第19話 失恋、そして次の恋――

 土日を挟み、週初めの朝。ただでさえ憂鬱な月曜日は、夏祭りの件で最悪な気分だった。

 あの後、俺と双葉の間には地獄の空気が流れたが、清蘭と拓斗くんがいるので帰ることもできず、そのまま無言でショーと花火を観た。小さきカップルが終始楽しそうだったのは、不幸中の幸いだけど。

 

「……あ、おはよう。清忠」

「おう、おはよう」


 教室に入ると、いつもは時間ギリギリに登校する双葉が、珍しく先に席に着いていた。生気の抜けた顔で。


「大丈夫か?」

「うん。なんとかね」


 双葉の乾いた笑顔に、まったく大丈夫な印象は無い。そりゃ数日前に彼氏から別れを告げられたばかりだ。元気でいられる方がおかしいだろう。


「……ねえ、清忠」

「ん?」


 俺が聞き返すと、双葉はゆっくりと立ち上がった。


「話があるんだけど、いいかな?」



 双葉に連れていかれたのは、俺たちが初めてで出会った場所――体育館裏。


「なんだよ話って。もうすぐ朝のHR始まるぞ」

「大丈夫。うちの担任、月曜日は10分くらい遅れるから」


 うん、それは担任が大丈夫じゃないな。月曜日が憂鬱な気持ちは痛いほどわかるけれども。


「……で、俺になんの用だよ」


 お前が話すべき人間は他にいるだろ、という言葉を俺は飲み込んだ。


「あのさ、清忠」


 双葉つぐは小さく息を吸い、あの日と対照的な弱々しい声で、俺に告げた。


「――あたしと、付き合ってみる?」


 言葉の意味を認識するまでに、俺は数秒の時間を要した。

 そして脳の理解が追いついた瞬間、その最低な告白に、俺の怒りがこみ上げる。


「双葉、それは人として――」

「そんなのわかってるよ!」


 彼女は目を真っ赤に腫らしていて。それはきっと、双葉つぐの決死の訴えだったのだろう。


「何の取り柄もない……弱い人間で……誰かに依存しなきゃ……生きられなくて。光琉にも、日向たちにも……それに清忠にも……たくさん、迷惑かけた。でもね、あたしは変われないの……他の生き方なんて……できないんだよ」


 双葉の頬に伝るたくさんの涙。そんな彼女の想いに、俺の心も動かされる――訳があってたまるか!


「変わる必要なんてないだろ!!!」


 俺もまた、訴えずにはいられなかった。


「カップルなんてお互いの幸せだけ願えばいいんだよ。弱くても、依存しても、迷惑をかけてもいい。バカップル上等、場所を選ばずいちゃいちゃして、周りを呆れさせていればいいんだよ。他の人間なんて……俺のことなんて気にせず、彼方光琉だけ、全力で愛してくれよ」


 そうでないとあまりに……残酷だ。

 期待して、勘違いして、傷つくのは、いつも陰側の人間なのだから。


「……それができないから、あたしには清忠も必要だったんだよ」


 ぼそりと呟く双葉。『あたしの2番目の男になってください』あの言葉が頭をよぎる。


「さっきの話、あたしは本気だから」


 腫らした瞳は、まるで俺に助けを求めているようでもあった。


「……そうかよ」


 肯定も否定も、俺にはできなかった。

 きっと俺は双葉が好きなのだ。話しかけられたら嬉しいし、名前を呼ばれたら嬉しいし、頼ってくれたら嬉しい。たとえそこに、恋愛感情が無いとしても。だから……俺も共犯だ。


「――返事、待ってるね」


 双葉の小さな声は、ほとんど朝のチャイムにかき消されていたものの。

 俺の耳にはしっかりと、届いてしまっていた。

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