二 本当の祈り

 いくつもの金の輪が波紋を描くように広がっていく。

 あわく、重たい闇の中でつむぎはもがいていた。そのたびに意識を揺らすような金の波紋が現れた。それが見えているものなのか、感覚として見ているものなのか、紬には分からなかった。ただ、ただ、重苦しい水の中を必死にもがいているような感覚だった。

 ——つむぎ。

 声が聞こえたとき、紬は、自分が夢の中にいることに気づいた。とたん、意識が一気に引きあげられるように体が軽くなり、紬は闇の中で目を覚ました。

 紬が目を開けて最初に見たのは、ゆらの白い髪だった。

「ゆら?」

 紬が名前を呼ぶと、ゆらが顔をあげて、紬の顔をのぞきこんだ。

「つむぎ……?」

 ゆらの金色の目はうるんでいた。今にもこぼれ落ちそうな涙の膜をたたえた金色の瞳は美しかった。

 自分と同じ顔をしているのに、まったく違う。紬はそんなゆらの顔をぼんやりと見つめていた。

「つむぎ。体、大丈夫?」

 ゆらは、自分のことを心の底から心配しているようだった。怒られた後の子供のような表情を見て、紬は分かった。ゆらは、自己犠牲をいとわないが、他人が犠牲になるのは耐えられない人なのだろう。

 だから、あのとき、ゆらは表に出てまでも、彼らを護ったのだ。

 紬は上半身を起こすと、ゆらを見た。

「……ゆら。私、あなたに言いたいことがある」

 ゆらは、静かにうなずいた。

「どうして、自分を犠牲にするの? 誰にも、なにも言わずに……。神風のことも、そうだよね? 神風は、吹かないんじゃない。体に負荷がかかるんでしょう?」

 紬は、夢の中で、ゆらと初めて会ったときのことを思い出した。ゆらは、ただ、寝ていたのではない。気を失っていたのだ。

 紬は両手を握りしめた。神風を吹かせたときの、足元からかけあがる感覚は、間違いない。

「神風は〈光和こうわ〉様の力なんでしょう? 〈光和〉様の力を借りるからこそ、神風となる。でも、〈光和〉様は人を殺したことで血のけがれを得てしまった。穢れを得た〈光和〉様の力は、〈神風の子〉にとっての毒なんでしょう?」

 紬の言葉にゆらは目を閉じた。白く長いまつげが目元に影を作った。

「答えて。ゆら。あなたは、わざと死んだんじゃない。あなたが〈ふたつたましい〉になったのは」

「紬」

 その先を言おうとして、ゆらの優しい声が止めた。ゆらは目を開けると、紬を見た。金色の目は紬をまっすぐに見つめている。

「あなたは、聡い。そう。神風が吹くのは、〈光和〉様の力がまだあるから。でも、それは〈神風の子〉しか知らない、この国の機密でもある」

「どうして……」

「〈光和〉様がけがれたことを、誰が言えようか。祈りの神風は罪穢れの神風と代わり、〈神風の子〉の体を蝕む毒となることを誰が言えると思う? ……つむぎ。私は、最初から死ぬ命だった。この国のための、命だった」

 ならば、とゆらは言った。

「死ぬならば、私は、彼らを護って死にたかった。国のためじゃない。彼らのために。これは誰にも言わない私の覚悟。〈神風の子〉として神風を吹かせると、私が、決めた私の生き方」

「だったらどうして、生きることを選ばなかったの?」

 紬はむごい言葉であることを分かっていながらも、問いかけた。

「私はもう、長くなかったの。本当なら、彼らと生きたかった」

 紬は、ゆらの顔を見て、なにも言えなくなった。ゆらは、悲しそうにほほえんでいたからだ。

「神風を吹かせる限り、私はいずれ死ぬ。私が死んだ後、彼らはどうなるのか……。紬。災厄を見たあなたなら、分かるでしょう。彼らは生きている限り、あの災厄と共に生きなければならない」

