第2章 失恋の先にあるもの

第24話 愛咲高校VS北玖城高校――甲子園の夢をかけた一戦

 全国高等学校野球選手権大会、南北海道予選決勝。愛咲大学高等学校VS北玖城きたくしろ高等学校。夢の甲子園がかかった一戦だ。


 試合は投手戦。3回に北玖城がホームランで2点を先取したものの、その後は0行進。愛崎は1点も取れないまま、9回の裏、最後の攻撃を迎えてしまっていた。


 だが愛咲も意地を見せる。

 死球→四球→バント→敬遠で巡った1アウト満塁のチャンス。盛り上がる愛咲のベンチ。沸き立つ愛咲の応援団。愛咲のチアガールも最前列で大きな声援を送る中、力強い眼差しで左打席に向かったのは愛咲の絶対的エース。


「9番、ピッチャー、岩村くん」


 ――岩村大悠だ。


~~~~~~~~~~~


「き~よっただ!」

「いっっっっった!!!」


 俺の名が呼ばれた矢先、背中に激痛が走る。だからその打撃は挨拶で許されるレベルじゃないって。


「……なんだよ双葉」

「なんだよ、じゃないよ! な〜にを呑気に勉強してるの!? それどころじゃないよね???」

「呑気にって……来週テストだし。勉強して悪いかよ」


 そう。この間一学期末テストが終わったばかりなのに、来週は『夏休み直前総復習テスト♪』などという、いかにも自称進学校過ぎる名称のふざけたテストが控えているのだ。

 だが一学期末テストで爆死した俺は、このふざけたテストで挽回せねば大学受験に黄色信号が灯る。というわけで、俺は仕方なく、放課後の教室で勉強していたわけだ。

 ……というか、学生が呑気に勉強して悪い状況なんかあってたまるか。


「あのさぁ。そんなことより甲子園だよ。こ!、う!、し!、え!、ん!!!」

「甲子園?」

「そう!!!!! 明後日は道大会の決勝! 勝ったら憧れの甲子園! 母校の誇り! 母校の夢だよ! な~んで清忠も光琉も、こんな時に勉強なんかするかなぁ」


 赤点でもないのに彼方くんは勉強かぁ、俺と違って偉いなぁ、……というのはさておき。


「それでその格好?」

「そそ。ふふーん、可愛いでしょ?」

「まあ……そうだな」


 肩と腹を完全に露出したトップスに、太ももを覗かせるミニスカート。水色のユニフォームの胸の部分には筆記体で「AISAKI」とある。つまり高校生男子の永遠の憧れ、チアガールの衣装だ。

 実は双葉が教室に入ってきてからずーーっと、俺は目のやり場に困り果てていた。最終的に開き直って、ユニフォームの上から見える胸の谷間を凝視している。おかげでせっかく勉強した内容が全部吹き飛んでいい迷惑である。どうしてくれよう。


「ええっと……双葉ってチア部だっけ」

「ううん、うちの学校にそんな部活はないよ?」

「だよな」

 

 もしもあったら、健全な男子高校生たる俺が知らないなんてあり得ないもの。


「うん。だから明後日の試合は、希望者でチアの応援やることになったんだ。心優ちゃんも一緒だよ」

「あー、なるほど」


 有志を集めて応援ってことね。野球部は岩村くんがエースだし、たしかに津久志さんは全力で応援したいよな。佐倉は逆に野球ガチ勢過ぎて、チアよりも純粋に試合を観たそう。


「……あれ、双葉って野球好きだっけ」


 運動部の暑苦しい空気って、双葉が一番嫌いだと思ってた


「ぜ~んぜん? 一度こういう服着て踊りたかったんだよね〜」

「そうか」

「そそそ」


 良かった。それなら解釈一致だ。


「つぐさ〜ん。練習始まりますよ〜」


 ゆっくりと教室のドアが開けられ、顔を覗かせたのは噂の津久志さん。双葉を呼びに来たらしい。


「清忠くんもいたんですね。お勉強ですか?」

「う、うん。さすがに勉強しないとまずくて……」

「来週はテストですもんね。お疲れ様です」

「あ、ありがとう」


 己の不真面目さが招いた自業自得な状況なので、優秀なスーパーSクラスの方に労われるのは非常に申し訳ないのですが。


「津久志さんも、チアやるんだね」

「は、はい。ほんの少しでも野球部の皆さんの力になりたくて。少し恥ずかしいですけど……」


 彼女のチア衣装は、トップスもスカートも双葉より丈が長く、露出は少なめだ。胸も控えめで谷間は無い。

 それでも、恥ずかしさに頬を赤らめた津久志心優は、いつにも増して色気があり、艶っぽい魅力を纏っていた。こんな彼女に応援されたら、そらもう元気百倍よアンパンマンよ。


「じゃあ明日は全力で応援だね」

「はい!」

「みんなで頑張ろ~」


 人間は都合の良いもので。普段は野球部にも母校愛にもまったく縁がないのに、甲子園の切符を掴みかけていると聞けば急に誇らしくなる。俺もうろ覚えの校歌くらいは復習しておくか。

 ……可愛いチアの娘を拝めるのもほんのちょっぴり楽しみだったり。


~~~~~~~~~~~


「ストライーク!」


 球審の声が球場に響き渡る。これでカウントは3ボール2ストライク。愛咲チアの声援も最高潮に達する中、都久志心優は座り込み、祈るように岩村大悠の打席を見つめていた。


「……いよいよフルカウントか」

「日向。フルカウントってなんだ」

「んっとね。次がストライクなら三振だし、ボールならフォアボールで打者が一塁に進むカウントってこと」

「あ~、どっちにしろ次の球で決まるってことか?」

「うん、そんな感じ。一応ファールならまだ続くけどね。しかもいまは満塁だから、フォアボールなら押し出しで1点が入るの」

「まじか!? めっちゃチャンスじゃん」


 野球をあまり知らない風戸に対し、佐倉は丁寧に説明をしていた。彼女が彼氏に野球を教えるって新鮮でいいな。俺も可愛い彼女に何か教えられてみたい。


「内野は前進守備。抜ければ同点もある。それに繋げば上位打線。頑張れ大悠……!」


 佐倉がブツブツと解説付きで応援する。わかりやすくて助かるね。時々、「おい! あのクソボール振るとか、どこに目付けとんねん!!!」「チッ。バント処理くらいしっかりやれよ!」などと、女子高生とは思えないヤジが飛ぶのが玉に瑕だけど。この人が「女の子は好きな人に少しでも可愛いと思われたいんだよ」なんて乙女過ぎる台詞を吐いてたってまじ? いまあなたの隣に座っているのは愛しの彼氏なのですが。


 ――そして、いよいよ6球目。

 北玖城のピッチャー渾身のストレート。コースは内角やや低め。振りぬいた岩村大悠のバットはそれを完璧に捉えた――が。


 ライナー性の打球は無情にもファーストの正面を突く。即座にセカンドに送球され、飛び出していたランナーもアウト。


「負け、ちゃった……」


 佐倉の呟きは一瞬にして、北玖城の大歓声にかき消される。

 ダブルプレイ。

 愛咲の甲子園の夢は儚くも散ってしまった。


 状況を理解できずキョロキョロする双葉つぐ。結果を飲み込めず茫然とする佐倉日向。そして――涙を堪えて拍手を送る津久志心優。


 球場には、誇りに満ちた北玖城の校歌が響き渡っていた。



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