第13話 カップルールに正解はない
セーラー服のまま、佐倉日向は左打席に立つ。足を肩幅に開き、腰を軽く落として、鋭い眼でマシンを睨みつけた。
飛び出す速球。佐倉がその美しいフォームから、ブンッとバットを振ると、ジャストミートしたボールはグングンと伸び、やがて──小さな的に命中した。
「またホームラン……」
「いやぁ。やっぱりバットを振るのは気持ち良いね~」
気持ち良いね〜──じゃないよ! えっ、なんでこんなにポンポンホームラン打てちゃってるの? しかも制服で。すごすぎんか。
「よし、ちょっと休憩! 海堂もやる?」
「……遠慮しとく」
さすがにあのスイングを見た後に、打席に立つ度胸はない。
すると佐倉は、ふぅっと息をついて俺の隣に腰掛けた。さすがはギャルと言うべきか、汗をかいた筈なのに、なぜかフローラルな香りを纏っている。匂いのケアは万全らしい。制汗剤すら使わない俺とは大違いだ。
「とんでもないスイングだったな」
「へへ、ありがと。これが一番ストレス発散になるんだよね」
「だろうな」
あれだけボールを飛ばせたら、気分がいいに決まってる。俺なんかピッチャーゴロしか打てなくてむしろストレスたまるもん。
「風戸ともよく来てるのか?」
「まさか! こんな姿、見せられるわけないじゃん」
「なんで?」
「だってうち、箸より重いもの持たないキャラでやってるもん」
「いやどこの箱入り娘だよ」
そんなキャラがあってたまるか。
「……それくらいね。女の子は好きな人に少しでも可愛いと思われたいんだよ」
佐倉のやや切なげな表情に、俺はデリカシーの若干欠如した先ほどの思考を反省した。ごめんなさい。
「ねえ、海堂。少し話、聞いてもらっても良いかな」
「う、うん。俺で良ければ」
むしろ陰キャの側から話すことなど何もないので、そちらから話してもらえるのはとてもありがたい。気まずい沈黙におびえなくて済むもの。
「うちさ。小さい時からずっと、遥輝のこと好きだったんだよね」
「へぇ」
あー、はいはい。惚気話系ね。全然OKですよ。こっちはトリプルデートの一件で、他人の幸せに対する免疫はばっちりつけてますからね。
「けど遥輝は全然、うちのことそんな風には見てくれなかったから。去年学園祭でうちの気持ち伝えて、やっと付き合おうって言ってもらえたんだよね」
少し意外だった。傍から見ていると、むしろ風戸の方が佐倉に惚れているように見えてたから。
けどたしかに、風戸が自分から告白ってのもあんまイメージないか。
「でもさ。デートしててもやっぱり、うちと遥輝じゃカップルっぽい雰囲気にならなくて。ちょっと悲しくなっちゃうんだよね。あぁ、うちは心優とかつぐみたいに、可愛くないからかなって」
佐倉の言わんとすることはわかる。男女の友情の先に、必ず恋愛が置かれているわけではない。むしろ恋愛に発展しえない関係が大半だろう。
――けど。
「少なくとも、風戸はお前のことかなり好きだと、俺は思うぞ」
「ほんと?」
「うん。たぶん風戸は照れくさいんじゃないかな。水族館でもそんな感じだったし」
言葉で説明するのは難しいけど。佐倉を見る風戸の表情からは、その愛の深さを感じざるを得ないのだ。実に、実に妬ましいことに。
「そっか……うん。ありがと海堂! なんかスッキリした」
「本当に、俺で良かったのか? 相談相手」
「もちろん! ほら、こういう話って、女の子にはしづらいじゃん? かといって、遥輝の仲いい男子には言えないし。海堂くらいが丁度いいんだよ」
「……あんまり嬉しくないな」
「ごめんごめん」
でも。
俺は少しだけ引っかかっていた。
偽りを見せ合う関係。自分の負の部分に蓋をし、明るい面だけを見せ合う。果たして、それは本当の意味で愛し合ってると言えるのだろうか。
……なんて考えてしまう時点で、俺は恋愛を神格化し過ぎなのかもしれないけどね。
「いや~、真面目な話してたら暑くなってきちゃった」
「――!? お、おいやめろ」
佐倉がスカートを大きくパタパタさせ、風を送り込む。当然、太ももが顕わになり、その奥にあるものも――
「大丈夫だよ。中ジャージ履いてるし」
そういう問題じゃない!
スカートの中が見える、というイベント自体に、男は夢を見るのだ。その神聖な世界を好きでもない男に見せるな! 彼氏が泣くぞ。
「あ~、なんか甘いもの飲みたいな」
「あ、それに関しては同意です」
俺も珍しく難しいことを考えて疲れたので、糖分が欲しい。
「じゃあさ。この後スタバいかない?」
「ス!? す、すた、ばばば……」
「どうしたの?」
「スター……バックス……陽キャの……巣窟……」
行けるわけないじゃん。そんなキラキラな場所。
そもそも名前にスターが入ってる時点で、陰キャはお断りなのよ。俺たちにはせいぜいスナバがお似合いだ
「なんかさ。海堂ってたまに、何言ってるかわかんない時あるよね」
「……それは文化の違いだと思う」
「そうだ! ダークモカチップクリームフラペチーノにホワイトモカシロップ追加しよ~」
俺も佐倉さんが何の呪文を唱えたのかわからないのですが。
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