第14話(後編) とはいえ男友達に彼氏のことを愚痴るのは碌な女じゃないと思う

 ご察しの通り、驚き声の主は双葉つぐだった。どうやら津久志さんと一緒にスタバに来ていたらしい。

 はぁ、まったく気づかなかった……運がない。


「つぐと心優じゃん。やっほー」

「ふふっ。清忠くん、日向さん。こんばんは」

「……なんで2人がスタバにいるの?」


 当然のように身体を詰めながら、双葉は俺を睨みつけるように尋ねた。お盆の上にはドーナツが2つ重ねられている。


「たまたまそこで会っただけだよ。ね、海堂?」

「お、おう」


 違うとは言わせないという佐倉の圧。たしかにの範囲を指定してはいないので、嘘はついていないな。


「ふふふ。仲がいいんですね」


 そう言って、津久志さんは軽く頭を下げつつ佐倉の隣に座る。彼女の前には紅茶のような飲み物。いつも以上にお嬢様感が増している気がする。

 てかよく考えるとこの状況。めっちゃハーレムじゃね??? 残念なことに、全員に彼氏がいるのだけれど。


「そういう心優も、つぐと仲良さそうじゃん。2人でお茶なんて」

「はい。私が大悠さんの部活終わりを待っていたら、つぐさんがお茶に誘ってくださったんです」

「あたしもバイトまで時間あったからね〜」


 なるほどそういうことか。この学校バイト禁止なんだけどね。


「ところで双葉。彼氏はどうしたんだよ」

「図書室で勉強。来週模試があるから忙しいんだって」

「へぇ、偉いな」


 さすがはスーパーSクラス。学校の期待を背負っているだけあって、勉強への意識が高い。俺、図書室なんてラノベ読む以外に使ったことないよ。


「……つぐも一緒に残ればいいのに」


 佐倉は眉間に少しシワを寄せながら呟いた。


「え〜やだよ。光琉の勉強の邪魔したくないし~。それに、あたし授業以外でぜっっっっったいに勉強しないって決めてるんだもん」


 なんだよ、そのさぼりと言う名の縛りプレイは。なんにもすごくないからな。彼氏への愛が勉強への嫌悪に敗れたと思うと切ないし。


「てかさ~、清忠ってあたし以外の女の子とも2人で遊ぶんだね」


 なぜか不満げな双葉。彼氏のいる人間に嫉妬されても、嬉しく無さすぎてビビる。


「海堂とはそういうのないから」


 にこりともせず日向は言った。少し空気がピリつく。


「え〜、でもさ──」

「つぐといっしょにしないで」


 佐倉は明らかに苛立っていた。たしかにいまの双葉の発言は無神経すぎる。それじゃまるで、俺が非モテの陰キャみたいじゃねえか。まあそうだけど。

 ……気まずい空気に耐えかねたので、俺は都久志さんに話しかけた。


「えーっと……都久志さんはいつも大悠くんの部活を待ってるの?」

「い、いえ。今日は練習が少し早く終わる日なんです」


 都久志さんも動揺しているのか、ぎこちなく返答すると、紅茶を一口飲んだ。


「そ、そうなんだ」

「はい。普段あまり一緒にいられないので、なるべく会える時間は作りたくて」


 強化部活に指定されている野球部は、毎日夜遅くまで練習があり、朝練も当然にある。そのため基本的には全員が寮住みだ。なかなか時間を合わせるのは大変だろうな。


「でも心優のところは仲良くていいなぁ。喧嘩とか全然無さそうだもん」

「私はむしろ、日向さんが羨ましいです。お互いがお互いを信頼して、心を許しているってことがよくわかります。私は大悠さんに気を遣わせすぎてしまって……」

「それだけ愛されてるってことじゃない? うちは逆に、遥輝に女の子として見られてるかめっちゃ不安だもん」


 恋愛+女子トークパートが始まり、俺は完全に蚊帳の外になってしまった。

 ああつまんねえ。こっちは16年間彼女がいないってのに。


「清忠こっちみて」

「え?」


 ──双葉は左手を俺の肩に回すと、スマホを持った手を伸ばした。

 近い近い近い! お顔が近すぎる!!! 状況を理解する間もなく、気がつけばパシャリと音が鳴っていた。


「ふふーん。心ここにあらずな清忠」


 双葉の唐突なボディータッチと近すぎる顔により、俺の心臓がバクバクして大変なことになっていた。


「い、いますぐ消せよ」

「え~いいじゃん。後で清忠にも送ってあげるから」

「そういう問題じゃねえよ。……そもそも俺双葉の連絡先知らないし」

「そうだっけ? じゃあいまライン交換しよ。早くスマホ開いて――」

「……ねえ」


 俺のスマホを奪おうとする双葉を、佐倉が制止した。

 空になった彼女のプラコップから、カランと氷の音が響く。


「ど、どうしたの日向……?」

「前から思ってたけどさ。つぐ、さすがに海堂と距離近すぎない? 光琉が可愛そうだよ」


 瞳に怒りの炎を宿した佐倉が言った。それに対抗するように、双葉の顔もみるみる赤くなっていく。

 ま、まずいぞ。これはもしかして──修羅場!?


「日向には関係ないじゃん。そっちだって、清忠と2人でスタバとか。浮気してたんじゃないの?」

「そんなの……つぐにだけは絶対言われたくない」


 場所が場所なので、怒号が飛び交うことはないものの、静かに女の戦いが勃発していた。

 やめて! 俺のために争わないで! ──と、せっかくの機会だから言ってみたいところけど、火に油を注ぐだろうから言う勇気はない。 


「お、落ち着いてください」


 都久志が仲裁するも効果は無く。互いが互いを睨みつけている。仕方がない、この手だけは使いたくなかったが……。

 俺は深く息を吸い、店内で許される最大限の音量で叫んだ。

 

「俺に気がある女なんているわけないだろ!!!」


 2人の視線と、そして一部の客の視線がこちらに向いた。恥ずかしい……。


「コミュ障を拗らせた卑屈陰キャと絡んで、何か起こると思うか?」


 俺がそう尋ねると、佐倉と日向は顔を見合わせる。


「……たしかに。清忠に彼氏ってイメージないわ」

「なんか友だちって感じだよね」


 そうして2人はニヤリと笑ったのだった。


「さっきはごめん。言い過ぎた」

「あたしこそごめん。日向に失礼なこといっぱい言った」


 うんうん、仲直りできたようで何よりだ。

 けど……そこまで納得しなくてもいいじゃん。友だちって感じってなんだよ。そもそも、周りに彼氏がいる女しかいないのが悪いんだからね。


「あっ! 大悠さん、部活終わったみたいです」

「じゃああたしもバイト行こうかな」


 みんなが荷物をまとめ始めたので、俺も急いで残りのコーヒーを飲み干した。なんかつらいから、早く帰ってマジカルフロッピーに元気もらいたい。


「ねえ、清忠」

「ん?」


 鞄を背負った双葉は、珍しく真剣な表情だった。


「――幸せになろうね、お互い」

「あ、あぁ?」


 双葉の瞳は、俺よりも、さらに遠くを見据えるような。 

 そんな瞳だった。

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