第20話 告白への回答は、時に告白よりも難しい

 考えるまでもなく、答えはNOに決まっている。それなのに、下校時間を過ぎてもなお、俺のモヤモヤは晴れなかった。 

 脳裏に何度もよぎる、助けを求めるような双葉の表情。もしも彼女が、キープでも、都合の良い男でもなく、本当の意味で俺の存在が必要なのだとしたら――俺は彼女に、何をあげられるだろうか。


「なーに難しい顔してーんの!」

「うわっ、びっくりした……」


 部活生以外のほとんどの生徒が下校し、ガランとした校門前に、なぜか佐倉が立っていた。隣には都久志さんもいる。


「……2人ともどうしたの?」

「私たち、清忠さんを待っていたんです」

「俺を……?」


 すると佐倉は、真剣な眼差しを俺に向けた。


「海堂さ。つぐと何かあったでしょ」


 ここ数日、俺の頭に幾度となく浮かんだ名前。


「な、なんで」


 それを改めて口に出され、俺はつい声が裏返ってしまう。


「だってつぐも清忠も、顔がずーっと死んでるんだもん。お互い気まずそうにチラチラ見てるしさ。今朝は2人でコソコソどこかに行ってたみたいだし」


 ……まさか双葉のみならず、俺までわかりやすく顔に出ていたとは。なんか恥ずかしい。


「よかったらお話、聞きますよ?」


 都久志さんは俺に優しく語りかける。

 けど……これは俺と双葉、そして彼方くんとの問題だ。それに答えは一つに決まってる。人に話すことなんて、何もない。


「別に……」

「ふ〜ん」


 言葉に詰まる俺の顔を、佐倉がジロジロ観察し始める。そして、佐倉はわざとらしく首を傾げ、ニヤリと尋ねた

 

「つぐに告白でもされた?」


 ──!?

 ど、どど、どうして……まだ誰にも話していないはずなのに。


「さ、佐倉。どこでそれを知って──」

「えっ、まじ。海堂、本当に告白されたの?」

「あ」


 完全に嵌められた。くっ、鎌をかけて情報を引き出すとは……卑怯な奴め。


「まあ、仲の良かった男女が急に気まずくなったら、9割9分恋愛絡みだよ。ね、心優?」

「たしかによくありますね。特につぐさんと清忠くんは学校でよく一緒にいらっしゃるので」

「あ、そうなんですか……」


 変愛とは無縁の人生なので全然知りませんでした。男女が急に気まずくなるのってあるあるなんですかね。


「それにしても、つぐったら本当に……」


 佐倉の怒り方はまるで保護者のよう。スタバの時を思い出す。


「とりあえず、場所を変えましょうか」



 校舎1階の奥にある、薄暗い廊下を進んでいくと、人気のない小さな教室があった。


「……ここは?」

「私たちのクラスが、放課後の講習に使っている教室です」

「へぇ」


 愛崎高校は基本的に6時間授業だが、スーパーSクラスは例外的に、講習という名の7時間目が存在する。おそらく、放課後は帰宅する生徒や部活生で騒がしくなるため、人のあまりいない教室を使っているのだろう。


「月曜日は講習がお休みなので、今日は誰も来ないと思います」

「そうなんだ」


 それはいいんだけど……ぼろい教室だ。机も椅子もガタガタしてるし、床の塗装も剥げてしまっている。学校の期待を背負ったスーパーSの生徒に使わせるべき教室とは思えない。うちの高校、私立なのに金が無いもんな。この間も、体育館が雨漏りしてたし。


「なにこれ~。めっちゃ難しそうなことしてる」


 黒板には前回の授業の板書が残っており、佐倉がそれを物珍しそうに眺めていた。まだ俺たちが習っていない数式がびっしり並んでいて圧倒されてしまう。Σって何?


「授業、すごい進んでるんだな」

「はい。もうすぐ教科書も終わるみたいです」

「ま、まじか」


 早すぎだろ。まだ高2の春なのに。高校卒業RTAでもしてるのかな。


「で、清忠はつぐと付き合うの?」


 教卓に肘を付き、顎に手を乗せながら、佐倉は先の質問の続きを俺に向けた。


「いや……双葉には、彼方くんがいるだろ」

「でもつぐは清忠に告白した。そうでしょ?」

「それは、そうだけど」


 詰めるように次々と、佐倉に問いを投げられ、俺は答えに窮してしまう。

 双葉つぐに対して、そういう気持ちがまったくない、と言えば嘘になる。けれどやはり、俺の倫理も、理性も、感情も……いまだ、彼女の告白を受け入れられてはいない。だって、所詮俺たちは都合の良い関係にすぎなかったから。双葉が俺を利用し、俺が渋々応える。そんな不安定な繋がりが、少なくとも俺は、それなりに心地よかったのだ。

 だけど――その関係を守り続けるという選択肢は、もう俺には残されていない。 


「つぐさん、光琉さんに告白された時も、すごく悩んでいたんですよ」


 教卓の右前に置かれた椅子に腰掛けながら、都久志さんは優しく語った。


「そう、なのか」

「はい。光琉さんは真面目な方ですから。自分が付き合ったら、光琉の迷惑になるんじゃないかって」

「ああ見えてつぐ、意外と気を遣うんだよね」


 たしかに彼方くんに対しては、双葉はそれなりに気を遣っていたように見える。そのしわ寄せが俺に来ていたけど。


「でも清忠といる時のつぐは、なんというか……自然体って感じ」

「俺に興味が無いだけだろ」


 好きな人間には緊張し、どうでも良い人間には適当に振舞う。当然のことだ。佐倉だって、俺に見せて風戸には見せない顔があった。それを好意と勘違いするほど、俺は愚かな陰キャじゃない。


「――それは少し違う、と。私は思います」


 都久志さん言葉を選ぶように、慎重に口を開いた。


「違うって……何が?」

「清忠さんは優しいから、きっとつぐさんも安心して迷惑をかけられるんです」

「俺は別に優しくないだろ」


 優しいと言えば、むしろ彼方くんの方だ。


「そうやって、優しさを見せないのが……優しいんです。他人のための行動を、まるで自分のためみたいにできるところが」


 そうじゃない。

 ただ、人に必要とされるのが、少し嬉しかっただけだ。


「頼ったことあるうちが言うのもなんだけどさ。うちも、海堂はもっと自分を優先した方がいいと思う。つぐとか光琉とか、他の人のこと考える前にね」


 そんなの――


「俺には……わからねえよ」


 転校初日にラブコメの始まりを期待してしまうほど、俺にとって恋愛は憧れだった。

 だけど現実は簡単じゃなくて。運命的な出会いなんてそう転がってるものじゃない。

 それでも、恋愛とは程遠いこの繋がりは、とても居心地がよくて。だからこそいつしか俺は恋愛なんて無縁だと、目を背けていた。 

 自分の気持ちとの向き合い方なんて……とっくに、忘れてしまったのだ。

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