第22話 都合のいい男でも、俺が幸せならそれでいい

 翌日の放課後。

 俺は再び、体育館裏で双葉つぐと対面していた。俺の想いを伝えるために、そして――彼女の想いを聞くために。


「……返事、もらえるんだよね」


 少し不安げな瞳で、双葉は真っすぐに俺を捉える。

 清蘭とマジカルフロッピーが教えてくれた、ぶつかる勇気。自分の気持ちを隠したまま、互いを理解することはできない。逃げちゃ、だめだ。

 俺は小さく息を吸い、そして、彼女に告げた。


「ごめん双葉。俺はお前とは付き合えない」


 言葉の重みに声が震える。

 いつも振られる側だった俺が、逆の立場にいるのは変な気分で。えも言えぬ申し訳なさに、胸が苦しくなっていた。


「そっ……か。うん、そうだよね。ごめんね」


 双葉はそう呟きながら、瞳に大粒の涙を溜め、何度も何度も頷く。まるで自分自身を納得させているように。

 だけど――彼女に本当に伝えたいことは、それじゃない。


「双葉つぐには、彼方光琉の隣にいて欲しいから」

「……えっ?」


 それは、告白に対する最低の返答だ。否の理由を他者に押し付けるなんて、『2番目の男になって欲しい』よりもずっと小賢しい。

 それでも――


「わがままだってわかってる。だけど、水族館も、スタバも、勉強会も、みんなと過ごしたあの時間は、俺にはどうしようもなく愛おしくて。やっぱり……諦めたくないんだよ」


 偶然結ばれただけの、特別じゃない不安定な繋がり。いつまでもそれにすがるのは、愚かなのもしれないけれど――これが俺の、正直な想いなのだ。


「でも……あたしは光琉に別れようって言われて――」

「双葉が付き合わないなら、俺が彼方くんと付き合う」

「――!? な、何言ってるの。清忠は男だし……」

「女になっても構わない。俺が彼方くんを幸せにする」


 言っていることは無茶苦茶。でも本気だ。生半可な覚悟じゃない。

 ずっと考えていた。俺の欲しい繋がりが、他の誰かを傷つけるなら。その責任は俺が取るべきだ、と。……女装したことはまだないけど。


「ひどい……ひどいよ清忠。当てつけじゃん……そんなの。あたしだって……本当は光琉と一緒が良いけど……清忠も……必要だから。光琉と清忠が一緒になったら……もうあたし本当に……用済みじゃん」


 溜めていた涙が頬を伝る。その表情には、困惑と悲しみと怒りが入り混じっていた。

 そんな彼女に、俺は言った


「あのさ。その気持ち、もう一度彼に伝えないか?」

「……光琉に?」

「うん。もう呼んであるから」

「――つぐ!!!」


 桜の散った大きな木の陰から、爽やかなメガネのイケメンが現れる。

 1週間ぶりだな。彼方光琉を見るのは。


「光琉……ごめん。あたし――」

「謝らないで、つぐ」


 そうして、彼方くんは涙でいっぱいの双葉に歩み寄ると、青いハンカチを手渡した。自然過ぎる一連の動作に、改めて男としての格の違いを感じる。こういう気遣いも含めて、イケメンなんだよな。


「ぼくはつぐに必要とされるのが嬉しくて、だから」


 そして──彼方光琉は俺に向き直る。


「……君が憎くて、羨ましかった。つぐを自然に笑顔にできる海堂くんこそが、つぐの隣にいるべき人に思えて。それがどうしても、つらかったんだ」


 その苦しげな表情は、俺でも双葉でもなく、自分自身を責めていた。良い人過ぎて、俺にはもったいない友だちだと、つくづく思ってしまう。


「ごめん。俺も彼方くんの優しさに甘えてた」

「謝らないでよ。謝られたら……ぼくがみじめじゃないか。海堂くんの話を聞いて、気がついたんだ。つぐとの繋がりに、ぼくも依存していたんだって。でも……やっぱりぼくはつぐの笑顔が好きだから。つぐの隣にいるのはぼくでありたい」

「あたしも!」


 彼方くんの想いに応えるように、双葉は声を上げる。


「甘えっぱなしでごめん。自分勝手でごめん。一人じゃ何にもできなくて……ごめん。でもあたし、もっと強くなるから。強くなって絶対、今度こそ光琉を幸せにするから。だから、あたしと付き合ってください!」


 ――単なる問題の先送りかもしれない。何も解決してはいないかもしれない。俺たちを結ぶ繋がりは、これからも不安定で、いつか本当に失われる日が、来るのかもしれない。


 でも、いいじゃないか。高校生カップルが結婚する確率は1割を切るらしい。それでは、別れた9割の青春は無駄だったか……もちろん否だ。人生はあらゆる瞬間の積み重ねで。たとえ永遠でなくとも、いまここに、かけがえのない時間が存在するならば、俺はそれにすがっていたい。たとえ非合理でも、無根拠でも、現実逃避でも、自分が幸せだと信じられるなら、そこに幸せはあるのだと、俺は思うから。

 双葉つぐの告白に、彼方光琉は誠実な微笑を浮かべて応えた。


「よろこんで」


 涙で顔をくしゃくしゃにした双葉を、彼方くんは優しく抱きしめる。

 幸せな2人の笑顔は、陰キャの俺にとっては何よりも、眩しいものだった。

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