物は、掃除道具を入れる小屋だけだった。その小屋はボランティアが掃除道具を入れておくためのもので、施錠されていなかった。

 

 正臣は、その小屋を指さして由美に、

「あそこに入る?」

 と聞いた。由美は、

「うん、いいよ」

 と言った。

 

 二人は小屋に入って電気をつけた。

「僕は、芦田と重住と財津と植田を誘うから、そっちも四人誘って」

「分かったわ、日にちはいつがいいかな?」

「三月になると期末試験があるから、二月十五日にしよう」

「分かったわ」

 

 二人は、集合場所と集合時間などのこまごまとしたことまで決めて小屋を出た。

 ちょうどその時、知らない中年のおばさんが小屋のそばに立っていた。

 

 そのおばさんは正臣と由美に、

「あなた達、高校生でしょ。高校生がそんなことしちゃいけないわ」

 と言った。

「僕たちは話をしていただけで、そんなことなんてしていません」

 正臣がそう反論すると、おばさんは、

「いいのよ、学校には黙っておいてあげるから」

 と恩着せがましく言った。

 

 由美は私服のセーターを着ていたが、正臣は制服姿だった。制服姿でそんなことはしないだろうと分かりそうなものなのに、世の中はそうはいかないようだった。


 

 次の日、正臣が自宅に帰ると、母親の友達の福村さんが来ていた。

 福村さんは正臣に次のように言った。

「昨夜、波打町の三角公園の掃除道具を入れておく小屋の中で、東高の男の子と女の子がやってたってよ」

 

 人の口に戸は建てられないというのは、まさにこれであった。正臣と由美の昨夜の行動が誤解され、町の噂になっていた。

 

 そもそも福村さんは人の噂話や下品な話が好きで、三日に空けず正臣の家に来ていた。その上、妙なことを言うことが多かった。

 例えば正臣の母親に、

「河村さん、あなた今日運転したら交通事故を起こすから、今日は運転しない方がいいよ」

 と、まるで予言者みたいなことをよく言っていた。

 また、福村さんは見栄っ張りで、ぶよぶよと太った首や手に派手なネックレスや腕輪や指輪をたくさん付けていた。

(お母さんは、なぜこの人を親友だと思っているのだろう?)

 正臣は、福村さんが家に来るたびにそう思った。

 

 

 正臣と由美が計画した合ハイは、福知山登山だった。

 合計十人で福知山に登り、山頂で記念撮影をした後、菅生の滝へ下った。

 山のことをあまり知らない二人が計画したこともあり、そのハイキングはかなりの強行軍であった。そのため、菅生の滝から最寄りのバス停である「道原」にたどり着く前に、五人の女子の内の三人が歩けないほどばててしまった。

 

 そこで正臣は公衆電話で自宅に電話して、母親に車で迎えに来てもらうように頼んだ。結局、由美以外の四人の女子が正臣の母親の車で若松まで送ってもらうことになった。


 二月二十日、由美が保健室で正臣のクラスの男子と行った福知山登山の様子を小百合の前でわざとらしく話した。それも河村君と河村君のお母さんがどうしてくれた、こうしてくれたが多かった。

 それに対して小百合は不快感を露わにした。それでも由美が話し続けるので、小百合は何も言わずに保健室を出ていき、「バタン」と大きな音を立ててドアを閉めた。

 

 それ以降正臣は、保健委員の仕事に支障をきたさないように、由美と小百合に出来るだけ平等に接するように努めた。

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