第9話 大学生ヒロインに彼氏がいるのは……まあ、なんかわかる。見た目は小学生だけど

 10分ほどかけて念入りに洗ったため、俺の手はもう石鹸の香りしかしない。魚の生臭さも俺本来の体臭も完璧に撃退した。これだけ清潔な俺なら、お魚さんも喜んで寄ってきてくれるはずだ。


 だがお手洗いから戻ってみると、既にカップルたちの姿は無い。

 はぁ、虚しい。ついに存在すら忘れられたか。


 とりあえず、俺はまふちゃんを見るために階段を上がって2階へ。

 おっ、ちょうどペンギンがご飯食べてるぞ。ペンギンってヨチヨチしていて可愛いけど、くちばしはちょっと怖いよな。


「……ねえ、君」

「うわぁ!」


 後ろから突然に話しかけられ、思わず俺は声を上げてしまった。振り返ると、そこには紫のゴスロリ服を着た小学生くらいの女の子。……双葉といい、急に背後取るの流行ってんの?


「えっと……迷子かな」

「そんなわけないでしょ! 失礼ね」

「ご、ごめんなさい」


 怒られてしまった。たしかに迷子だとしたら、もっと明るくて優しそうなお兄さんお姉さんを頼るよな。根暗な男子高校生に声をかける理由がない。


「君、さっき下の階ですごいキラキラした人たちと一緒にいたよね」

「う、うん。いたけど……」

「どういう関係なの? 陰気な顔の君だけめっちゃ浮いてたから気になっちゃった」


 少女はキャピキャピした声で煽るように話す。陰気な顔で浮いてるって、そっちこそ失礼だろ。


「どんな関係……普通に友だち、だけど」

「ふーん。それだけ?」

「そ、それだけだよ」


 すると女の子は、小学生らしからぬとんでもない言葉を口にしたのだった。


「な〜んだ。私てっきり


 せ、セフレ!? S◯X Friendの略称の?

 いやいやいや。さっきから何言って……。


「だって明らかに彼氏じゃないのに、妙に女の子と距離が近いんだもん。けど童貞か〜、あはは。残念だな〜」

「あ、あた、当たり前だろ! ラブホテルも18歳からで……というか、小学生にはそういう話はまだ早──」

「あん?」

「ヒッ」


 俺の発言に、少女は思いっきりガンを飛ばす。小学生とは思えないその迫力に、俺はつい萎縮してしまった。


「……てめえ、さっきからなめてんのか?」

「な、ナンノコトデスカ」

「私は19歳の大学生だ!!!」


 彼女は腰に手を当て、フンっと鼻息を鳴らす。

 えっ、19歳……? 9歳じゃなくて?


「だ、大学生なの?」

「そうだよ。ほら」


 彼女は学生証をさっと差し出す。池宮いけみやあや……なるほど、間違いなく大学一年生だ。小学生ではない。

 というかH大学!? 地元の最難関国公立じゃん。この人、頭いいのか。


「ご、ごめんなさい。経験豊富な先輩に、とんだ失礼を……」

「あ、そっちの経験はまだないんだけどね」


 ないんかい!

 いや別にそっちの経験を聞いたつもりもないけど。ならさっきの童貞いじりのくだりはなんだったの。


「あ、清忠いた! おーい、なにしてるの〜?」


 俺を迎えに来てくれたのか、売店から双葉がひょいっと顔を出している。


「ごめん。俺そろそろみんなのところに行かないと」

「もう、行っちゃうの……?」


 池宮さんがきゅるるんっとした瞳で俺を見つめる。

 冷静になれ。この人は大学生だ、年上だ、純情な小学生じゃないんだ……けどやっぱり、そんな顔されたら行くに行けない。


「プッ! やっぱり君、面白いね」


 葛藤する俺を見て、池宮さんが吹き出す。


「趣味が悪いですよ。年下をからかうなんて」

「ごめんごめん」


 反省している人はごめんを2回言わない。なんか笑顔も意地の悪い感じだし。やっぱり遊ばれてるじゃん。


「でもあの子とは特別仲がいいんでしょ?」


 池宮さんが双葉に視線を送る。


「……そんなんじゃないですよ。あいつにはもったいないほどできた彼氏がいますし」

「あの眼鏡の子か。私には君の方が良い男に見えるけどね」

「からかわないでください」

「ふふ、私はいたって真面目だよ」


 そんなわけあってたまるか。俺みたいなクソ陰キャが、あの男に勝ることなんて、一つもないんだから。


「ねえ。君の名前教えてよ」

「……海堂清忠です」

「海堂くんか。今度彼氏にも紹介したいな」

「はぁ」

「それじゃあ、またね」


 こうして、池宮さんは嵐のように去っていったのだった。

 ……あの人も彼氏いるのかよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る