 国中に降り注ぐ災厄を龍になった顕谷の上から眺めていた紬は、いたたまれずに、ゆらから目を逸らした。

「だからって、どうして、なにも言わずに……」

「覚悟が、まだ、なかったの」

「え……」

「私が死んだときのこと、聞いている?」

「災厄からの攻撃を、受け入れたと、聞いた」

「あのとき、私、死ぬつもりはまだ、なかったの。でも、屋隈の顔を見たとき……この人を死なせたくないって思った」

 ゆらの金色の目に強い光が宿る。

「私は、彼らのためなら、なんでもやると決めたの。そのためなら幾度でも神風を吹かせることも、いとわないと決めた。命尽きるならば、私がやることは、もう決まっていた。それでも、口にしたら揺らいでしまう。……生きたいと、思ってしまう」

「……ゆら」

「ずるいでしょう?」

 そう言ってゆらはほほえんだ。紬はうつむき、首をふった。なにもかも、違っていた。わざと、死んだんじゃない。生きたいと願いながら彼らのために、死を選んだゆらに言えることはなにもない。

 そんな紬を見て、ゆらは優しく声をかけた。

「紬。神風を吹かせ、この国を見た今のあなたなら、災厄の正体も分かるでしょう?」

 紬は歯を食いしばり、顔をあげた。

 なんとなく、分かっていた。

 神風が吹く。地面から出でて、空に吸いこまれ消える。その意味を考えたとき、にわかには信じがたいものだった。それでも、神風を吹かせた今、災厄の正体が分かってしまった。確信してしまった。

 屋隈の屋敷の露台でみた、深淵の向こう、水平線の境目に光る金の線。上から見ると金環のような形をしていると屋隈は言った。

 今なら分かる。この国の国旗に刻まれた、紋様。そして、手のひらの〈光和之証〉。

「……災厄は、〈光和〉様なんでしょう」

 ゆらはほほえんで、うなずいた。

「〈光和〉様は死んだとき、地面に溶けるように消えていったと伝わっている。〈光和〉様は国そのもの。命終えるとき、土に還り、新たな命を空に繋ぐ……はずだった」

 ゆらの言葉を紬が継いだ。

「人を殺したことで、〈光和〉様は災厄となってしまった。でも、〈光和〉様は、それを望んではいない。百年前から今に渡り吹かせることのできる神風が答えを示している。〈光和〉様は……この国そのものなのでしょう?」

「ご名答」

 ゆらは金色の目を細めて、満足そうに答えた。

「ゆら。あなたが〈ふたつ魂〉になった理由を、私は、あなたの口から聞きたい」

 ゆらはすぐに答えなかった。金色の目は迷いに揺れて、それでも紬を、まっすぐに見つめていた。

「紬。本当は、あなたに、なにも言わないつもりでいた。そのことを謝りたい。……本当にごめんなさい」

 ゆらは頭をさげた。白く長い髪が肩から落ちて、揺れる。頭をさげたまま、ゆらは言った。

「……私は、大人としてやってはならないことをする」

「ゆら?」

「重なった世界の先で思った。どうか、成人を迎えていて欲しい、と。でも、それは叶わなかった。だから、言っておく。紬。あなたは子供なの。それを忘れないで。その上で、あなたにお願いする」

