第4話 ラブレターの主も彼氏持ち……
もーーーーーう騙されないぞ。甘々イチャラブ学園生活なんて、絶対に期待してなるものか。
そもそも冷静になって考えてみろ。転校初日に恋愛スタートとか、よほどの陽キャか顔整いしかありえんだろ。まったく、こういう勘違い陰キャが結婚詐欺に引っかかるんだよなぁ。今日はもう大人しく帰ろ……ん?
「――なんだこれ」
靴箱の中にピンク色の封筒が入っている。『海堂清忠くんへ』と書いているものの、差出人の名前はない。
ラブレター……なわけないよな。俺まだこの学校で2人としか話していないもん。しかも2人とも彼氏いるし。
となると、きっとあれだ。回覧板だ。連絡事項とか書いてあるやつ。この学校って意外とアナログなんだな。えーとなになに、連絡内容は――
『放課後、体育館裏で待ってます♡』
ふぬ……これは……回覧板では……ないな。どう見てもラブレター……でもいやそんなのあり得な……けどなあ……うん。
とにかく行ってみよう。
※
慣れない校舎に迷いながら、校内マップを三度見くらいして、俺はようやく指定のスポットにたどり着いた。
……ここが体育館裏かぁ。こんなベタオブベタな告白スポット、本当に存在するんだ。ベタすぎて逆に裏を疑ってしまう。
「あ、来てくれたんだ。おーい」
ツインテールの少女が、大きな桜の木の下で手を振っている。とりあえず男子のいたずらではなかったらしい。
いまだに半信半疑ながら、俺は彼女の方へ歩み寄った。
「……誰ですか?」
「初めまして~、
なんだこの女。妙に馴れ馴れしいぞ。さっそく嫌な予感。
「よ、よろしく」
「海堂清忠くん、だよね?」
悪戯っぽく笑いつつ、コクっと首を傾ける。これは――陰キャを勘違いさせる表情……! 間違いない。こいつは危険すぎる。
小柄な身体に童顔の彼女は、容姿がものすごく端麗というわけではない。だがむしろこういう女が一番危ないのだ。
佐倉日向や都久志心優のような美少女は、たしかに皆の憧れではあるものの、故に陰キャはなかなか手を出せない。けれどこのタイプの女は違う。親しみやすい見た目で心理的ハードルを下げつつ、コミュ力と小さすぎない胸を用いて、健気な陰キャを落としにかかるのだ。俺の経験則。
「……そう、だが」
俺は彼女にやられないよう、最大限に気を張りながら返答する。すると双葉は少し俯きながら、今度は恥ずかしそうに言った。
「あ、あのさ。大事な話が……あるんだ」
大事な話……大事な……いやいやいや。冷静になれ。惑わされるな。先の件で学んだろ。俺は陰キャで、たぶんフツメンだ。初対面の相手と、そんなことが起こるはずがない。
け、けど。もしかしたら。もしものもしかしたら。俺にもそんな奇跡が舞い降りたり……。
「だ、大事な、話って?」
すると双葉つぐは大きく息を吸い、そしてはっきりと告げた。
「あたしの2番目の男になってください!!!」
……。
…………。
…………………………やばい、手が出るところだった。
「あのー、いまなんて?」
「だ~か~ら~~~。あたしの2番目の男になって欲しいの」
残念ながら聞き間違いではないらしい。えっ、見ず知らずの男にセカンドパートナーへの就任を要求する人間、おる? 倫理観どっかに捨ててきたんか。
「えっと、さ。なんでOKすると思った?」
「……だめ、かな?」
双葉は瞳を潤ませ、上目遣いで俺を見つめる。男の庇護欲をそそる表情。こいつ、やはり慣れてやがる。
「良いわけないだろ。仮に自分の想い人に彼氏彼女がいたとして、『私は2番目で良いの……』って涙ながらに言うならまだわかるけどさ」
「いや、あたしが2番目は嫌だよ?」
「……」
ホラーすぎて言葉もない。どうしてその感性を持ち合わせてるのに、他人に堂々と役満ポジションを要求できるんだよ。
するとなぜか呆れたように、双葉つぐは言った。
「あたしさ〜、トリプルデートに誘われてるんだよね」
「はぁ」
トリプル……デート? なんだそれは。サーティーワンのアイスか? たしかに3つくらい乗せたくなるよな。ポッピングシャワーとベリーベリーストロベリーは確定として、あと1つをチョコ系にするかバニラ系にするかいつも悩む。
「けどさ〜、困ってるんだ〜」
「何が」
一番困ってるのは、知らん女にトリプルデートの自慢話を聞かされ、アイスのことを考えて現実逃避している独り身の俺だ。リア充爆発しろ。
「だってさぁ、他人のイチャイチャなんて見てらんないじゃん」
やれやれと首をふる双葉。いやお前もそっち側だろ。なにしれっとリア充の爆発を願ってるんだよ。
「……それがトリプルデートの醍醐味なんじゃねえの?」
知らんけど。まじで知らんけど。知りたくもないけど。こちとらシングルデートもした事ないのに。
「いや~、さすがに性欲に溺れた男女を傍から見るのは……ねぇ」
ねぇ――じゃねえよ! だからそっち側の人間が言うな。性欲に溺れた女め。
「……で。そのことが俺に何の関係が?」
「そうそう。清忠が来てくれたら、カップルたちも少しは落ち着くかなって。清忠って人畜無害な顔してるな~って、自己紹介の時から思ってたんだよね」
はーん、要は俺を利用したいと。いよいよやばいぞこいつ。なんか失礼だし、しれっと呼び捨てにしてるし。
「にしても2番目の男にしなくてもいいだろ」
「それは~、あたしなりの礼儀と言うか~。さすがに彼氏より大事にはできないけど、できる限り大切にする気持ちはあるよ~っていう」
それは俺の知ってる礼儀じゃないな。陽と陰では常識も違うのか。
「そもそもトリプルデートに他の人間が来たら、それはもはやデートじゃないのでは」
「大丈夫。好きに人誘お~ってしてたら、流れでトリプルデートっぽくなっただけだから」
「はぁ。けど俺にメリットがないだろ」
「あっ、それはたしかに……」
やや困った顔を見せた彼女は、顎に手を当て数秒考えた後、やがて俺を煽るように言った。
「もしかして海堂くんって、童貞?」
……は?
こいつ、急に何言いやがる。
「あ、あたり前だろ!」
俺は高校生だぞ。そんな経験があるわけがない。ラブホの入り口にも、18歳未満お断りって書いてるんだぞ。
動揺する俺に、双葉つぐはさらにとんでもない言葉を叩き込んできた。
「じゃあさ、キスしてあげようか?」
──キス、つまり接吻、唇の重ね合わせ、あの柔らかそうな唇と俺の唇が、けど双葉には彼氏がいて……思考が停止した。
「ふふ。冗談だよ。本当に経験ないんだね」
「あたり……前だろ」
「それじゃ、お礼に清忠に寿司奢るよ。これから一緒に食べに行こ!」
「……おう」
彼女の誘いを正常に判断する頭を、もはや俺は持っていなかった。
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