第7話 大学2年
正臣が大学2年になると、小百合は「若松天使園」の先生になった。
そのため、二人で会う機会はめっきり減った。
若松東高は灘高やラサールに比べると有名大学への進学率が低いということで、正臣の弟の光安は県外にある私立の進学校に、妹の尚江は区外にある私立の進学校にそれぞれ入学していた。
正臣が大学2年になった年に、光安が東大の経済学部に現役で合格した。
正臣の父親が勤めていた若松工場の従業員は二千人程度で、そこで作っていたものは、帝国製鉄が使う大型機械の大型工具であった。
正臣は小学校の低学年の頃、父親の会社の現場に行くのが好きだった。正臣が工場に行くと現場のおじさん達は、
「おー、正臣、来たか」
と言って、正臣を可愛がってくれた。
「あっちにはピットがあるから、行っちゃいけない」
と言われ、鋳造のために掘ってある深い穴や溶けた鋼には近寄らせてもらえなかった。それでも正臣は、現場のおじさん達に色々なことを教えてもらった。
鋼の性質に大きな影響を及ぼすのは炭素の含有量で、一般的には発光分析で鋼に溶け込んでいる炭素の量を分析してから鋳込むのだが、溶けた鋼をほんの少し床に置かれた鉄板の上に落とし、その時に出る火花の色を見て炭素の含有量を当てるおじさんがいた。それは、熟練の技と言うよりも、魔術であった。
正臣は、日本のモノづくりの現場のスタッフの優秀さを子供の頃から知っていたのである。そして正臣が大学で父親の会社がその専門家を必要としている『金属工学』を専攻したのもこれがきっかけだったのである。
正臣は、幼稚園の先生になって忙しそうにしている小百合をなかなかデートに誘えなかった。
正臣の方から小百合に電話して、お互いの近況を話す程度であった。
その年の八月、小百合が好きだったポール・モーリア・オーケストラのコンサートが小倉で開かれると知った正臣は、そのチケットを二枚買って一枚を小百合に郵便で送った。
前もって彼女に連絡していなかったのがいけなかったのか、それとも短大時代と同様に夜の外出がいけなかったのか、とにかく小百合のお母さんのお断りの手紙と一緒に、小百合に送ったチケットが正臣の元へ送り返されてきた。
手紙の内容は、『仕事で毎日とても疲れるから』というものであった。
正臣は仕方ないので九工大の同級生の小林と一緒にコンサートに行った。
男と一緒に聞くポール・モーリアは、まったく楽しくなかった。
よく考えると、正臣は小百合とキスさえしていなかったので、
(小百合とはまだ恋人同士になっていなかったのか?)
と思った。そして、
(彼女のことを想っているだけじゃ駄目なのか? それじゃ、どうすればいいんだ)
と、正臣は思いあぐねた。
その次の年の三月、正臣の妹の尚江が東大の教育学部に合格した。
その前の年の光安に続いて、兄弟での東大への現役合格は、小さな町でニュースになった。
ここで少し、若松の町で「河村三兄弟」として知られていた正臣の弟と妹のことを書いておこう。
河村家の長男の正臣と長女の尚江は三つ違いで、その間に次男の光安がいるので、河村三兄弟は年子であった。ただし、正臣が早生まれで光安は遅生まれだったので、正臣と光安は一つ違いでも、学年は二学年開いていた。
河村三兄弟は、三人とも小学校は深町小学校で中学は紅葉中学と、中学までは同じ学校に通っていた。しかし、高校は三人とも違う高校に進学した。
小学校から大学まですべて公立学校だったのは、正臣だけであった。
正臣は生後間もなく、心臓弁膜症か
正臣の心臓に欠陥はなく、むしろ心臓に毛が生えているほど正臣の心臓は丈夫で、心臓の音が極端に大きいだけだと分かったのは、正臣が中学一年の時であった。
しかし、子供の頃に死んでしまうと思われていた正臣は、両親の心配と愛情を独り占めにして育った。
次男の光安は両親の愛情をあまり感じることなく育ったので、小さい時からたくましくなった。光安は小学校に入る頃には、兄の正臣よりも体が二回り大きくなっていた。
二人が中学生だった頃、正臣は音楽や絵画や詩と言った芸術の分野で才能を発揮していた。一方、光安はスポーツ万能になっていた。
例えば、北九州市教育委員会の読書感想画コンクールで最優秀賞を取った中学三年の河村正臣の絵が校内に掲示された翌日に、中学一年の河村光安は、北九州市の中学生の水泳大会で大会新記録を出して個人優勝した。
二人とも知能指数が高く、勉強はよくできた。妹の尚江は二人の兄以上に勉強ができたので、紅葉中学の同時期の人達には、「河村三兄弟」として知られる存在になったのである。
面白いのは、正臣と光安は外見がまったく違っていたことである。
次男の光安は二十歳の頃、身長百八十三センチ、体重八十キロになっていて、東大に入ってから始めた部活のホッケーの正選手になっていた。光安のマスク(顔)は、その体格に似合った、その頃のハリウッド俳優でいうとクリント・イーストウッドを思わせる、いかつい顔をしていた。
長男の正臣は光安とは対照的に、身長百六十五センチ、体重五十三キロと、弟に比べるときゃしゃな体格だったが、話が面白く、顔はロバート・レッドフォードを思わせる、端正で甘いマスクをしていた。
実際に、栄盛川町の交差点の近くにあった写真館は、正臣が運転免許証を申請するために撮った写真を店頭に飾っていた。
それは、「証明写真の見本」のはずが、どう見てもポートレートであった。
その店を訪れた正臣の母親が店頭にあった正臣の写真を見て、
「ウチの息子の写真を飾っているの?」
と言うと、写真店の主人は、
「お坊ちゃんの写真、よく撮れたので使わせてもらっています」
と言った。
正臣は、その町で一、二を争う美男子だったのである。
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