第8話 水族館ってカップル多すぎ! これじゃ魚を見にきたのかカップルを見にきたのかわかんないよー。……と、愚痴ってみたけど、よく考えたら野郎だけで水族館ってのもなんだかなーだよね

 初対面の人たちと水族館ってめちゃくちゃハードル高くね? と、思ったけれど、意外と空気になるのは容易い。陰キャなので気配を消すのは得意だし、3カップル中2カップルはずっといちゃついてるし。


「見て遥輝! ヒトデだって。うぇー、気持ち悪い……」

「食べるなよ日向」

「はあ!? うちそんなに食い意地張ってないですけどー」

「ははっ、わりーわりー」


 ヒトデと触れ合いながらキャッキャしている佐倉・風戸カップル。軽口を叩き合いつつも、その幸せそうな表情には、積み重ねてきた信頼が垣間見えて――俺もそんな恋愛がしたかった。


「チンアナゴさん、可愛いです」

「けっこう出たり引っ込んだりするんだな」

「私たちに挨拶してくれてるんでしょうか」

「そうかもね」

「ふふふ。こんにちは、チンアナゴさん」


 こちらの都久志・岩本カップルは、チンアナゴの前で少し照れながら微笑み合う。互いが互いを愛し合っているのが、その空気感だけでも理解できて――やばい、涙が出そう。双葉の言う通り、陰キャにカップルのイチャイチャは目の毒が過ぎるのかもしれない。

 早くまふちゃんに会って癒されよう。えーっと、館内マップによると……2階か。


「ゴマフアザラシ好きなの?」


 マップ内のまふちゃんの写真をじっくり眺めていると、爽やかメガネが話しかけてきた。どうやら1人の俺に気を遣ってくれたらしい。


「う、うん。まふちゃんって名前で、可愛くて……」

「わかる! この子可愛いよね」


 絶望的に会話下手の俺に対しても、相槌を打って盛り上げてくれる。やはり良い男だ。


「ねえ光琉〜、これお願い」

「うん。走っちゃだめだからね」

「は〜い」


 当然のように彼氏に荷物を預け、身軽な格好で水族館を1人エンジョイする双葉。

 お前は少し働けよ。俺を誘ったのお前だろ。な~に呑気にクリオネバックで自撮りしてるんだよ。彼氏を見習え。


「海堂くんは、つぐと知り合いなんだよね?」

「知り合いというか……まあ、うん」


 双葉から受けた最低の告白が脳裏をよぎり、彼方くんに対してやや後ろめたい気持ちが浮かぶ。別に俺は悪くないけど。


「つぐが迷惑かけてない?」

「それは……うん。大丈夫」


 彼氏の気苦労と比べれば、俺が受けた迷惑など迷惑の内にも入るまい。

 少し気まずい間が流れたところで、コミュ障の俺を助けるためか、彼方くんは新たな話題を投入してくれた。


「海堂くんは休日何してるの?」


 うーん、休みの日かぁ。ラノベくらいしか思いつかない。


「読書、とかかな」

「いいね〜。ぼくも本好きなんだ」


 おっ、まさかな共通の趣味だ。何を読むんだろ。もしかしてラノベ好きだったり……!


「か、彼方くんはどんな本が好きなの?」

「そうだな〜。カントとか、ニーチェとか……あっ。この間読んだショーペンハウアーもおもしろかったよ!」


 ……思っていた本となんか違う。


「ぼくの信じる『正しさ』が、他の人にとっても正しいとは限らないって。昔の思想家の著作を読んでいると改めて気づかされるんだよね。すごく勉強になる」

「へ、へぇ」


 なにやら崇高ことを考えているのはわかった。彼にとって読書は、頭を空っぽにして妄想に浸るものではないらしい。さすが、できた男は違うな。


「……ねぇ、清忠」

「うわっ」


 知らぬ間に、双葉は俺の背後を取っていた。さっきまでクリオネに張り付いてたのに……こいつ、瞬間移動の使い手か。とりあえず顔が近いので離れて欲しい。彼方くんも見ているし。


「(わかってるよね?)」

「(な、なにを──んぐっ)」


 ピンときていない俺のふくらはぎを、双葉つぐは問答無用で蹴り飛ばす。暴力反対!


「(はぁ。あーいうの見てらんないんだよね)」


 ――双葉が指した水槽では、カップルたちがわちゃわちゃ楽しんでいた。

 あれは……ドクターフィッシュか。人間の角質を食べる魚で、たしか手を突っこむとわらわら寄ってくるんだよな。前にテレビでやってた。


「(みんな幸せそうで何よりじゃないか)」

「(そういうのいいからなんとかして! 寿司奢ったでしょ)」

「(えぇ)」

「つぐどうしたの?」


 彼方くんが怪訝な顔で尋ねた。ほーら、やっぱり不審に思われてるじゃん。


「なんでもない! それより清忠、早くやってきて」

「でも──」

「いいから!」


 双葉は俺の背中をドンっと叩いて押し出した。

 ……だから彼氏持ちが他の男に気安く触れるなよ。情緒をどこに置くべきかわからなくなるだろ。彼方くんは優しいから怒らないのかもしれないけどさ。


「おっ、海堂もやるんだ」

「魚の勢い、意外とすごいから気をつけろよ」

「ゆっくりですよ、清忠くん」

「最初は指だけでもいいと思うぞ」


 突然乱入した俺を過剰なまでに心配してくれる優しきカップルたち。こんな素敵な人たちの関係に不快感を覚える人間がいるなんて、にわかには信じられんな。


「おう。ありがと」


 皆に見守られながら、俺は満を持して水槽に手を突っこんだ。

 ……が。なぜだか全く魚が寄ってこない。腕まで水に浸しても、だ。

 嘘だろ。さっきは引くほど集まってたのに。


「手、臭うのかな」


 岩本くんがポツリと呟いた。直後にハッと口を抑えたが、時すでにお寿司。気まずい沈黙と、憐れみの視線が俺に向けられる。

 悪気はないのが余計につらい。やめて同情しないで……。


「えっと……ちょっとトイレ行ってきます」


 居心地の悪さから逃れるべく、俺は一時避難を試みた。

 手、めっちゃ洗ってこよう。


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