幕間2 海堂清忠の独り言
――俺にとって、孤独はアイデンティティだった。
学校では誰と絡むでもなく、ただ一人でひたすらにラノベを読む。
群れる陽キャを冷笑するつもりも、孤独な陰キャを誇るつもりもないけれど。
周りに流されず、ただ自分の好きに向き合う自分が、それなりに好きだったのだ。
高校1年の秋。とある日の休み時間。
いつものように図書室でラノベを読んでいると、俺はクラスメイトの女子にいきなり声を掛けられた。
「それ、『マケクド』だよね」
彼女は俺の愛読書を見てニコッと笑った。『負けヒロインに転生したので、他のヒロインを口説いて百合の花園を創った件』、通称マケクド。まーた長文タイトルかよ、どうせ出オチだろ――と、思うなかれ。まじで神作だから。主人公のあゆみちゃんが、ラブコメに男はいらないという真理に気がつく場面は鳥肌もんなのよ。まじで全人類が読むべき。
「マケクド、知ってるの……?」
「うん。だって沙耶、全巻持ってるもん」
「お、俺も! もう3周はしてて――」
「勝った! 沙耶はね、5周」
少女はドヤーっとした顔で言った。この人、一人称が沙耶なんだ。特別美人というわけではないが、その親しみやすい笑顔に、コミュ障の俺も肩の力が抜けていた。
「最初はどうにか正ヒロインになろうと足掻いていたあゆみちゃんが、最後に気が付くんだよねぇ。ラブコメの魅力がヒロインにあるなら、男女の恋愛にこだわる必要は無いことに。沙耶全力で頷いてたよ」
「そうそう! 対立していたヒロインたちが手を取り合い、百合という新たな繋がりを見出すシーンは、何度読んでも感動しちゃって……」
「わかりみ深すぎ。ヒロインがほんと可愛すぎるのよね」
――人生において、妹以外の女性とほとんど話したことのなかった俺にとって、その時間はあまりに楽しすぎた。だからこそ……俺は間違えたのだ。
沙耶さんは毎日のように、教室で俺に話しかけるようになった。ラノベのことはもちろん、テストのこと、彼女の所属する美術部の愚痴、ちょっとした下ネタまで……。
そしてたまたま沙耶さんと掃除当番が一緒になった日。帰り道で2人きりになった俺は、なんの脈絡もなく言ってしまった。
「付き合ってください」
その数秒後。
彼女が吐いた溜息を、俺は生涯忘れることはないだろう。
それが……すべての答えだったから。
「あーのさ。海堂くん」
「う、うん」
「沙耶、彼氏いるんだよね」
あぁ、馬鹿だ俺。彼氏がいるかくらい、調べてから告白しろよ。
「てかそもそも、海堂をそういう目で見れないっていうか……友だちだと思ってたから、ちょっと残念」
失望の音。その後の記憶は、もう残っていない。おそらく適当に間を繋ぎ、逃げるように帰ったのだろう。
それから一度も彼女と口を利くことなく、進級と同時に俺は転校したのだった。
きっと俺は、彼女に心の底から恋をしていたわけではないのだ。あったのはたぶん、リア充へのささやかな憧れ。
クラスでは少し変わりものと思われ、孤立気味だった沙耶さん。あの娘とならワンチャンあるかもしれない。彼女ができたらこんな俺でもリア充になれる――そんな打算的で醜い感情もあっただろう。
それでも……どうしても願わずにはいられないのだ。
いつか運命が、俺を見つけてくれることを。
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