第14話(前編) 彼氏の愚痴を平穏に聞けるのが真の男友達だよ

 駅直結のショッピングモール。

 様々におしゃれな店が立ち並ぶその中心に、陽キャのアジトはあった。キラキラな雰囲気が俺を圧倒している。だって外装がもうね、陰の者を拒んでるんだもん。


「好きなの頼んでいいよ。うち、奢るから」

「いや俺払うよ。悪いし」


 ただより高いものはない、とはよく言ったもので。他人に借りを作ることは、得られる利益よりも返す労力の方が遥かに大きい。特にコミュニケーション自体がコストになる陰キャならなおさらだ。気軽に作るべきじゃない。


「だってうち、あの時のお礼まだしてないじゃん」

「お礼?」

「うん。ほら、トラックの時の」

「あぁ」


 転校初日。佐倉の命を助け、運命っぽい出会いを果たしたあの事件。まだ覚えてたんだ。


「まあとにかく入ろ!」

「お、おう」


 佐倉に背中を押され、俺は店内へ。よくわからないまま列の最後尾に並ぶ。

 恐る恐る周りを見ると……なるほど。予想通り、陽の光を纏った人間しかいない。クリームたっぷりの飲み物を持ち、わいわい楽しそうに盛り上がる女子高生たち。机にコーヒーを置いてカタカタとキーボードを叩く優秀そうなサラリーマン。……いや、仕事のできる人間が店のフリーWi-Fiを使うわけがない。つまり彼らは意識の高い風の普通の人だ。そう思うと、少し親近感が湧いてきた。


 などと考えていると、何を飲むかも決めない内に順番がきてしまった。


「ご注文お伺いします」


 リア&充です!って顔の若い女性店員。そのオーラに、俺はつい怯んでしまった。


「んーっと、抹茶ティーラテアイスのトール。エスプレッソショットを追加でお願いします」


 謎の呪文を詠唱して対抗する佐倉。だめだ、俺はこの戦いについていけない。


「で、海堂は?」

「え、えーっと」


 ……メニューは置かれているものの、カタカナとアルファベットばかりで目が滑る。しかも後ろに人が並んでいるプレッシャーに、戦闘経験の浅い俺は冷静な思考力を奪われていた。

 というわけで、俺は恥を忍んで店員さんに尋ねた。


「こ、コーヒーはありますか?」

「ドリップコーヒーでございますね。サイズはいかがなさいましょう」

「えっと……一番小さいやつで」

「かしこまりました。ショートでご用意いたします。ホット・アイスはいかがなさいますか」

「ホットで」

「かしこまりました。できあがりまで少々お待ちください」


 よし。ぎこちなかったけれど、何とか注文に成功したぞ! 強敵を倒して獲得した大量の経験値により、脳内にレベルアップのファンファーレが鳴り響いている。ちゃらららちゃっちゃっちゃ~ん。


「うち海堂のコーヒーも持っていくからさ。先に席取っておいてくれない?」

「わかった」


 お安い御用よ。商品の注文よりも遥かに楽な相手だ。

 店内は人が多いように見えたが、どうやら持ち帰りの客も多いようで、空いている席もいくつかあった。俺は角を選択し、なるべく気配を消しつつ、そこに腰掛ける。

 ……飲み物なしに座るの、思ったより居心地悪いな。手持無沙汰で、周りの視線が無駄に気になってくる。俺のことなんか誰も見ちゃいないのに。どうやらこれが今回の敵が持つ能力らしい。なかなか厄介だぞ。


「……なんでそんな小さくなってるの?」


 ソワソワしながら敵の攻撃を回避していると、抹茶のドリンクとコーヒーをお盆に乗せて仲間が戻ってきた。ふぅ、助かった。


「なんか落ち着かないんだよ、こういう場所」

「ふーん。普通にしてればいいのに」


 佐倉は陰キャの生態がなーんにもわかっていない。

 陽の空間ではね、陰キャは何もしなくてもHPが削られていくの。だから陽キャの陰に隠れて気配を消し、体力の減りを抑える必要があるのよ。陽の者にはわからないかもしれないけど。


「はい。清忠のコーヒー」

「おう、ありがと佐倉」

「てかさ、本当にコーヒーで良かったの? もっといろいろ乗ってるやつあるのに。うち奢るんだしさ」

「いやいや。アウェイな場所だからこそ、慣れた物を飲んで落ち着きたいんだよ」

「うーん、ごめん。やっぱり何言ってるかわかんないかも。うちは安く済んで助かるけどさ」


 さっきからなかなか会話が噛み合わない。文化の違いか、あるいはレベルの違いか……。


 心の中でそう嘆いていると突然、聞き馴染みのあり過ぎる声が俺の耳に入ってきた


「えっ! なんで2人が一緒にいるの???」


 ……げっ。







 

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