(第1章完)第23話 ヒロインみーんな彼氏持ちなら、俺もヒロインになろう。……えっ?

 双葉たちの一件は一応落着したので、仲直り記念にみんなで浴衣を着て駅前の市民祭りに行こう!――ということになったのだが。


「本当にこれで外出るの……?」

「あたりまえじゃ~ん。せっかく頑張ったんだもん」

「……うぅ」


 清蘭と一緒に外出の準備をしていると突然、双葉が佐倉と津久志さんを引き連れ押しかけてきた。何事かと困惑していると、3人は俺を無理やり鏡の前に座らせ、顔にパウダーやらクリームやらを塗りたくり、頭にポニーテールのウィッグを乗せ、最後に水色の女物の浴衣を着せてしまったのである。


 ──眼前の鏡に映るのは、俺の知らない美少女の姿。ぱっちり二重の目と、艷やかな桃色の唇。頬はほんのり赤く染まっていて……経験したことのない種類の羞恥に俺は襲われていた。


「清忠可愛い~」

「海堂似合ってるよ!」

「ふふっ、素敵です」


 みんなが口々に俺を褒め称える。でもまったく嬉しくない。どうしてこんなことに……。

 そりゃ俺も、TSに憧れる気持ちはないわけじゃない。『マケクド』にどはまりしていた時には、美少女に転生する自分を夢想もしたし。でもさぁ……女装は違うじゃん。


「清忠、この前言ったよね?」

「……何を」

「『女になっても構わない』って」


 あー、言ったね。うん、言った。たしかに言った。間違いなく言った。

 言ったけどさーーー、違うじゃん! 例えじゃん! 言葉の綾じゃん! 


「あー、えーっと、それは──」

「男に二言は無い、でしょ?」


 ……それは俺を女にする前に言ってくれ。


「おにーちゃ……じゃなくておねーちゃん。せーらのこれ、つけてあげる」

「う、うん」


 清蘭が腕を伸ばし、お気に入りのマジカルフロッピーのヘアピンを、俺の前髪に付けてくれた。清蘭の愛は嬉しいけど、妹にまで女の子扱いされるのはとてもとても恥ずかしい。


 ――まあでも。

 自分自身が美少女になって、他の美少女たちに囲まれるなんて、ハーレム系ラブコメでもなかなかできる体験じゃない。しかもみんな浴衣がとてもお似合いだ。これから合流予定の彼氏たちもきっと大満足だろう。

 今日くらい、『マケクド』の主人公になった気持ちで、全力で楽しむか。



 市民祭りの会場まで、電車に揺られること数駅。俺はもちろん、ずっと乗客の視線に怯えていた。……どうか男だとばれていませんように。


「おねーちゃんはやく!」


 根暗な兄が突然美人な姉に変わったのが相当嬉しいのか、清蘭は俺の浴衣の袖をグイグイと引っ張る。妹に懐かれているのは嬉しいけど、兄としては複雑な気分……。


「あっ! 光琉、みんな、やっほー」


 駅直結のショッピングモールを出ると、屋台の近くでイケメンの集団が待っていた。キラキラオーラがすごい。過ぎ行く女性がチラチラ見てるもん。陰キャには無縁の世界である。


「髪、可愛いね。つぐに似合ってる」

「へへ。ありがと光琉」


 いつものツインテールをお団子にまとめた双葉を、彼方くんが褒め称える。幸せそうで何よりだ。リア充爆発しろください。他のカップルも各々がいちゃついて実に妬ま――


「お姉さん可愛いっすね」


 イケメン集団に紛れたあまり馴染みのない顔が俺に言った。えーっと、中田……士郎、だっけ? てかこれナンパじゃね。


「……リガト」


 通行人に女装男子とばれるのは避けたいので、俺は最小限の声量で返答した。すると中田はさらに一歩ぐいっと踏み込む。


「もし良かったら、俺と一緒に回りませ――グホッ」


 鋭い平手打ちが彼の頬に飛ぶ。


「……士郎、ふざけんなよ」

「ごごご、ごべんなさいぃぃ」


 勢いよく腰を90度曲げ、情けなく謝罪をする中田の先に立つのは、彼のガールフレンド、池宮綾だ。

 小学生のような見た目に反し、難関国公立H大の学生で、地元系アイドルラッキー少女のメンバー。直接会うのは水族館以来2度目だ。


「久しぶりだね清忠くん。……いや清子ちゃんか」

「そんな人はいません」

「いや~、海堂くんがまさかこんな趣味を持っていたとはねえ」

「だから違――」

「いやいや照れることはないさ。いまは多様性の時代だからね」

「はぁ」

「海堂くんには今度、女の子のもーっといろんなことを教えてあ・げ・る」

「……綾さんが言うと、いろいろ卑猥なんですよ」


 しかも見た目が小学生だから余計にたちが悪い。下手したら、捕まるの俺の方だからな。


「もしかして、士郎の彼女さん?」


 佐倉が膝を曲げ、綾さんに目線を合わせるようにして尋ねる。まずいぞ。年下に対するような接し方に、綾さんが明らかにイラついてる。


「……そうだが」


 すると佐倉は中田を睨みつけた。

「士郎! 小学生の女の子相手に変なことしてないでしょうね」

「ひ、日向。綾は違って……」


「誰が小学生だ!!!」

「えっ?」


「私は大学生ですけど!!!!!」


 綾さんの堪忍袋の緒が切れる。驚く佐倉。なんかデジャブを感じる。


「す、すみません。」

「まったく失礼な……おっと、そろそろ行かないと。またね士郎」

「頑張れ綾ーーーーー」


 手を振りながら特設ステージへと歩き出す綾さんに、中田は全力でエールを送った。なんかカップルというより、アイドルとそのオタクって感じだな。


「あと海堂くんも、ね」


 ついでのお別れウィンク。さすがはアイドル、ただのファンサなのに危うく落ちかけたわ。


「やっぱり海堂くんだったんだね」

「あー、うん。いろいろあって」


 彼方くんが微笑みながら、女装した俺に話しかける。全部わかってるからね――みたいなその表情が余計に恥ずかしい。俺はどんな顔したらいいんだよ。


「とても似合ってるよ」

「なんにも嬉しくない……」


 あーもう最悪だ。早く根暗コミュ障クソ陰キャの海堂清忠に戻りたいよぉ。


「清忠と光琉。なんか楽しそうでよかった~」

「いや……まあ、うん。そうだな。それなりに楽しいのかも」

「ねえつぐ。一緒にわたあめ食べない?」

「食べる! 祭りと言えばやっぱりわたあめだよね~」

「海堂くんもどうかな?」

「俺も?」

「うん。みんなで食べようよ」

「じゃあ、そうしようかな」

「そうこなくっちゃ~。さっそくレッツゴー」

「つぐ! 走ったら危ないよ」 


 ――たとえ俺に彼女がいなくても。都合よく利用され、振り回され、おもちゃにされても。

 それでも俺は、この時間が嫌いじゃなくて。

 ヒロイン全員彼氏持ちなこの学園生活を。俺はもう少し、楽しんでいたいのだ。


(第一章完)


─────

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 内容は一区切りですが、明日からも第二章ということで随時更新していきますので、引き続き楽しんでもらえると嬉しいです!(よろしければ☆も……)

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