第29話 ホテルで明かす夜

 4時間の電車旅を終え、駅から歩くこと徒歩10分。


「ここですわ」

「おーーー!!!」


 津久志さんに案内されたのは、港に面した大きなホテルだった。溢れ出る高級感に、俺たちは思わず圧倒されてしまう。


「ね! この間ここテレビで見たよ!」

「そうなんです。朝食ビュッフェが有名で」

「たしかいくらかけ放題だっけ?」

「はい!」

 

 へぇ、知らなかった。そら佐倉も興奮するわ。せっかく函館に来たなら海鮮は食べたいもん。めっちゃ楽しみ。


「でもそんな人気のホテル、よく直前に予約できたね」

「実はお父様が経営しているホテルの一つなんです」

「へ、へえ……」


 さすがはお金持ち。one of the 父ちゃんのホテルということは、他にもホテルがあるのですね。海外勤務なだけあってスケールがでかい。


「見て見て清忠! ウェルカムドリンクだって~」

 

 さっそく中に入ると、エントランスで双葉が騒ぎ出した。さすがは良いホテル、宿泊者は無料で飲めるのか……でもどうか大人しくして欲しい。恥ずかしいから。


「ねぇ。このコーヒーさ~、そっちのフルーツウォーターみたいなので割ってみてよ~」

「やめとけ。サイゼのドリンクバーじゃないんだぞ」

「え~。美味しいかもしれないじゃん」

「そういう問題じゃねえよ」


 頼むから静かにしてくれ……みんな見てるから。まじで恥ずかしいから。庶民がバレてるから。


「私がチェックインしておきますので、皆さんはロビーで休んでいてください」

「ありがと心優。――あれ、そう言えば部屋割りってどうなってるの?」

「あっ! あたし光琉と一緒がいい~」


 ……たしかに、部屋はどうなるんだ?

 俺以外の理想はおそらく、カップル2人部屋×3+海堂部屋だろう。だって旅行デートなんて、あらゆるデートイベントの最高峰。そして男女が部屋で2人、間違いが起こらないはずもなく……一方その頃、部屋で独りラノベを読む俺。

 くそっ、あんまりじゃないか。俺だって可愛い彼女と夜までイチャイチャしたいのにぃ。


「4人部屋を2つ予約しましたので、女性と男性で別れましょうか」

「おっけ~」


 で、ですよねー。もちろんわかってましたとも。だって私たちまだ高校生だもん。男女2人でお泊りなんて20年早い。


「あ~あ、あたし光琉と一緒が良かったな~」


 早い……よね?



 高校生が外を歩くにはさすがに時間が遅いので、俺は部屋で駅弁を食べている。各々自由に過ごす彼氏sを横目に見ながら。


「うおー、めっちゃ海きれい!」


 窓からの夜景に歓声を上げているのは風戸遥輝だ。リア充ってキラキラしたの好きだよね。冬のカップルと夏の虫は光に集まる説を、俺は勝手に提唱している。


「明日はどこに行こうか」


 腕立て伏せをしながら岩本大悠が尋ねた。かれこれ15分は続けている気がする。俺なんか10回もできないのに。

 そしてロビーに置かれていた旅行誌を熱心にめくる彼方光琉。


「どうしようか。公会堂、八幡坂、赤レンガ倉庫、五稜郭……」

「五稜郭行こうぜ!」


 食い気味に風戸が言った。そういえば双葉が函館を提案した時も、五稜郭に反応してたっけ。


「新選組好きなんだっけ?」

「あぁ、五稜郭の函館奉行所、一度行ってみたかったんだよ」

「そうなんだ」


 新選組なぁ。今はマジカルフロッピーと新選組のコラボやってるし、俺も行きたい。行きたいけれども……。


「いいね。海堂くんはどう?」

「俺は──」

「光琉いるーーー???」


 突然、部屋のドアがどんどん叩かれる。こんなはしたないことをするのはもちろんあの女しかいない。


「いま開けるからちょっと待って」


 そうして彼方くん旅行誌を閉じ、ドアを開けに行くと、双葉を中心に女性陣が集まってた。


「どうしたのつぐ? 」

「明日どこ行くか相談しようと思って~」

「うちら公会堂行きたいって話してたんだよね。男子は?」

「俺らは五稜郭の話してた」

「いいね~。五稜郭も行きた~い」

「じゃあ午前中に公会堂行って、その後に五稜郭にしようか。どうかな?」


 彼方くんが皆に尋ねる。異論はない……が。

 俺は申し訳ない気持ちで手を挙げた。


「ごめん。俺はとりあえず服買いに行くわ。みんなは先に行ってて」


 とりいそぎ下着は買ったものの、服はまだ準備できていない。このままじゃ旅行期間中、俺だけずっと制服……。


「一人だけ制服――ププッ。ちょっとおもろい」

「うるせ。誰のせいだよ」


 たしかに想像したらちょっとおもろいけど。元凶に言われるのは話が違うわ。


「そうだ! ならさ、清忠の服買う前に公会堂寄ろうよ」

「え、なんで? 話聞いてた?」

「良いこと思いついちゃった♡」


 双葉が悪い笑みを浮かべている。

 嫌な予感……。

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