 顔をあげたゆらは覚悟に満ちた金色の目を紬に向けた。

 紬はゆらを見つめながら、そっと、ゆらの頬に触れた。

「ゆら。あなた、私と同じ年だよ」

 ゆらは目を開いて、あ、と小さな声をあげた。

「そうだった……。私、今、子供の姿なのね……」

 紬はうなずいた。

「そう。だから、気にしないで。私も、あなたと同じように彼らを、この国を護りたい」

 紬の目に宿った光を受け止めて、ゆらはうなずいた。

「まず、私が〈ふたつ魂〉になった理由を言うわ。〈光和〉様を捜すためだったの」

「〈光和〉様を……」

 紬は幼い頃に聞いた声を思い出していた。

「ええ。つむぎ。あなたも一緒に、捜してくれた」

 紬はゆらを見た。

「ゆら。私、声が聞こえていたときのこと、あまり覚えていない。こうわさま、と呼びかける声しか、覚えていないの」

 紬が申し訳なさそうに言うと、ゆらは首をふった。

「覚えていなくて、あたりまえよ」

 ゆらの言葉に紬は目を丸くした。三ノ緒も『こういうのはね、忘れるように、できているのさ』と言っていた。

 紬は不思議な気持ちだった。

「でも、〈光和〉様からの返事はなかったの。分かってはいたことだけど、やはり、重ならないと駄目だったみたい」

「重なる?」

 ゆらは紬を見てうなずいた。

 すると、周囲の景色が変わった。ぼんやりとしているが、どこかの部屋の中のようだった。部屋の両端にベッドが整然と並んでいる。

「……三ノ緒みのお様が来てくれているのね」

 ゆらがゆっくりと立ち上がった。ゆらに続いて、紬も立ち上がった。

「三ノ緒様?」

 周囲の景色が変わったことを不思議に思う紬に、ゆらは答えた。

「説明は後でする。来て」

 ゆらは紬に背中を向けて歩き出した。その背中を紬は追った。

 ゆらはベッドの間を通って、大きな窓に向かって歩いた。その窓が開き、露台ろだいに続く。

 露台に出ると、外壁の近くに小さな階段があった。

「こっち」

 ゆらが階段を軽やかに降りる。紬も後に続くと、あっという間に外に出た。

 ゆらはまるで、知っている場所のように迷いなく歩いていた。その理由は外に出たとたんに分かった。

 ここは〈光和之国こうわのくに〉だったからだ。

 黒い石畳の通路をゆらに続いて歩く。

 黒い煉瓦造りの建物が並ぶ複雑な道をしばらく歩くと、開けた場所に出た。

 紬はそこが、〈光和之堂こうわのどう〉の前だと気づいた。〈光和之堂〉を真正面からじっくりと見たのは、初めてだった。

「立派でしょう?」

 隣に並んでいたゆらが自慢げにほほえんだ。

「うん。すごく、立派。ここに初めて来たときは見る暇がなかったから、見ることができてよかった」

 言ってから、紬は慌てて続けた。

「こういうときに、言うことじゃないけど」

 ゆらは首をふった。

「ううん。自慢の国だもの。そう言ってもらえるの、嬉しい」

 ゆらと紬は顔を見あわせると、ほほえみあった。

〈光和之堂〉の玄関口まで歩いた二人は、とある場所で立ち止まった。

 紬はこの場所を覚えている。黒い石畳の上に刻まれた〈光和之国〉の紋様。その周りを囲む白い花。手を組んで祈りを捧げた屋隈達の姿が印象的だった。

 この場所は、〈光和〉が殺されたと伝わる場所だった。

「つむぎ。この紋様を見て、感じたことはない?」

 紬は石畳の上の〈光和之国〉の紋様をじっと見つめた。

 二重の金環の上に放射状の光の筋を重ねた、太陽のような紋様。

 金環。

「あ……」

 ひらめいた紬はゆらを見た。

「私、紋様を見たとき、太陽のようだと思っていた。でも、日食のようにも見える不思議さがあって……。まるで、ふたつの〈〉と〈つき〉が重なったような……」

 紬はそこで言葉を止めた。神風を吹かせた後に一瞬見えた、大きさの違う太陽を思い出したとき、紬は思わず、大きな声をあげた。

「ゆら! もしかして、〈神風ノ日かみかぜのひ〉に重なる〈日重ひかさなり〉と〈日欠ひかけ〉は関係があるの?」

 ゆらは目を輝かせてうなずいた。

「そうなの。つむぎ。そうなの!」

 ゆらは頬を上気させてうなずいた。紬は無邪気に笑うゆらにほほえみを向けた。だが、あることに気づいたとき、紬の顔からほほえみは失われた。

「……つむぎ?」

 ゆらが心配して声をかけたが、紬は答えることができなかった。

 だから、ゆらは、命を懸けて、この国を、いや、屋隈達を護ろうとしたのだ。

「……三ノ緒様は、〈異世の国〉と〈光和之国〉を行き来することは、できないと言っていた。でも、条件を満たすとできるようになるとも言っていた。そのひとつが、〈日重なり〉だと」

