第16話 大好きな人を独り占めしたいと願うのは悪いことだろうか

「みんなぁ。テスト範囲が出たからぁ、しっかり勉強してねぇ。特に男の子〜、いま頑張らないとぉ──女に寄生して自らは一銭も稼がないくせにプライドだけは無駄に高いクソヒモ野郎になります。女の子は先生みたいにそういう男には絶対捕まらないように……はぁい! 先生の話は以上でぇす」


 相変わらずHRは1分で終わった。喋り方に癖はあるし、急に低い声で生々しい恋愛アドバイスも始まるけれど。まあ話が短いというのは生徒の側からするとありがたい担任ではある。是非とも他の先生方も見習って欲しい。特に先日の全校集会で、下校時刻を過ぎてもなお20分以上話し続けた教頭! 『最近は遅刻する生徒が多い。気が緩んでいるのか』とおっしゃるなら、我々の定時帰宅も保証してくださいよ。

 ……と。つい愚痴ってしまったが、いよいよ転校後初めてのテストだ。少しずつ受験も意識する時期ではあるし、頑張らないと。


「海堂ー。光琉が呼んでるぞー」


 5mほど離れた廊下側の席に座る風戸が言った。陽キャはやっぱり声が通るなぁ。見ると、教室の外から彼方くんがこちらに手を振っていた。


「い、いま行く」


 おそらく届いていないであろう返事をしつつ、俺は速やかに教室の外へ。


「ごめんね海堂くん。急に呼び出して」

「うん、大丈夫。どうかしたの?」

「あのさ。都久志さんから聞いたんだけど……昨日、つぐたちと3人で会ったんだって?」


 彼方くんのその言葉に、俺は少し違和感を覚えた。同じSクラスとはいえ、なぜ双葉ではなく都久志さんからそれを聞き、そして俺に確認するのだろう。


「えっと、うん。佐倉さんとスタバに行ったら偶然、双葉たちも来てたんだよね」 

「そうなんだ。……つぐ、元気だった?」


 不安げな目で彼方くんは尋ねた。俺は昨日の双葉の言葉が頭をよぎる。


『――幸せになろうね、お互い』


 あの時、双葉は俺に何を伝えようとしたのか。考えれば考えるほどに、わからないのだ。


「海堂くん?」


 気がつけば、彼方くんは心配そうに俺を見ていた。


「ごめん、少し考え事してた。双葉ならいつも通り、無駄に元気が有り余ってたよ」

「そっか、良かった……変なこと聞いちゃってごめんね。最近あまり一緒にいられていないから、つい気になっちゃって」

「いや、俺の方こそ」

「……ぼくが、つぐを信じないとだめだよね」


 垣間見える彼の苦悩。まるで自らに言い聞かせるようで。

 だけど──部外者の俺が口を出すことじゃない。


「おっはよー!!!」


 元気な声と共に、俺の背中に衝撃が走る。噂をすれば……双葉つぐだ。

 あのさぁ。いいかげん挨拶代わりに背中を叩くのはやめて欲しい。気軽なボディータッチは陰キャを殺すんだぞ。しかも――目の前に彼氏がいるのに。


「つぐ、また遅刻したの?」

「おはよー光琉。ちょっと寝坊しちゃった。てへっ」


 相変わらずの重役出勤にもかかわらず、この機嫌の良さ。教頭が小言を言いたくなる気持ちも少しわかってしまうな。


「なんで2人が一緒にいるの?」

「うん。少し海堂くんと話したいことがあって」

「ふーん。そうなんだ」


 それほど興味はないのか、双葉は特に詮索することもなかった。


「そうだ、見てよ光琉~。この清忠の顔、めっちゃ面白くない?」


 ――待て。いまはやめろ。

 俺は反射で、双葉のスマホに腕を伸ばした。だがそれに触れる事は叶わず、彼女のスマホは彼氏の手に、渡ってしまっていた。


「うん……面白い、ね」 


 ぎこちなく笑顔を作りながらも、彼の顔は明らかに曇っていた。だが双葉がそれを気にする様子はない。


「でしょ! 清忠にも送るからライン教えてよ~。はいっ、スマホだーして」


 俺のスマホが入った胸ポケットを双葉が狙う。それを躱すべく、俺は反射的に身体をのけ反らせた。


「おい、双葉、いい加減に――」

「……ぼく、そろそろ教室に戻るね」


 そう言い残し、彼方くんは双葉にくるりと背を向けた。


「もう行くの? また後でね~」


 そして悪びれる様子もなく、双葉は大きく手を振る。

 俺が気にすることでないのはわかってる。それでもどうしても、俺は考えてしまう。このアンバランスな関係の先に、双葉が望む幸せな繋がりは本当に存在しているのか、と。


「はい、清忠」

「えっ?」

「ライン交換しといたから。あたしたちもそろそろ教室に戻ろ。授業始まっちゃうよ」


 ……こいつ、いつの間に。

 手癖悪すぎだろ。

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