第10話 女子高校生が女児向けアニメを推しても良いじゃない

 出口付近にある小さな売店。

 カップルたちは、そこに並べられた魚のぬいぐるみやキーホルダーに夢中になっていた。たしかにチンアナゴとか可愛いよな。


 けれどもちろん俺のお目当ては……あった!

 清蘭に頼まれたコラボタオル。マジカルフロッピーがまふちゃんを抱えたイラストに、MAF×MAFというロゴがプリントされている。なるほど、マジカルフロッピーを略してMAFなのか。値段設定は4000円と強気だが、愛する清蘭のためなら俺は屈しないね。


「ねぇ、さっき誰と話してたの?」


 なぜか双葉がジトーっとした目で俺を見ている。

 ……池宮さんのことか。けど別に説明するほどのことはないな。


「なんでもいいだろ」


 そんなことより、お前は彼方くんのところに行けよ。相変わらず荷物持たされてかわいそうに。一度しっかり怒られた方がいいと思う。


「はぁ」

「……なんだよ」

「あのさ。海堂くんがガッツリスケベなのは、私もよ〜く知ってるけどね」

「俺はまったく知らないですけど」


 何そのムッツリの上位互換みたいなスケベ。



 ……は?

 双葉はドン引きという表情をしている。

 いやいやいや、なんか徹底的に誤解されてるぞ。


「ち、ちち、違うんだよ。あの人は大学生で──」

「言い訳なんて男らしくな〜いぞ!」


 双葉の人差し指が唇を狙うので、俺は反射的に顔を引いた。

 ふぅ、危なかった……。なんなのこいつ。繊細な男心を弄ぶのもいい加減にして欲しい。ましてや彼氏が隣にいるのに。


「つぐ、やめなよ」

「は〜い」


 双葉の肩を彼氏が優しくぽんっと叩いた。

 彼方くんはもっと怒っていいと切実に思う。こんなの下手なデートDVよりDVだろ。


「ごめんね、いつもつぐが」

「う、うん。こっちこそ……なんかごめん」


 俺もつい謝罪の言葉が漏れてしまう。だって良い人すぎて申し訳ないんだもん。いっそ俺が付き合おうかな。


「あっ、それ!」


 俺のカゴに入ったタオルを見て突然、双葉は自らの口を両手で覆った。

 なんだどうした。


「あたしもマジカルフロッピー好きなの!!!」

「いや俺は――」

「魔法少女に生まれも容姿も才能も関係ない。大切なものを守りたい気持ちがあれば、魔法は使えるんだって。いつも勇気をもらえて……あれ?」


 ふと我に返ったのか、双葉はきょろきょろと周りを見渡した。そして周囲の視線に気が付くと、顔を赤らめてうつむく。うん、館内中に声響かせてたもんな。


「えっと……すまない双葉。俺は妹に頼まれただけで、このアニメには詳しくないんだ。」

「え……? ふ、ふ〜ん。べ、別にあたしも別に好きじゃないけど?」


 あ~、それは無理かな。白を切るには熱く想いを語り過ぎた。

 でもそんなに面白いなら、俺も清蘭と一緒に今度観てみようかな。


「つぐ毎週観てるよね? マジカルフロッピー」

「ひ、光琉。それは内緒って……と、とにかく! この話はもうおしまいね」

「……話し始めたの双葉だけどな」

「細かいことはいいの! それよりほら見て。清忠の好きな鮭のぬいぐるみだよ」


 双葉は近くに置かれたぬいぐるみを手に取る。


「あれ? 俺、鮭好きだっけ」

「だってこないだ、お寿司屋さんでサーモンめっちゃ食べてたじゃん」

「いや、サーモン食べるのが好きなのと、鮭が好きなのは関係な……」


 ん? この話の流れ、まずくね?

 そう気が付いた時には、既に手遅れであった。

 

「つぐ、海堂くんとお寿司食べに行ったの?」


 彼方光琉が双葉つぐを目を見て尋ねた。

 一瞬にして場の空気が凍りつく。


「うん。水族館行くって決めたら、急にお魚食べたくなっちゃって。清忠と行ってきたの。ほら、光琉は勉強忙しいし」


 そして悪びれもなく、双葉は答える。彼方くんの表情も相変わらずにこやかだった。


「そっか」


 彼方くんの笑顔が示すものが、ポジティブな感情でないことは、コミュ障の俺にもさすがにわかる。でも……俺にはどうにもしようがないんだよな。双葉つぐを咎めることも、彼方光琉に謝罪することも、自己満足の余計なお世話だと思うから。


 双葉は彼方くんを安心させるように、その手をぎゅっと握った。彼方くんは少し顔を赤らめ照れながら優しく握り返す。……やっぱりリア充爆発しろ。


「光琉ー、つぐー、清忠くーん。そろそろ閉館時間だってー」


 岩村くんの一声に、双葉はぱっと手を離し、みんなの方へ向かった。光琉くんと俺もそれに続く。


「海堂見てー。遥輝とお揃いなの~」


 佐倉はチンアナゴのキーホルダーをじゃーんと見せつけた。


「よかったな」

「うん!」


 満足げな佐倉。なお、彼氏の風戸は興味なさげな顔をしつつ、さっそく鞄にチンアナゴを付けているのが可愛い。


「うわ~。そのぬいぐるみいいね!」


 クマノミのぬいぐるみを抱く都久志さんに、双葉はきらきらの瞳で言った。たしかに、都久志さんの整った顔と金髪が相まって、まるで人魚姫のようである。 


「ありがとうございます、つぐさん。……大悠さんに買ってもらったんです」

「へ~、いいな~」


 岩村くんもまた、照れくさそうに笑っていた。

 ……俺も彼女欲しいな。



「ただいまー」

「あっ! おかえりおにーちゃん」


 玄関のドアを開けると、タタッと出迎えてくれる我が妹。まじ天使。


「まふちゃんかわいかった?」

「すっごく可愛かったぞー」


 当然、清蘭の方が数万倍可愛いけど。


「そうだ。はい、お土産のタオル」

「マジカルフロッピーとまふちゃん!!! かわいい~」

「気に入ってくれてよかった」

「おにーちゃんありがと~。だいすき!」


 はい、大好き頂きました~。これが兄の愛の力よ。見たかたっくん。お前にこの笑顔は引き出せまい。4000円の出費だってなーんにも痛くないね。お兄ちゃん、月のお小遣い5000円だけど。


「ねえねえおにーちゃん」

「ん? どうした?」

「せーらね、ごはんたべたらおにーちゃんとマジカルフロッピーみたいの。だめかな?」

「もちろん喜んで」


 へへっ。清蘭に誘われちゃった♪



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