『そう。世界が重なるのさ』

 紬は三ノ緒の言葉をふり返りながら続けた。

「……ゆら。だからこそ、〈ふたつ魂〉でなければならなかったんでしょう?」

 ゆらは、ゆっくりとうなずいた。そして、黒い石畳の上にある紋様を見た。

「〈光和〉様を見つけるために、必要なことだったの」

 紬に目線を移したゆらは、続けた。

「〈光和〉様は……〈光和之国〉でも、あなたがいた〈異世の国〉や亡くなった人が行くと伝わる〈常世とこよくに〉でもない、別の世界にいる。その世界に行くための鍵が、〈ふたつ魂〉と、〈日重なり〉、そして……〈日欠け〉なの」

「〈日欠け〉」

「そう。つむぎ。あなた、この紋様を〈日欠け〉……あなたの世界では日食というのだけど、日食のようだと思ったでしょう?」

 ゆらに言われて紬はうなずいた。

「うん。太陽なら、円の中を塗り潰すんじゃないかな、と不思議に思ったから。……でも、この紋様は金環を二重に重ねていた。だから、日食みたいだと思った」

 ゆらはうなずいた。

「この紋様は、〈日重なり〉と〈日欠け〉の重なった現象を表した紋様なの」

「屋隈さんから、聞いた。百年に一度の現象だと」

「そう。百年に一度の現象。……そこに奇しくも、〈神風ノ日〉が重なった」

「ゆら?」

「そして、〈光和〉様がいる世界に重なるのは、この一度きり。これを逃せば、もう、〈光和〉様に繋がる世界には行けない」

「重大だね」

 紬がうなずくと、ゆらも同じようにうなずいた。

「つむぎには、上から下に向かって、飛んでもらうことになるけど」

 衝撃の発言に紬は自分の耳を疑った。飛ぶ? 聞き間違えたのだろうか、と、困惑していると、ゆらはもう一度、言った。

「〈光和〉様は、死んだとき、地に溶けてなくなったと伝わっているの。〈光和〉様がいるとしたら、地面の下に重なっている世界だと思う」

「待って。上から、下に飛ぶの?」

「……そうなの」

 気まずそうに言うゆらに、紬は思わず、ため息をついた。

「ゆら。私が嫌って言ったら、どうするつもりだったの?」

 ゆらは視線を、あちこちに、さまよわせた。紬はその様子を見ながらも、息をはいた。

「うん。やる」

「つむぎ……」

 頼りないゆらの声に紬は言った。

「私は、ゆらを信じる。で、どこから飛べばいいの?」

 ゆらは目をふせてから、口を開いた。

「……迷っているの。世界が重なったからといって、人も同じ場所に重なるわけではないの」

 ゆらは手のひらを見せた。

「私が親指、つむぎが手のひらのまんなかにいるとしましょう。こうして手のひらを合わせたとき、私は親指、つむぎは手のひらのまんなかのままであることは変わらないでしょう? だから、〈光和〉様がどこにいるかを見極めないといけないの。少しでもずれたら、〈光和〉様を見つけられないまま、元の世界に戻らないといけなくなる」

「えっ」

「与えられた猶予は〈日重なり〉と〈日欠け〉の重なっている間だけなの」

「じゃあ、重なっている間に〈光和〉様を見つけないといけないんだね……」

「そうなの。でも、〈光和〉様の場所で迷っているの。つむぎ。あなたが初めてここに来たとき、塔の前にいたでしょう?」

 紬は初めて〈光和之国〉に呼ばれたときのことを思い出した。黒い景色に浮かぶ太陽のような紋様は、実は黒い煉瓦の塔に刻まれたものだったこと。その塔の中がまるで星空のようで綺麗だったことが印象に残っていた。

