第18話(中編) 異性との間接キスを意識しない人間っているのかしら

「おっまたせ〜」


 ちょうどホテルの会議室が更衣室として開放されていたようで、そこで双葉はTシャツにホットパンツという、いつもの格好に着替えて戻ってきた。

 おそらく浴衣のお客様のために用意したのだと思うけど、まさかメイド服のお客様がいらっしゃるとは想定外だったろうな。


「つぐおねえちゃん、おひめさまのおようふくやめちゃったんだ……」

「ご、ごめんね清蘭ちゃん」


 思いのほか清蘭がしょんぼりしてしまった。すごく気に入ってたもんな、さっきの制服。メイドはお姫様というより使用人だけどね。


「げんきだして、せっちゃん。わたあめたべにいこ」

「たべる!」


 たっくんは清蘭を励ますと、その手を優しく握って屋台の方へ歩き出した。……こいつ、俺より遥かに彼氏力高くね? 園児のくせにイケメンムーブが過ぎるだろ。 

 そんな2人を見守るように、俺は双葉とその後ろを付いていく。


「清忠あれじゃない? わたあめ」

「だな」


 会場入口すぐの屋台に、多種多様なキャラクターのイラストがプリントされたお馴染みの袋が吊るされていた。


「マジカルフロッピーだ!」


 そう言って清蘭がたっくんと走り出したので、俺たちも慌てて追いかける。味はどれも変わらないのになぁ……、とか、砂糖の塊に600円かよ……、などと考えてしまうのは、俺の心が荒んでしまった証拠だろう。幼き清忠くんは純粋に『わーい。くもみたいでふわふわー』って喜んでたもん。歳は取りたくないものだ。


「清蘭ちゃんマジカルフロッピー好きなの?」

「うん! だいすき!!!」

「あたしも好きなんだ~。可愛いよね~」

「かわいくて……かっこいい」

「わかる! わかるよ清蘭ちゃん!!! じゃあ買ってあげるね、わたあめ」

「ほんと!? ありがとう、つぐおねーちゃん」

「どういたしまして。てことであたし行ってくるから、清忠は2人を見てて」

「……あいよ」


 物で清蘭を釣るとは……双葉つぐめ、卑怯な奴。俺だって清蘭に『ありがとう、きよただおにーちゃん』って言われたいのにぃ。

 そして双葉に園児たちを託されたが、2人とも良い子でいちゃついているため、俺はそれを指をくわえて見ている以外の仕事がない。


「せっちゃん良かったね」

「うん! たっくんもいっしょにたべようね」

「いいの? せっちゃんのわたあめなのに」

「せーらはんぶんこしたいの」

「ありがと、せっちゃん」


 いやいやいや待て待て待て。君たちもう普通に食べ物をシェアできてしまう関係なの? 最近の清蘭は、お兄ちゃんが口を付けた物は絶対に食べないのに……双葉拓斗め、恨めしい妬ましい羨ましい。


「はい、清蘭ちゃん」

「わーい。つぐおねーちゃんありがとー」


 わたあめ、思ったよりでかいな。清蘭が小顔美人だから余計にそう見える。これはたしかに一人で食べるには多いかも。


「ねえ、清忠いちご飴買ってきてよ」


 屋台を指差しながら双葉が言った。


「なんで俺が……」

「だってまだあの時のお礼してもらってないもん」

「お礼?」

「ほら、お寿司食べに行った日。次は清忠が奢るって言ったじゃん」

「あー」


 双葉と初めて会った日か。今度お返しに奢るって話をしたっけ。完全に忘れてた。


「2人も食べたいよね?」

「「たべたーい」」


 息ぴったりの小さきカップル。清蘭はめちゃくちゃに可愛いけど、たっくんに対しては、やはり大人げなくも腹が立ってしまう。俺の清蘭だぞ。

 まあでも、約束は守らないとな。


「……買ってきます」 

「清忠ありがとー」


 はぁ。ええっと、それで、いちご飴のお値段は……700円!? まじか、わたあめより高いじゃん。ということは3人で2000円超えか……うん、俺の分はいいや。

 俺はなけなしの金でいちご飴を3本購入し、またみんなのところへ戻った。


「はい、清蘭と拓斗くん。あと双葉も」

「おにーちゃんありがとー」

「おにいさん、ありがとうございます」

「ありがと清忠。――あれ、自分の分買わなかったの?」


 さっそくいちご飴を口に入れながら、双葉は尋ねた。


「あいにく、財布が寂しくてな」

「そっかぁ。じゃあさ、あたしの少しあげようか?」

「……!?」


 上から2つ目までを食べ進めた双葉は、残りの串を俺に差し出す。

 えっと、双葉さん? それはさすがにまずいと言いますか……はい。


「いらないの?」

「……遠慮しときます」

 ナチュラルに間接キスを要求するの本当にやめてくれ。まじで。俺の情緒が大変なことになるから。

 はぁ、顔が熱い。さっき買った水でも飲もう。


「あっ、あたしも喉乾いた。その水もらっても良い?」


 こいつ……もしや心の底から間接キスを気にしないタイプか? 男たらしとかではなく、まじの天然か?

 でもここで断ったら、俺が間接キスごときでワーワー言う非モテ童貞クソ陰キャみたいだし……仕方がない、腹を決めよう。


「ど、どうぞ」

「ありがと!」


 ――ああ、俺が口を付けたペットボトルを普通にグビグビ飲んでるよ。もうやだ、この人。


「おにーちゃんみて! マジカルフロッピーだよ」


 屋台の隣に置かれた立て看板。そこにはマジカルフロッピーショーという文字が。


「清蘭ちゃん行こっ!」

「うん!」


 女性陣がステージの方に走り出す。残される男たち。はぁ、今日は振り回されてばかりだ。


「えっと……行こうか、拓斗くん」

「はい、おにいさん」


 ……だから君にお兄さんと呼ばれる筋合いはない。

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