第5話 男女の友情は彼氏がいても成立しますか?

 双葉つぐに連れていかれたのは電車で20分。リーズナブルな寿司チェーン店だ。


 こういうところで食べるジャンキーな寿司、好きなんだよなぁ。サーモンにマヨネーズかかったやつとか、チーズ乗せて炙ったやつとかね。通人には怒られそうだけど。


 だがマヨサーモンを楽しむ前に、俺には確認すべきことがある。


「双葉って彼氏いるんだよな」

「いるよ~、彼方かなた光琉ひかるくん。かっこよくて、頭も良くて、優しいんだ〜」


 湯呑みにお茶の葉をドサッと入れながら、デレっとする双葉。他人の惚気顔ってどうしてこんなに不快なんだろうな。それと粉多すぎだと思う。


「彼氏自慢に興味はないけど……その素敵な彼氏がいて、俺と2人で飯来ていいのか?」

「光琉、そんなことで怒らないもん!」


 ぷくーっと頬を膨らませる双葉。相変わらず一つ一つの仕草があざとい。狙ってやってんのかなぁ、やってるんでしょうねぇ。彼氏は気が気じゃないだろうな。


「あと、なんで寿司?」

「んっとね〜、実はデートの場所が水族館らしくて。そしたらお寿司食べたくなっちゃった」

「……水族館の仲間たちは食べ物じゃないぞ」

「清忠は真面目だねぇ――あっつ!」

「だ、大丈夫か」


 注いだお湯が服に跳ねたらしい。俺はテーブル端に置かれた紙ナプキンを手渡す。


「ふぅ、清忠ありがと〜」

「!?」


 双葉は満面の笑みで俺の右手を掴む。女の子特有の柔らかな感触。これが、伝説のさりげないボディータッチ……! この悪女め。 


「それで明日のメンバーなんだけど。佐倉日向ちゃんはわかるよね?」

「……わかる」

「それと都久志心優ちゃん。わかるかな?」

「……よく知ってる」


 よりによってその2人かよ。

 ということは、残りの男はあの美少女たちの彼氏……はぁ、会いたくない。


「清忠、もう2人と知り合いなの」

「まあ、いろいろあってな」

「ふーん、転校初日からいろいろねぇ……もしかして清忠、結構チャラい?」

「お前にだけは言われたくないわ」


 なぜか口を尖らせて含みのある言い方をする双葉。その表情、彼氏持ちが他の男に見せていいレベルじゃないだろ。会ったこともない双葉の彼氏が気の毒になってきた。


「はぁ。それで、残りの人間が2人の彼氏ってこ――」

「隠れて!!!」


 俺の話を突然遮ると、双葉は机の下に潜り込んで俺を引きずり込んだ。


「(な、何事だよ。地震か?)」

「(あれ見て)」


 双葉の指した先では、3人のイケメンが仲良く寿司を食っていた。チャラそうなのと、ごついのと、爽やかメガネ。クラスの中心にいそうな面々だ。


「(あのメガネをかけたかっこいい人が、光琉だよ)」

「(……へぇ)」


 あの爽やかメガネが。誠実そうな人だな、双葉と違って。ということは残りのイケメンはあの2人の彼氏か。


「(見つかったら困るから、しばらくこのままステイね)」

「(……さっき彼氏は優しいから気にしないって言ってなかった?)」

「(いや、さすがに見られるのは違くない?)」


 何が違うのかさっぱりわからん。彼氏公認なら堂々としていればいいのに。やっぱりやましいんじゃねえか。


「俺、水族館久しぶりだわ」


 耳に小さなピアスをつけたチャラそうな男が言った。


「俺も。小学生の時以来かな」


 そう答えたのは、坊主のガタイの良い男。野球部なのかな。


「ぼくはこの間つぐと行ってきたよ」


 双葉の彼氏の爽やかメガネだ。声の柔らかさに優しさが滲み出ている気がする。


「そういえば今回の水族館もつぐちゃんの提案だもんな」

「魚見るの好きなんだね」


 あれ、なんか聞いてた話と違うな。双葉がみんなに誘われて、それで断れなかったって話じゃなかったっけ? あと、寿司屋で水族館の話するのってどうなん。


「ふたりとも、そろそろ行こうか」

「だな」


 そのままイケメン3人衆は店員さんを呼び、会計を済ませて立ち上がる――と思いきや、爽やかメガネは鞄からさっとウエットティシュを取り出し、机を拭いてから店を後にした。


「「「ごちそうさまでした」」」


 彼らがいなくなったことを完全に確認すると、ようやく双葉の拘束から解放された。俺は身体の埃を払いながら地上に帰還する。


「できた男だな」


 すると双葉はどやーっとした顔で一言。


「自慢の彼氏だからね」


 正直、双葉つぐという人間には不信感しかない。

 けれど見たところ、男たちは皆いい人そうだ。俺も転校したばかりで、友だちが欲しいのは事実。これを機に仲良くなれるなら、彼女の提案は悪くない。


「なあ、双葉」

「な〜に、清忠」

「俺、明日行くわ」

「やった! そう言ってくれると思ってたよ〜、清忠大好き」

「うるせ」


 それ彼氏以外の男に絶対言っちゃだめだからな。

 心を落ち着けるため、俺はお茶をグビッと飲み干した……苦い。



「いや〜、食べたねぇ」

「おう」


 光り物が好きらしい双葉は、コハダやシメサバなど、計15貫ほど食していた。俺はあらゆるジャンキーなサーモンを注文。けど結局マヨサーモンが一番うまいな。


「そろそろ会計しようか」

「今日はあたしが出すよ。付き合ってもらったし」

「いや、そういうわけには……」

「じゃあさ、次のご飯の時は清忠が奢ってよ」


 これは……相手に借りを作りつつ、次回を匂わせる高等テクニック! さすがは悪女。慣れてやがるな。


「……ならそれで」

「やった! それじゃ、明日楽しみにしてるね」


 心底嬉しそうな笑顔。

 はぁ、面倒なこと起こらなきゃいいな。


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