第18話(後編) 修羅場は突然にやってくる

「♪届いてよ恋のじゅもーん ときーめきーが反射するー」


 マジカルフロッピーショーまでは少し時間があるのか、特設ステージでは7人組のアイドルグループが歌っていた。


「双葉、あのグループ知ってる?」

「あたしも詳しくないけど……たしか、『ラッキー少女』だったかな。地元に根差したアイドルらしいよ」

「へぇ」


 アニソン感のある元気な曲で、初めて聞いたけどかなり俺好みだ。テレビに出ているような人しか知らなかったけど、全国にはまだ見ぬ素敵なアイドルもいるんだろうな。


「エー! ワイ! エー! AYA!!!」


 そんなラッキー少女たちへ、隣に立つ熱烈なオタクが全力で声援を送る。AYAさんって……あの人かな? 紫カラーの衣装に眼鏡をかけた娘。他のメンバーと比べて一回り小さいけれど、観客一人一人に何度も視線を送っていて、ステージで最も輝いて見える。熱いファンが付くのも納得だ。


「小学生もいるんだね~」


 いやさすがに小学生では……いや、小学生か? さすがにちっこいし。というかAYAさんってよく見たら、なんか既視感があるような……うーん。


「士郎、何してるの?」

「AYAはキュートでラb……えっ」


 双葉が空気も読まず、ガチ勢オタクさんのコールに水を差す。

 おいおいおい。何してるの?、は双葉さんの方でしょ。邪魔しちゃダメよ。AYAガチ勢オタクさん、めっちゃ動揺してるし。


「ふ、双葉と……海堂!? どど、どうしてお前らが一緒に」


 あれ、なんで俺の名前知ってるんだ? というか誤解されてね?


「はっ! まさかつぐ、海堂と浮気を――」

「そんなわけないじゃーん。弟たちの付き添いできただけだよ~」

「「こんにちはー」」


 小さきカップルたちはペコっと頭を下げる。あぶねー、やっぱり誤解されかけてた。


「そ、そうだよな。ははは」


 よく見たらこのオタク、中田士郎じゃん。直接話したことはないけど、たしか大学生の彼女ができたとか言ってた人。……彼女いるのにアイドルガチ推していいのかな


「士郎こそ、ここで何してるの?」

「お、俺はただアイドル見に来ただけで。か、かか、彼女の応援とか、そそそ、そんなんじゃ、ねねねえからな」


 なんだこの絵に描いたようなわかりやすい男。大学生の彼女って、アイドルだったのか。そりゃばれたらスキャンダルだわ。

 ……あっ。思い出したぞ。AYAさんって、前に水族館で会った──


「もしかして、池宮綾さん?」

「か、海堂!? なな、なんで知ってるんだよーーーーー!!!!!」

「えっと、いや、その……」

「もうおしまいだーーー。うわーーーーー」


 大変だ。ビンゴだったらしい。中田が発狂してしまった。池宮さん、アイドルやってたんだ。


「おにーちゃん、おともだちをなかせちゃだめだよ」

「いや、清蘭これは違って……」

「なかよくしないとだーめ」

「……はい」


 うう、愛しの妹に注意されてしまった。

 仕方がない。とりあえずこの男の涙をなんとかしよう。


「あのー、中田くん?」

「……なんだよ海堂」

「このことは誰にも言わないからさ。もう泣くのはやめてくれ」

「ほ、本当か?」

「ああ」

「ありがとー、かいどーーー」


 中田が俺に飛びついてきたが、男と抱き合う趣味はないのでひらりと躱した。普段の双葉との対敵経験が、こんなところで活かされるとはな。


「ほら。あっちでラッキー少女がファンと写真撮ってるから。行ってきなよ」

「おう! 海堂ありがとな」


 こうして中田は、ライブを終えてファンと交流するラッキー少女の方へ消えていったのだった。ふぅ、ミッション完了だ、


「次はいよいよマジカルフロッピーのショーだね!」

「うん! せーらたのしみー」

「ねえ。前の方は小さいお友だちの席だって。拓斗、清蘭ちゃんと行ってきなよ」

「そうする!」


 小さきカップルは手を繋いで前の方へ移動した。大きなお友だちが前にいると、後ろの人が見づらいもんね。こういう配慮はとても素晴らしい。


「いーよね〜、あーいうの」

「マジフロ運営の気遣いが?」

「違うし──いやそれもあるけど。清蘭ちゃんと拓斗のこと! 幸せそうだよね、本当に」

「あぁ」


 たしかにカップルは良いものだ。好きな物を分かち合い、つらい時には助け合う。愛する人とこんな関係を築けたらどんなに幸せか……羨ましすぎて涙が出る。

 けど彼氏持ちにそれを言われるのは、マウントみたいで癪に障るな。


「双葉には彼方くんがいるだろ」

「そうだけどさ……幸せな恋愛は、あたしには無理だから」

「そう、なのか」


 切なげな瞳でそう言われては、俺は何も返すことはできない。だけど……あんな素晴らしい男と付き合うことを、幸せと呼ばずしてなんと呼ぶのだろうか。


「――つぐ! ……と、海堂くん。どうしてここに」

「えっ?」


 振り返ると、俺たちの後ろに、彼方くんが立っていた。


「光琉、勉強は?」

「そんなことはいいだろ! どうして祭りに、つぐが海堂くんと一緒にいるんだよ!!!」


 初めて俺は、彼方くんが声を荒げるのを見た。


「えっと、弟の付き添いにきたら、たまたま清忠と清蘭ちゃんがいて、それで──」

「……もう、信じ切れないよ。ぼくには」


 その呟きは双葉に対してではなく、自分自身に向けているようだった。瞳に宿るのは、怒りでも悲しみでもなく……諦めの色。


「光琉……?」


 その不安げな双葉の顔を真っ直ぐに見据え、はっきりと、彼方くんは告げた。


「──別れよう、つぐ」


 別れるって……まじかよ。だが彼方くんは既にくるりと背を向け、駅の方へ歩き出してしまった。


「待ってよ光琉!」


 双葉はそれを追いかけようとするも、この人混みだ。簡単に見失ってしまう。


「良い子のお友だちのみんなー。こーんにーちはー」


 司会のお姉さんの元気な声だけが、俺には虚しく響いていた。

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