「うん。あの塔がどうかしたの?」

「あの塔が〈光和〉様の生まれた場所と伝わるところなの」

「そうなんだ……。あの塔の中、とても綺麗だった。……でも、くずれてしまったけど、大丈夫なの?」

 ゆらは口の中でうなった。

 紬はゆらが答えるまでなにも言わないことにした。顔をあげて〈光和之堂〉を見た。天まで届きそうな建物を見た紬は、視線を下に移した。黒い石畳の上に刻まれた〈光和之国〉の紋様と、周りを囲む白い花の絵をながめていた紬は、顔をあげてゆらを見た。

「……ゆら」

 おそるおそる、ゆらに声をかけると、ゆらは、不安そうな顔を紬に向けた。

「〈光和〉様ってここで亡くなったんだよね?」

「そうさ」

 紬の問いかけに答えたのは、ゆらではなく、三ノ緒だった。

 紬はいつの間にか近くにいた三ノ緒におどろいた。三ノ緒は紬とゆらに近づくと、やれやれと言わんばかりに伏せた。

「病室にいないから、どこに行ったのかと思えば、〈光和〉の亡くなった場所かい」

「三ノ緒様。勝手に動いて、ごめんなさい」

 三ノ緒は首をふった。そして、金色の目を紬に向けた。

「それで、ちゃんと説明したのかい?」

 ゆらがうなずくと、三ノ緒はそう、と声を落とした。そして続けて口を開いた。

「紬。あんたは〈光和〉がどこにいると思う?」

 三ノ緒の大きな金色の目を向けられて、紬は息をのんだ。

「……たぶん、ここだと、思います」

 紬は目線を下に落とした。その先には黒い石畳の上に刻まれた〈光和之国〉の紋様とその周りを囲む白い花の絵があった。

「……なるほどね。どうしてそう思う?」

 三ノ緒に聞かれて、紬は答えた。

「ゆらから、世界が重なっても、同じ場所に人が重なることがないと聞いて、それなら、と思いました。〈光和〉様も、そのことを知っているとしたら、決して自分が亡くなった場所から動かないのではないでしょうか。……三ノ緒様は、ゆらが、迷わずに済むように、お屋敷から出なかったんですよね?」

 三ノ緒は金色の目を大きく開き、そして細めると、ぽつり、とつぶやいた。

「……〈日見上花ひみかみはな〉」

 紬は、〈光和之国〉の紋様の周囲を彩るように線で描かれた白い花を見た。

「この白い花は、〈日見上花〉というのですね」

「そうだ。あんたの国ではハクモクレンという花だよ。この国ではね、あなたを忘れない、という意味を持つ白い花さ」

 あなたを忘れない。

 紬は白い花の絵を見た。花びらの一枚、おしべとめしべまでも丁寧に描かれた精巧な絵を前にして、紬は歯を食いしばった。

「ゆら。ここに飛ぼう。ここなら〈光和之堂〉から飛ぶことができる」

 だが、ゆらの顔は青ざめていた。

「……どうしよう」

 ゆらの声は震えていた。ゆらは震えながら、紬を見つめた。

「どうしよう。つむぎ。私、間違っているかもしれない。失敗したら、あなたが……」

 ゆらはそれ以上、なにも言わなかったが、紬はゆらの言わんとすることが分かった。もし、間違っていたら紬は地面に叩きつけられるのだ。

「そんなの、いや!」

 ゆらはさけんだ。ゆらは、まるで、子供のように震えていた。いや、子供なのだ。今は紬と同じ年頃の、子供であるゆらが震えているのだ。

「ゆら」

 不安に揺れるゆらの、金色の目を紬はじっと見つめた。

「屋隈さん達を護るって、決めたんでしょう?」

 ゆらは、はっと目を開いた。

「私も、あの人達の住むこの国を護りたい。だから、ゆら。あなたも覚悟を決めて。身勝手な願いを、最後までつらぬいて」

 紬は最後までゆらから視線をそらさなかった。

「あなたは……強いのね」

「向こう見ずかもしれないよ」

 紬がにっと笑うと、ゆらは声もなくほほえんだ。そうしてゆらは覚悟を決めたようにうなずいた。

 ゆらの体があわく光ったとき、紬は夢から覚めるのだと分かった。

 ――後でね。

 優しい声に向けて紬は無言でうなずいた。

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