第17話(後編) 片付けは「隠す」より「減らす」が大事らしいよ

 清蘭にはリビングでマジカルフロッピーを観ていてもらい、俺は自分の部屋に双葉たちを集めた。小さなテーブルを2つ用意し準備万端……なのだが。

 さっきから双葉だけが座らず、部屋をじろじろ観察していた。


「う~ん、ないなぁ」

「……何してるんだ?」

「清忠のエロ本、どこかなって」

「やめなさい」


 こいつは本当に……マナーとか習ったことないのかな。

 というか、そういう叡知の結晶を人の目が届くところに置いておくわけがない。すべて電子化し、パソコンの『1年生2学期』フォルダーに、パスワードを設定して保管してある。なお『1年生2学期』と『1年生3学期』フォルダーは、数学や英語の問題データを適当に放り込んだだけのダミーだ。


「意外ときれいにしてあるんだね、海堂の部屋」

「あぁ……うん。まあな」


 佐倉に褒められたものの、実際は全部押し入れに隠しただけである。物量はほとんど減っていない。どうか双葉に開けられませんように。


「そ、そういえば。今日は風戸くんたち来なかったんだな」


 絶好の青春イチャラブイベントのはずが、なぜか参加者は女性のみ。

 トリプル(他人の)おうちデートに巻き込まれなかったのは良いけれど、この間のスタバみたいに、佐倉と双葉が険悪にならないかが少し気がかりだったり。


「だって遥輝はテスト前日まで勉強しないもん。……それでうちより点数良いから腹立つ」

「へ、へぇ」


 佐倉は悔しそうに拳をぎゅっと握りしめる。たしかに風戸くん、要領良さそうだもんな。最低限の努力である程度の成績をキープしているイメージ。佐倉も思うところがあるのだろう。


「だから今回はこっそり勉強して、遥輝をぎゃふんと言わせるの!」

「お、おう。がんばれ」


 本当にぎゃふんと言う人間が存在するかは知らないけど。


「岩本くん……は、野球部だよね」

「はい。テストの3日前まで練習みたいです」


 学校から強化指定を受けている部活は、テスト前も活動が認められている。噂によると、テスト当日まで朝練している部活もあるとか。テストだけでもヒーヒー言ってる帰宅部勢からすると想像もできない厳しさだ。


