第26話 ラノベのサービスシーンが現実でもサービスシーンとは限らない

「準決勝だったかな? 去年もうち、心優と一緒に応援来たんだよね。……遥輝は来てくんなかったけど」

「ご、ごめんて」


 きっとカラオケにでも誘われてパスしたんだろうな。不満そうに口を尖らせる佐倉に、風戸はひたすらペコペコしている。相変わらず夫婦みたいにラブラブで妬ま――コホンッ、微笑ましいね! 爆発しないかな。 


「それでそれで?」


 双葉に身体をさらに寄せられ、俺は双葉と佐倉の胸にサンドイッチされる……ぐ、ぐるじぃ、だずげでぇ。

 

「けどその日は、中盤に3年生が打ち込まれちゃって。大差の9回に大悠に代わったんだよ。次の世代に経験を積ませる的なやつで」

「い゛わ゛む゛ら゛く゛ん゛、へ゛ン゛チ゛い゛り゛し゛て゛た゛ん゛た゛」

「そうそう。たぶん一年生だと大悠だけだと思う」

「す゛ご゛い゛ね゛」


 身体が圧迫された危機的状況で、俺は必死で声を搾り出す。ぐるじいよぉ……女子の二人の胸に挟まれるなんて、ラノベならサービスシーンだが、実際はただの拷問的状況だ。てかなんで佐倉も平然と話し続けられるのよ。


「しかも三者凡退の完璧なピッチング。試合はそのまま負けちゃったけどね」

「大悠、うちのクラスでも結構話題になってたよな」

「あのイケメンのピッチャーは誰~、って。特に一部の女子がね」

「そうそう。あまりに騒ぐから、士郎が大悠にめっちゃ嫉妬してたな」

「ねえ、士郎のことはどうでもいいからさ~。心優と大悠はどうやって付き合ったの~」


 双葉が駄々っ子のように足をバタバタさせると、スカートから桃色のインナーがチラチラ覗く。だが呼吸困難に陥っている俺に、チラリズムのロマンを楽しむ余裕も、どうでもいい士郎のことを考える余裕もない。タスケテ。


「ごめんごめん。それでその後、今日みたいに『悔しいー』って愚痴りながらご飯食べて、そろそろ帰るかーって球場を出たんだよ。そしたら近くの公園で、大悠が黙々と素振りしてた」

「試合終わったばかりなのに?」

「うん。すっっっごい悔しそうな顔でね」


 やめてぇ佐倉さぁん……慢心も隙も無い岩村くんがすごいのはわかったからぁ……あなたまでこっちに体重かけたら本当に息止まっちゃうぅ。


「しばらくうちら遠くからそれを観てたんだけど。大悠がバットを置いたタイミングで、急に心優が大悠に駆け寄ったの。それで心優があまりに楽しそうに話してるものだから、うちはLINEだけ入れて先に帰ったんだ。で、その次の週くらいには付き合ってたかな」

「え~、心優やるじゃ~ん」


 双葉が満足げに身体を起こしたことで、俺はようやくガールズサンドから解放された。死ぬかと思った。……てか風戸も、彼女が他の男に胸を押しつけている状況で、にこやかにお話聞いてる場合じゃないだろ。


「ふぅ……あれ、ということは岩村くんと津久志さん、出会って一週間で付き合ったの?」

「そうだよ」

「早くない?」

「すごいよねぇ。……うちは鈍い誰かさんのせいで10年以上かかったけど」

「ご、ごめんて」


 そうして鈍い誰かさんがまたぺこぺこ謝罪する。だからさっさと爆発しろ。

 にしてもさすがは美男美女カップル。出会ってから交際までの圧倒的スピード、根暗陰キャとは次元が違うな。というか俺の周りの女子、出会った時にはみーんな彼氏がいるんですけどそれは。


「でもさ~、。ほんっと大悠と心優ってお似合いだよね~」

「わかる。2人ともストイックだし、それでいて他人にはすっごく優しいもんね」


 たしかに。岩村くんは言わずもがな、津久志さんもスーパーSで上位をキープする秀才だ。しかも野球部の練習試合におにぎりを作ったり、テスト前は佐倉たちに勉強を教えたり……凡才のくせに他人にも貢献しない俺ってなんなんだろ。


「2人のために、何かできることないかなぁ」


 佐倉がそう呟くと、双葉が「はいっ」と手を挙げた。


「じゃあさじゃあさ。旅行行こうよ」

「旅行?」

「うん! 2人とも普段すっごく忙しいし。たまには旅行でリフレッシュしてもらおうよ」

「お、それいいじゃん!」


 双葉の提案に、風戸も乗り気だ。ただ、双葉の場合は……。


「あたし函館行きたいんだよね〜」


 やっぱり。こいつが人のため何かを提案するなんてあるはずがない。というか双葉まで聖人になったら、まじで俺の生きる場所がなくなるから逆に安心したわ。ありがとう双葉。


「いや双葉のための旅行じゃ――」

「いま五稜郭でマジカルフロッピーと新選組がコラボしてるんだよ〜」

「えっ、まじで?」


 それはやばいぞ行きたいぞ。そういえばCMでやってたかも。「新選組特別隊長! マジカルフロッピー!!!」って。近藤勇に怒られないといいけど。


「五稜郭……土方歳三……いいな」


 風戸は新選組に食いついてる。これは双葉に風が吹いているぞ。


「ちょっとー。あなたたちのため旅行じゃないでしょー」

「え~」

「でも。――リフレッシュに旅行……いいかもね」

「でしょでしょ!」

「後で心優と大悠にも聞いてみよっか」

「うん!!!」


 函館かぁ。

 いくら取り放題のビュッフェとかあるかな。

 

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