「光琉は一人で勉強してるから」


 俺が尋ねるより先に双葉は言った。少し寂しそうにも見える。


「彼方、T大が第一志望だもんね?」

「まじ!?」


 T大は説明するまでもなく、日本一の国公立大学だ。甘く見積もっても中の上レベルの自称進学校から、その頂に挑戦する若者が現れるとは。


「合格したら開校以来初らしいですね」

「すごいな……」


 そりゃ、俺たちのテスト勉強に付き合ってる場合じゃない。凡才には想像できないけど、きっと数々の難問に淡々と立ち向かっていくのだろう。やっぱりすごいな、彼方くん。


「ところでさ、双葉」

「どうしたの?」

「この前『あたし授業以外でぜっっっっったいに勉強しないって決めてるんだもん』とか言ってたよな」

「……その喋り方何? 気持ち悪いんだけど」


 うぅ。ちょっと声真似して見ただけなのに、ガチトーンでマジレスしないで。俺の豆腐メンタルがぐちゃぐちゃになっちゃう。


「いや、あの……なんで勉強会に来たんですかね」

「面白そうだったから」


 当然のように即答。

 うん。こいつ絶対勉強する気ないな。



「――つまりtanθはy/xだから、座標平面上では傾きになるんだよ」

「あのさ~清忠」

「ん?」

「日本語で説明してよ」

「日本語だ」


 双葉&俺、佐倉&津久志に分かれ、俺はさっきから双葉に数学を教えているのだが……まったく伝わらない。悲しいほどに。

 勉強は凡才の割にそこそこできると自負していたが、教える能力に関しては壊滅的らしい。


「できた! 心優ありがとう」

「ふふっ、良かったです」


 どうやら佐倉の方はうまくいってるようだ。都久志さんもSクラスだもんな。真に頭の良い人間は、きっと教えるのもうまいのだろう。


「ね~清忠~。あたし疲れた〜。ちょっと休憩しようよ~」

「まだ何もしてないだろ」

「いーじゃーん。あっ! テスト終わる日、夏祭りあるよね。みんなはもう約束した?」


 双葉は強引に話を逸らす。俺の予想通り、勉強する気はなかったようだ。


「うちはしたよ〜。珍しく遥輝の方から誘ってくれたんだよね」

「私も大悠さんと部活終わりに少しだけ参加する予定です」

「やっぱりふたりとも約束してるんだ。あたしも行きたかったけど、バイト入れちゃったんだよね」


 あちゃーと笑う双葉に、佐倉は不安げに尋ねた。


「つぐ、最近シフト入れ過ぎじゃない? 大丈夫?」

「うん平気。あたしバイトけっこう好きだし。それに……何もしてないとメンタル病んじゃうから」


 双葉が弱気な表情を見せるのは珍しい。俺も少し心配になるな。


「勉強頑張ってる光琉に迷惑かけるわけにいかないし。自己管理くらいしっかりしないと」

「無理はしないでくださいね」

「ありがと心優、日向。あっ、でもバイト早く上がれたら弟と行こうかな。いちご飴食べたいし」

「光琉くんは誘わないの?」


 佐倉はなおも心配そうだ。


「そりゃ行きたいんだけど……バイトいつ終わるかわかんないもん。光琉はあたしよりずっと大変だから、迷惑はかけられないよ」

「そう、なんだ」


 双葉の気遣いなんて初めて見たから少し意外だった。俺の都合はガン無視だけど、彼氏の都合は考えていたんだな。これが好きな男とどうでも良い男の扱いの差か。ちゃんとカップルしていることには安心しつつも、なんか虚しい。

 

「それよりさ! 夏祭りと言えば花火だよね」


 ややしんみりした空気を払うかのように、双葉は明るいトーンで言った。

 たしかに高校生カップルには花火が似合う。学校帰りに制服で観るもよし、浴衣に着替えて観るもよしだ。ラノベなら絶対に神絵師さんの素敵なイラストが挿入される場面である。


「私、今回は浴衣に挑戦してみたいんです」

「良い! 心優めっちゃ美人だから、絶対浴衣映えるよ」

「あ、ありがとうございます」

「あ~あ。うちも心優みたいな金髪になりたかったな。校則で髪を染めるの禁止だし」


 定期的に頭髪検査が行われる自称進学校が、染髪を認めるはずもなかった。それはそうと、佐倉が金髪になったらいよいよギャルだな。


「清忠は夏祭りどうするの?」

「ああ、俺は清蘭と一緒に――なんだよ」


 一同から向けられる軽蔑の眼差し。あれ、なんか変なこと言ったか?


「あのさ海堂。いくらモテないからって……実の妹に手を出しちゃダメだよ。犯罪だから」


 佐倉の言葉にうんと頷く2人。


「いや、えっと……うん」


 理不尽だ。双葉だって弟と行くって言ってたのに。これがいわゆるジェンダーバイアスなのか。根深い問題だ。


「あ、ごめーん。あたしそろそろバイトだ。行かないと」


 壁の時計を見ると、既に午後4時を回っていた。


「私たちもそろそろお暇しましょうか」

「そうだねー、海堂じゃあね!」

「お、おう。またな」


 結局、ほとんどお喋りをして終わってしまった。勉強会とは……?


「あっ」


 何か思い出したように、双葉が小さく声を上げた。


「どうした双葉?」

「清蘭ちゃんにもバイバイしないと」

「あ、うちもする~」

「わ、私もしたいです」


 はて。

 どうして兄妹でここまでモテ度に差があるのだろう。

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